143.かつての敵も利用する

 結論を言えば、失敗だった。単純にクリスティーヌの腹を満たすだけの吸血行為であり、その後の手はずが不明なのだ。ある程度血を吸ったことで男の意識は落ちたが、失神させることが目的ではなかった。


「これでは使えぬな」


 そう簡単に成功したら苦労しないということか。血を吸った獲物が崩れ落ち、生存に必要な限界まで血を失った青ざめた肌の男が転がる。それをあれこれ悩みながら弄っていたクリスティーヌは、首をかしげた。


「このあと、どうする?」


 やはり同じ疑問をもつのか。彼女があっさり血を吸ったので、もしかしたら方法に心当たりがあるのかと期待した。予定通りに行かないのは想定内だ。


「お前がわからぬなら……いや、吸血種は他にもいたな」


 思い浮かんだのは、地下牢の主だった。牢番に手を出さなかったが、吸血種族らしき存在が確認されている。獲物の血を吸い、牢番を眠らせたか催眠状態にし、吸血種が操る透明の刃を操ったであろう者なら、仮死状態について何か情報があるかも知れない。


 素直に話すとは限らないが、話を聞く方法はいくらでもある。言葉を話す口と脳が残っていればいいのだから。


「地下牢へ行くが……」


「一緒」


「私も」


 当然のように彼女達は同行するらしい。ならば残った獲物を一度牢に入れてみるのもいいだろう。血の匂いに誘われて、顔を見せる可能性があった。獲物に手を出す魔族の存在を告げれば、リリアーナは渋る。後から宥める方が説得より容易だと判断し、彼女へ牢に罪人をしまうように命じた。残っていて、自力で動けるのは5人だけ。


 尻尾を振りながら右手を絡めるリリアーナ、血塗れの姿を浄化して綺麗にしたクリスティーヌ。双方を連れてカビ臭い地下牢の階段をおりた。


 収容した罪人がすべて死んだため、牢番は置いていない。そんな無駄に人員を割くなら、城門の警護や城下町の監視に回すべきだった。事実、牢番は外壁の門を守らせている。


「前きたところ?」


 リリアーナが不安そうに呟く。彼女の金瞳が、ちらちらとクリスティーヌに向けられた。あの日突然狂化して襲い掛かった妹分を警戒するが、すぐに何かに気を取られて正面を向いた。


「だれか、いる」


「ああ」


 隠れる気はないのか。手足の短い子供のような人影が近づいてくる。足音はなく、石畳の上を滑るように移動した。


 ぱちんと指を鳴らし、用意された蝋燭に火を灯す。明るくなった視界で、子供はぱちりと緑の目を瞬いた。


「珍しいこともあるものよ、我が封じられてよりこの地を訪れる同族は初めてぞ。近うまいれ」


 子供の外見で、老人のような古臭い言葉遣いをする。ひらひらと手を招いて誘うのは、クリスティーヌだろう。同族と口にした。


「封じられた、と?」


「うん? そなたは……ずいぶんと魔力に満ちたお方だが、はてさて我に何用か」


「少し前に、この牢にいた罪人を処分したのはお前だな」


 確証を持って告げれば、子供は「いかにも」と悪びれた様子なく頷いた。それからリリアーナの魅了に捕まった獲物を確認し、首をかしげる。


「後ろの獲物は我にくれるのか?」


「条件による」


 見た目の年齢ではない子供は、白っぽい髪をぐしゃぐしゃかき乱した。それから大袈裟に肩をすくめる。


「よかろうよ。条件を聞こうではないか」

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