151.まずはひとつ、駒を進めるか

 オリヴィエラが臣下の礼をとり、同時にロゼマリアも同様に床に膝をついて跪礼をした。豹変と表現するに相応しい変化に、戸惑ったのはテッサリアのライラを含む3人だった。


「よかろう、その覚悟に免じて同盟を結ぶ」


「かしこまりました。手配は私が……お休みになる部屋を用意させていただきました。先ほどの使者殿もそちらでお待ちです」


 言われた内容と急展開の状況に瞬きをして顔を見あわせる。我に返るのはライラが早かった。慌てて跪礼をとって頭を下げる。予想以上の成果だ。同盟の内容は確認して検討しなくては判断できないが、攻め込むと言われたときは肝が冷えた。


 自分たちの短慮で、愛する母国を危険に晒したと血の気が引いたものだが。かの魔王は何故、我らとの同盟を決意されたのか。その判断基準がわからなかった。しかし謁見の間で、使者に立った者が尋ねてもいい質問ではない。場を弁え、調印前の会議で尋ねることにして礼を口にした。


「ご高配に感謝いたします。バシレイア聖国の偉大なる魔王陛下の温情に、深く御礼申し上げます」


 礼儀正しいライラの挨拶に、我に返った2人の使者も深く腰を折って礼を重ねた。彼らが退出するのを見送るアガレスの後ろで、マルファスが会話の内容を大まかにメモしていく。同盟に不可欠ないくつかの条項を口頭で告げて書き取らせ、アガレスは緩んだ口元を引き締めた。


「ロゼマリア様、オリヴィエラ様の演技力は素晴らしいものがありました。おかげさまでスムーズに話が進み、我が国にとって有利な交渉が可能となります」


 礼を織り交ぜた賞賛に、ロゼマリアは首を横に振った。波打つ金髪がふわりと風に踊る。向かいで長い髪を結い上げるオリヴィエラを見ながら、彼女を褒める。


「いえ。私はオリヴィエラ様の名演技に引っ張られただけですわ」


 かつてと同じ、謙遜に見えるが違う。己の功績とそれに対する評価を受けたうえで、相手を引き立てて見せる余裕があった。かなり性格も前向きになり、物事を歪ませずに受け止めている。


「2人ともよくやった」


 手放しで褒めてやり、テッサリアの使者の反応を反芻する。


 彼らは自分たちの手札が少ないことをよく知っていた。農耕民族であり、戦う能力はほとんど持たない。グリュポス国に攻められて抵抗できずに食料を奪われたのが、よい例だった。常に自分たちを脅かす軍事強国を数日で壊滅まで追い込んだ国に来るのは、さぞ勇気がいったであろう。


 そのうえで会談中の失言から「宣戦布告」という最悪の単語を引っ張りだしてしまった。考える隙を与えずに追い詰めたオリヴィエラ、寛恕を願うロゼマリアの緩急をつけたやり取りから、あの宰相の娘とやらが切り返した。その才覚があれば、今後使える駒となるだろう。


 すべての国を圧倒的な軍事力で平定することは難しくない。人間相手に戦うには、過剰戦力な魔族が揃っていた。あちこちに放った仕込みも動き出す頃か。


 力づくで従えても働くのは魔族、搦め手で従わせなければ反発するのが人間だ。力はこの手に余っているが、使い方をひとつ間違えれば取り返しがつかない。この駆け引きが楽しいのだ。各国を平らげる過程こそ、満足を高める要因のひとつだった。


「同盟内容は……」


「わかっております。私にお任せください」


 アガレスの自信ありげな表情に頷いた。胸ポケットから取り出したモノクルを嵌めたアガレスが、手元の資料に一瞬目を落としてから尋ねる。


「ビフレスト国の使者は……半日ほど待たせますが、よろしいでしょうか?」

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