150.外交官としての覚悟は見事
テッサリア国が侵攻を撃退できなかったグリュポス国を、わずか1日で壊滅状態に追い込んだのは、目の前の魔王だ。攻めてきた一万の軍隊をわずか数時間で全滅させ、その後すぐに本国も滅ぼした。
噂で聞いた限り、魔物や魔族を使い容赦なく蹂躙したという。もし同じことが己の国に起きたらと思うと、迂闊な発言は出来ない。ごくりと喉を鳴らしたライラはゆっくり言葉を選んだ。
「宣戦布告など……我々は貴国との同盟を望んでおりますわ」
外交では隙を見せるな。媚るな、だが相手の機嫌を損ねるな。難しいことばかり教えられてきた。不可能に思える手腕の積み重ねが、外交という仕事だ。相手の機嫌を損ねず、いかに自らが望む方向へ相手を導くか。
宰相である父の隣で、大きな戦力を持たず、搾取される弱い国の外交を見てきた。幼い頃から英才教育の一環として、他国の外交官とお茶をして場を支配する訓練を積んだ。他国の御令嬢のように、美しいだけでは役に立たない。口が立つだけでも使えない。必死で得た外交能力をいま披露せずして、どうやってテッサリアを守るのだ。
国の命運を背負う覚悟を決めて言葉を紡いだ。
「使者は国の代表者でございます。丁重に扱わねば、他国との今後の関係づくりにも差し障ると思いますの」
遠回しに「手を出せば、他国へ情報を流す」と含んだ言い分に、くつりと喉を震わせて笑った。心得たオリヴィエラが身を起こし、肘掛けの上に乗り上げた。胸を押し付けてオレの頭を抱き抱える体勢で、無邪気に強請る。
「私にテッサリアの制圧をお命じください。あの生意気な女を、数時間で黙らせてご覧に入れますわ」
ばさりと背に翼を出す。グリフォンの背にある鷲の羽は、力強くも大きかった。彼女の身長ほどもある翼を広げてから畳む。わざわざ魔族だと見せつける彼女の仕草に、オレは考えるフリをする。
「おやめください。無駄な血が流れます。それならば話し合いで……」
「あら、相応の扱いをするだけよ」
ロゼマリアが止めに入るが、その表情は余裕があった。どうやら演技だと見抜いているらしい。魔族と共にいる時間が長くなれば、人間のロゼマリアも考え方を理解する。直情的に深く考えずに行動するように見えるが、人間より狡猾な面を持つのが魔族だ。
どこまでも相手を苦しめる方法を知っている。弱点を見抜き、容赦なく突いて心を折るのが常だった。人間より頑丈な身体を持つがゆえに、身体に負う傷より、心の傷の方が深いことを知る。寿命が長く、なかなか死ねないから相手を苦しめる方法を考え続けることが出来る。
この世界の魔族は、前世界の魔族より緩い。敵を排除するなら感情など不要だが、その切り替えも曖昧な者ばかりだった。それは人間も同じだったらしい。
「お前にくれてやれば、リリアーナやクリスティーヌが拗ねるであろうな」
愛妾のお強請りに、まんざらでもない様子を装った。何か言うべきか、黙る方が正しいのだろうか。迷うライラは大きく深呼吸した。
「魔王陛下が我が国を欲しいと思われるなら、交渉にて手に入れることをお勧めしますわ。我が国は農耕で領土を豊かにしてまいりました。もし戦火にさらされれば、価値は半減いたします」
言外に「グリュポスと同じ手法を使えば、すべての穀倉地帯を焼き払う」と告げる。これは賭けだった。後ろの使者2人は父の側近だ。矢面に立つ私の覚悟を読み取り、何も言わずに任せてくれた。国の行末を若い娘に託した彼らの態度に、口元が緩む。テッサリアという国の国民性や考え方が大まかに掴めた。
観察するアガレスが背筋を伸ばし、小さく頷く。それが合図だ。連れて行った2人は使えないが、この場に残した3人は利用価値があると判断した。同じ判断のオレが顔を上げて姿勢を正すと、しなだれかかっていたオリヴィエラは椅子から降りて跪いた。
「失礼いたしました」
「よい。ご苦労だった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます