153.明暗を分けたのは、誰?

 何が幸いしたのだろうか。案内された部屋は、先に退出させられた2人の使者が待っていた。彼らが除外された理由は、なんとなくだが理解できる。国の利益より、自分の爵位や財産を優先して考える者達だ。貴族として民を守る覚悟の足りない彼らの性根を、魔王陛下は見抜いた。


「テッサリア国は助かります」


「本当に良かった」


 安堵の息をつく彼らの処遇を、宰相である父へ問わねばならない。無言でメモを取りながら、ライラはひとつの疑問を紙に記した。


 テッサリア国より、ビフレスト国の先触れの方が入国は早かった。にも関わらず、我々の謁見を優先させた理由だ。単騎で駆ける先触れに気づいた時、「やられた」と思った。先に謁見するビフレストが、同盟を申し出たら? 我が国と同じ要求をしたなら、出遅れたテッサリアは見捨てられるかも知れない。


 グリュポスから守った備蓄食料と豊富な農作物が実る大地、真面目で働き者の国民しか財産はない。そう考えると恐怖が全身に広がった。なぜ先触れを出さなかった? 国の命運をかけた使者でありながら、最良の方法を模索せず動いた! 己を罵ったが、魔王陛下はテッサリアとの謁見を優先された。


 理由はわからないが、我が国は助かったのだ。戦をちらつかせたが、魔王という肩書に似合わぬ判断で同盟の決断を下した方の姿を思い出す。


 緊張しており、見惚れる暇はなかったが……雄々しく美しい人だった。まず目につくのは、白い肌と艶のある長い黒髪だ。魔族に多い真紅の瞳も綺麗だった。漆黒の革で覆われた体は細く見えるが、よく鍛えられている。長身の身に、まるで装飾品のように美女を侍らせた姿は――まさに世界を制する覇王。


 いままで男に勝ちたいと思っても、侍りたいと思ったことはない。男は追い抜くべき対象だった。あの方の側で必要とされ、愛してみたい。愛されなくても仕方ないけれど、必要として欲しかった。我が身と全能力を捧げたい主君を見出したと思う。


 これを父に告げたら、国のためと歓迎するのか。それとも娘の変貌を嘆くだろうか。


「ライラ様?」


「少し疲れたので、隣室で休ませていただきます。同盟に関する文書が届きましたら、起こしてください」


 にっこりと笑顔を作って、使者を置いて隣室へ移動した。鍵をかけてからベッドに身を沈める。脳裏に浮かぶのは、漆黒の魔王陛下ただひとり。彼の夢が見られるようにと願いながら、ライラは目を伏せた。






「まだなの?!」


 離れた部屋の中で、王女は癇癪を起こす。目障りなテッサリア国の使者一行を見つけ、大急ぎで先を越したというのに、後回しにされた。向こうは宰相の娘、こちらは王女なのだ。どちらが優先される客か、バシレイアの宰相が常識で判断するべきだった。


 農耕しか能がない田舎の小娘と、ビフレストという大国の王女――私の方が上のはずなのに。


「王女殿下、連絡がございました。明日の午後に謁見予定でございます」


 田舎娘が今日で、私が明日? 眉をひそめた王女の不興に、伝言を受けた侍女が申し訳なさそうに追加情報を口にした。


「魔王陛下の執務のご予定が詰まっておられるそうです」


「……わかったとお伝えして」


 コケにしてくれたものだわ。ビフレストと同盟を結ぶイザヴェル国は、すでに軍事行動の準備を進めている。我が国は迷っていたけれど、私を蔑ろにするならイザヴェルと一緒に蹂躙するのも悪くない。聖女の国とお高く留まっていたけれど、ロゼマリア王女には適当な貴族の子を産ませればいい。それで聖女の国は手に入るわ。


 恐ろしい作戦をにっこり笑って話す王女に、使者は逆らうことなく頭を垂れた。部屋の家具の陰で、小さなネズミが隠れていたことなど……彼女らは知るよしもなく。

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