154.実践も実戦も大して変わらぬ

 駆け寄ったリリアーナを受け止め、さらにクリスティーヌの突進も止める。どちらも着飾っているのは、午後にロゼマリアから淑女のお茶会と称してマナーを叩き込まれるためだ。ドレスでの歩き方、跪礼の練習、カトラリーの扱い方、ダンスのレッスンまで。王侯貴族の娘が受ける教育を彼女が担当していた。


 午前中はウラノスから座学の勉強を、午後は身体を使ったマナーやダンスレッスン。どちらも苦手な部類だろうに、少女達は文句なく素直に受け入れた。この頃はオリヴィエラも彼女らと一緒に過ごしているようだ。


 最大戦力のドラゴンとグリフォンが不仲では、この後に予定した戦闘に差し支えがある。彼女らの和解は好ましいことだった。


「サタン様、お茶会に一緒する?」


「お菓子でるよ」


 言葉遣いを直されることもあり、話し方が流暢になった。金髪と黒髪をそれぞれに撫でてやり、両側に抱きついた少女達に声をかける。


「明日の予定は聞いているか?」


「うん。聞いた。明日は実戦だって、ローゼが言った」


 リリアーナは無邪気に「実戦」という単語を使った。気持ちが争いに向きやすい魔族ならではの捉え方だ。おそらくロゼマリアは「実践」という意味で使っただろう。聞き間違えを正す必要はない。事実、女同士の戦いのようなものだ。


 リリアーナとクリスティーヌの性格を織り込み、上手に操るのが作戦の肝になる。少し迷ったが、焚きつけておくことにした。


「明日、ビフレスト国の王女が来る。器量がよければ、引き取って手元に置くかも知れん」


 事前に話しておく。そんなニュアンスで「新しい女」の存在を匂わせると、クリスティーヌが唇を尖らせて頬を膨らませた。リリアーナは不機嫌そうに眉をひそめたものの、そこまで表立った不満を表明しない。


「その女を選ぶの?」


 ぼそりと呟いた声は低かった。上手に引っかかったようだ。垂らした釣り糸に食いついた獲物は、クリスティーヌの手を掴んで何かをひそひそと話し合う。互いに納得したのか頷き、オレに向き直った。


「私たちが選ぶ。ダメなら返す」


「そうだな。お前が見極めるなら任せよう」


 ロゼマリアが作戦に織り込んだのは、嫉妬深いリリアーナとクリスティーヌの性格だ。魔族である彼女らは、我慢を知らない。そこは教えてもなかなか覚えられない部分だろう。本能に近い感覚だからだ。


 そんな彼女らだからこそ、飼い主であり甘えられる存在に近づく女を排除しようとする。ビフレストの王女は、確実に噂に踊らされた本国からの餌だ。女好きの噂を信じたビフレスト国は、バシレイア国の王女ロゼマリアが側妃だと思っている。自国の王女を正妃に据えれば、魔王である国王だけでなくバシレイア国の聖女、併合したグリュポス国の領土がまとめて手に入ると考えた。


 濡れ手で粟の作戦だが、根底の情報を疑わないところが甘いのだ。


「絶対に認めない」


 選ぶのは自分たちと断言した直後、すでに選ばない選択を行ったリリアーナに、クリスティーヌも大きく頷いた。独占欲の強い我が侭な魔族らしい2人を連れて、庭を横切る。その先のガゼボでお茶会を行う彼女らに誘われ、薔薇が美しい庭をゆっくり歩いた。途中で視線を感じるが、無視して通り過ぎた。


 こちらの釣り針にも、明日釣り上げる予定の獲物が食いついたようだ。ガゼボで待つオリヴィエラが気づき、隣のロゼマリアへ合図を送った。にっこり笑って席を勧める女性の強かさに付き合い、突き刺さる視線を背に受けながら膝にリリアーナを乗せて過ごした。

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