162.崩壊の楔は私が打ちますわ

「使者殿、我が国の兵が失礼した」


「本当ですわ。きちんとカリーナ王女も送り届けましたのに、あのような扱いをされるなんて」


 怒りに手を震わせながら頭を下げる宰相へ、オリヴィエラは傲慢な態度で応じた。ここでは好きに振る舞って良いと許可を得ている。彼らが怒ろうが喚こうが、この国を滅ぼす未来は確定した。ならば、多少遊んでもいいだろうとオリヴィエラは獲物を探す。


 目の端に引っ掛かった男へ、にっこり微笑みかけた。胸を強調して喉をそらすと、ごくりと唾を飲む音が聞こえる。妖艶な美女は、思わしげに獲物へ微笑んで、宰相へ視線を戻した。


「カリーナ王女殿下のあのお姿は何が……それと他の使者はどうしました」


 尋ねる声に滲む不信感を煽るため、機嫌よく肩を竦めて事情を説明してやった。肩紐が緩んでまろやかな肩を滑り、指輪輝く指先でそっと戻す。


「他の使者は我が国への亡命を希望いたしましたの。ご家族ももう出立された頃かしら。我が主である魔王陛下は心の広いお方で、ビフレストを捨てる決意をした彼らを受け入れるそうですわ」


 まずは聞きたい本命をそらして返す。足元に崩れ落ちた王女をちらりと視線で眺めながら、オリヴィエラは退屈そうに欠伸をした。場の状況を無視した自由な所作に、宰相は苛立ちを募らせる。


「使者が亡命を?」


「ええ、この国に先がないと思ったのでしょうね。こちらのカリーナ王女の振る舞いを考えれば、当然の結果ですわ。謁見の間で、魔王陛下に対して暴言を吐かれましたの」


 機嫌よく事情を説明してやる。肝心な場所をボカしたことで、彼らは気になって仕方ないだろう。同盟を結ぶために出掛けた王女が何を言い、どうして使者達が亡命を希望したのか。薄々感づいていても、嘘であって欲しいと願う彼らは結論を先延ばしにする。


 この国の第一王女カリーナの有能さは、他国に聞くまでもなく有名らしい。オリヴィエラの情報網に引っかかったのは、愚かな手練手管だった。己の地位や外見を利用して、各国の王に思わせぶりな態度を取っただけ。早く言えば程度の低い色仕掛けだった。


 色仕掛けなら私の方が上ね。肩書はなくとも、この美貌とスタイル抜群の身体を見せつけるだけで、数人の男は釘付けだ。彼らに視線を向けて微笑んだ。ウィンクでもしたら、すぐに裏切ってこちらにつきそうだ。騎士の忠誠心を試すのも楽しそうね。


 魔族らしい考えがよぎるが、この場はあくまでもバシレイア国の使者の立場を崩すわけにいかない。ひとつ深呼吸して宰相へ視線を戻した。


「暴言ですか?」


「ええ、妄言と言い換えても構わないわ。カリーナ王女は、我が国と魔王陛下を滅ぼすと――、すなわち公的な場で宣言されましたのよ」


 投下した火種は、一気に燃え上がる。カリーナの過去の栄光と呼ぶには下世話な方法で積み上げた実績は、この瞬間価値を失った。


「ま、まさか……そのようなっ」


 信じられないと足元の王女を見ながら呟いた宰相に距離をつめ、内緒話を装って偽りを混ぜた真実を吹き込んだ。


「魔王陛下を誑かそうとして、失敗しましたの。だって陛下に侍るのは、黒竜リリアーナ様、吸血鬼クリスティーヌ様、聖女ロゼマリア様、そして私――彼女では無理でしょう?」


 その程度の女だと断言して、オリヴィエラは真っ赤な唇を弓形に上げて笑みを作った。

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