148.話があって来たのであろう?

 謁見の間にある大きな扉は来客用だ。王族が出入りする扉は、玉座を正面に見て右側の奥に用意されていた。豪華であっても大きい必要はない扉だが、前の王族が無駄に大きな扉を付けたため、ドワーフにサイズを小さくするよう命じてある。


 外装はおおよそ整えたドワーフだが、扉を一から手作りするため、交換まで時間がかかっていた。彫刻や意匠を尋ねられたので、一任したのだ。


 中に入ると玉座まで歩き、ばさりとマントを翻して腰掛ける。足元の赤い絨毯が階段へ伸び、その先まで続いていた。膝をついて謁見の作法通りに待つ者は5人。多すぎず少なすぎず、上手に調整したテッサリア国の使者は、ゆったりした衣装を纏っていた。


「魔王サタンだ。顔をあげよ」


 受け入れ側の王族の許可を得て、初めて顔を上げる。豪華な首飾りを付けた女性が口を開いた。


「このたびは、我がテッサリア国の謁見をお許しいただき、誠にありがとうございます。私は宰相である侯爵家の娘で、ライラと申します。」


 丁寧な挨拶から始まり、彼女は耳に心地よい声で言葉を紡いでいく。内容も穏やかなものだった。じっと聞いてから、彼女が言葉を切るのを待って、オレは右側の陰に声をかけた。


「はいれ」


「ロゼマリアです。遅くなりましたことをお詫び申し上げます」


「オリヴィエラですわ。失礼いたします」


 挨拶をしたのはロゼマリアからだが、足を踏み出したのはオリヴィエラが先だった。ロゼマリアは清楚なお姫様を演出し、アイボリーのレースがふんだんに使われたドレスを纏う。首元や袖まできっちり肌を隠す衣装だった。逆にオリヴィエラは肩を出して身体のラインを強調したドレスだ。大きく開いた胸元も、すらりとした足を見せつけるスリットも、扇情的なイメージだった。


 清楚な白に近い色を選んだロゼマリアに対し、真逆の黒を着こなすオリヴィエラは己の役割を理解しているのだろう。この場で彼女に求めらるのは、愚かで頭の軽そうな女の役なのだ。愛人のような振る舞いこそ相応しかった。


 慣れた様子で玉座へ続く階段を上り、そのまま右隣の絨毯へ直接座る。オリヴィエラのスリットは、際どい位置まで肌を見せた。いつもと同じ行為だが、他国では異常だろう。


 絶句した使者たちをよそに、ロゼマリアも左側に膝をついて寄り掛かった。言わずとも動く彼女らの察しの良さは今後も使える。肘掛に寄りかかって、指先で無造作にオリヴィエラの焦げ茶の髪を摘んだ。手慰みに遊びながら、使者たちの様子を伺う。


 他国で「聖女の血を引く王女を側妃として娶り、他にも魔族女性を侍らせた魔王」という情報を流した。女好きでだらしない。そのイメージを植え付けることで、人間は手のひらで踊った。自分たちが理解できるイメージを与えれば、信じ込んで疑わない愚かさが哀れになる。


 宰相となったアガレスは観察するように、左側の段下で使者を眺める。斜め後ろに控えるマルファスも、興味深そうに口角を持ち上げた。


「どうした? 何やら話があって来たのであろう」


 途絶えた話の先を促すと、ライラと名乗った侯爵令嬢は慌てて頷いた。

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