152.無謀が気紛れを引き寄せる

 先触れを本隊より先行させたビフレスト国の機転は悪くないが、狡猾過ぎて扱いづらそうだ。にやりと笑ったオレの表情で、アガレスは察したらしい。


「魔王陛下のご予定は、明日の午前中まで塞がっておりますね。そのように対応させていただきます」


 明日の午後まで待たせることにした宰相の判断に頷き、立ち上がった。本日の謁見は終了だ。この場に残る意味はない。そして、明日の午後まで時間があれば、準備には十分過ぎた。


「書類を片付ける」


 マントを揺らして歩き出した後ろに、ロゼマリアがついてきた。慌ててオリヴィエラも同行する。執務室に入ったところで、椅子に腰掛けてから彼女らを振り返った。


「提案がございます」


 無言で待てば、ロゼマリアは女性ならではの視点でビフレストとの会見を演出する相談を始めた。提案というより、策略に近い。演出として参加する者の性格を踏まえた内容は、優れており無理がなかった。


 失敗する要素が見つからない策に、許可を出す。王女同士、相手の考える策は手にとるように予想できる。どの国でも王族の教育にさしたる違いはないのだろう。だがロゼマリアは、魔族の考え方も理解する。その点で一枚上手だった。


 積み上げられた書類を引き寄せて目を通し、一部を修正して署名する。作業に没頭するオレに頭を下げ、ロゼマリアは部屋を辞した。扉の閉まる軽い音で顔を上げ、すぐにまた書類へ視線を戻した。






 謁見の間を出たアガレスに、マルファスが質問する。


「半日の予定を、丸一日に延ばした理由は何ですか」


「陛下はビフレストの行いを、あまり好ましく思っておられません。策として認めても、感情は良しとしないのでしょう。言葉にされない主君の意を汲んで動くのが、臣下ですよ」


 先回りして気遣うのも仕事だとアガレスは言い切り、足を止めぬままマルファスに指示を出す。


「さきほど、ロゼマリア様が追いかけて行かれました。おそらく姫様も同じように陛下の意を察して動かれるでしょう。手助けをお願いします」


 手元の書類を脇に抱え直し、マルファスは頷いた。すぐに動く部下の背を見ながら、アガレスはモノクルの縁に手を触れた。


 狡猾なビフレストと実直なテッサリア。己自身が汚い策を使うからこそ、テッサリアのような正直者を援護したくなる。外交官として出向いた以上、使者の役目は協定を結ぶこと。それが危うくなったからとはいえ、自国に火をつけるなど……なかなか言えることではなかった。


 無謀な捨て鉢の一言だったかもしれない。だが、この一言は魔王陛下の興味を引いた。少なくとも、他国の脅威から守ってやってもいいと思うくらいの気紛れを起こしたのだ。


 テッサリアのライラ嬢は賢い。彼女は自国がグリュポス以外の国から攻め込まれなかった理由に気付いているだろう。あの軍事国家に食糧庫扱いされたから、他国は手出しを控えていた。迷惑で一方的、そのうえ搾取される現状があっても、国を蹂躙し滅亡させられる恐怖はなかった。


 今後は周辺諸国への根回しが必要になる。その状況で真っ先に「グリュポスを滅ぼした魔王」と手を組もうとしたなら、その判断をあの方は褒めるのだろう。地図に描かれた7つの国は6つに減った。この後、どこまで地図は書き換えられるのか……笑みを浮かべるアガレスはモノクルを外し、手の中でくるりと回した。

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