161.立場を弁えぬ者に相応の扱いを
送り返された王女カリーナは、屈辱に身を震わせる余裕もなかった。グリフォンであるオリヴィエラの嘴に咥えられ、空中を運ばれる。悪戯心を発揮したグリフォンが、暴れる彼女を何度か落としかけて空中キャッチを繰り返したため、到着する頃には精魂尽き果てていた。
城の上空をゆっくり旋回して王女の存在を確認させたあと、オリヴィエラは庭先へ舞い降りた。異臭のする小娘をぺっと吐き捨てると、自分はするすると人化する。小麦色の肌を引き立てるパステルグリーンのドレスを纏い、足元の王女の腕を掴んで引きずった。
「とまれっ!」
「何者か」
誰何の声に眉をひそめる。見ればわかるだろうに、愚かなことを聞く者達だこと。槍を構えた衛兵に取り囲まれ、オリヴィエラは豊満な胸を見せつけるように顎を反らせた。谷間まで見えそうなデザインの衣装に、豪華なルビーが光る。耳飾りも首飾りもお揃いで、指には黄金の指輪が数本輝いていた。
グリフォン姿から人化した髪はふわふわと背を飾り、右側をかき上げて髪飾りで耳の上に押さえる。左手で王女を引きずり、右手で髪を手櫛で梳きながら傲慢な口調で言い放った。
「聖国バシレイアの使者よ。この国の王女カリーナを返却に来たの。この国は使者への持て成しも出来ないのかしら?」
格下ねと大国を見下す発言に、少し離れた位置に立つ宰相が前に出た。オリヴィエラを上から下まで眺め、人をそらさぬ笑みで応対する。
「バシレイア国からの使者とお伺いしましたが、先触れもなく気づきませんでした」
遠回しに田舎の国は作法も知らぬと罵る宰相へ、オリヴィエラはにっこり笑った。胸元のルビーと同じ赤に彩られた爪と唇が、凶器のようだ。緩やかに波打つ濃茶の髪が、ドレスの淡い緑に映える。己の容姿の良さを武器にするグリフォンは、ロゼマリア仕込みの優雅な所作で一礼した。
「それは失礼いたしましたわ。先触れは出したのですけれど、空を舞う私の方が到着が早かったようですの。何しろ、
大国と己を誇るビフレストの国土は、バシレイアの10倍近い。それを小国と表現したオリヴィエラは背中が大きく開いたドレスに、ばさりと翼を広げた。ゆらゆら動く翼は鷲、鳥の羽をもつ存在が人間であるはずはなく、宰相は青ざめる。
「魔王陛下のご下命により、私が使者に立ちました。ビフレストは大国と聞いておりましたのに、玄関先で槍を突き付けて尋問されるとは……我が主になんと伝えればよいでしょうね」
困ったと口調を作りながら、オリヴィエラの顔は満面の笑みだ。赤い紅が彩る口角を持ち上げ、残酷な魔族の表情でぐるりと周囲を見回した。それから思い出したように、左手で掴んだ赤毛の混じった金髪を示す。
「我が君に逆らった愚か者を返しに来たのでしたわ。受け取ってくださる? 臭くて困るのよ」
上空で投げ出して受け止めるを繰り返した王女は、旅立った時の着飾った姿が嘘のようだ。変貌した顔は花が萎むように老け込み、金髪に混じるのは赤毛だけでなく白髪も混じっていた。王女自慢の肌はかさかさに乾燥し、垂れ流した液体で変色したドレスは異臭を放つ。
「……カリーナ王女殿下?」
まさか、本当に? そんな宰相の態度に、オリヴィエラは「そうよ」と肯定して細い腰を見せつけるように手を当てて、ビフレスト国の対応を待った。
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