149.宣戦布告、か? 構わぬぞ

 遠くから慣れない馬車に揺られて辿りついた聖女の国は、驚くほど栄えていた。有名な商人の馬車が並ぶ街の大通り、人々は小ざっぱりとした服を纏い血色も良い。他者と争う姿も見えず、話に聞いたバシレイアの現状が「何かの間違いなのではないか?」と同行者も首をかしげた。


 数年前から急激に悪化したバシレイア国の内情は、各国が集めた情報として宰相や文官も知るところだ。食べ物がなく、病人やケガ人は放置され、生活苦で子供を捨てる者も後を絶たない。税金を取り立てる王侯貴族の贅沢ぶりはすさまじく、国として末期だと言われてきた。


 魔王を倒せる唯一の存在である、勇者を召喚できる国を潰すわけに行かない。しかし今の王族に援助しても食いつぶすだけだと各国は対応に苦慮していた。なかなか金や食料を寄越さない諸国に焦れたのか、バシレイア国王は召喚を強行する。国内に残された貴重な魔術師を総動員した勇者の召喚は……成功した。


 いや失敗したのか。この国が召喚したのは勇者ではなく、異世界の魔王――毒をもって毒を制す、そう嘯ける状況ではない。慌てた諸国が対策を練る間に、異世界の魔王はバシレイア国の王族や貴族を一掃した。その手法はわからないが、国を立て直し、民に食事や仕事を与え、病や傷を癒したらしい。


 僅かひと月足らずで、この国は豊かな姿を取り戻したのだ。数十年単位で行われる改革を、短時間で成した人物が目の前の魔王だとしたら。傑出した賢王と称えられる偉業を成したと言われる反面、王女ロゼマリアを始めとした女性を侍らせるだらしない存在だと噂される。


 英雄色を好む――そう認識して、侯爵令嬢ライラは派遣された。宰相家の跡取りとして育てられた彼女は、テッサリア国のスケープゴートではなく切り札だ。


 ライラの斜め後ろに控える外交官は、緊張に乾く喉と裏腹にあふれる額の汗をハンカチで拭った。





「魔王陛下、我が国を苦しめるグリュポス国を滅ぼしていただいたこと、御礼申し上げます。毎年収穫の時期になると攻めてくるの国には、苦慮してまいりました」


 ライラが丁寧に口上を述べ、黙って聞いて頷くに留める。飾り物の王を装えば、心得たようにオリヴィエラが膝に手を置いてしなだれかかった。彼女の髪を撫でながら、わざとらしく視線を左へ向ける。ロゼマリアが照れたように頬を赤く染め、肘掛けに置いた手に白い指を絡めた。


「陛下、堅苦しいお話は退屈ですわ」


 オリヴィエラが煽る言葉を吐く。赤く塗った唇が、わかりやすく媚びた笑みを浮かべた。こういう役を割り当てると、見事にこなすグリフォンは豊満な胸を膝に押し当てる。どこまで演技かわからぬ彼女の行動を、黙って許した。


「オリヴィエラ様、使者の方々の前ですので……少しお控えください」


「いやよ」


 アガレスが注意した声を、一刀両断で拒んだ。この劇に近いやり取りを見つめるテッサリアの反応を確かめる。すっと手をあげて終了を告げれば、アガレスがゆったり一礼した。オリヴィエラも姿勢を正してきちんと座り、ロゼマリアも座り直す。


「お前とお前は、不要だ」


 ライラの後ろに控える男4人のうち、2人を指さす。号令を出す必要はなかった。駆け付けた騎士が彼らを後ろに下がらせる。


「おやめ下さい。使者への暴力は、我が国への……」


「宣戦布告、か? 構わぬぞ。どうせ半日もかからず滅ぼせる」


 言い切られ、ライラはそれ以上何も言えなくなった。

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