144.歳を経た化石の知識を与える者

 白に近い色の髪は、銀かも知れない。蝋燭の光を弾く前髪を指先でいじる子供の前へ、クリスティーヌを押し出した。


「この子の教育を頼みたい」


「どの程度までご希望かな?」


 首をかしげる子供に、オレは肩を竦めた。


「お前が知る術はすべて教授してくれ。何しろ、親が育児放棄したらしく、何も知らない」


 吸血種は子供が生まれにくい種族なので、他人の子でも育てることがある。それを期待したが、クリスティーヌを眺めた魔族は不思議そうに呟いた。


「育児放棄、この子を? あり得ないが……」


 何やら知っている口ぶりで眉をひそめ、やがて大きく頷いた。リリアーナは苛立って尻尾を石の床に叩きつけている。


「よかろう、我が育てるゆえ……その間の餌を頼みたい」


「人間を襲わぬなら用意させよう」


「構わぬよ、ドラゴンが捕らえた獲物の血で十分だ」


 そこまで譲歩されると思わなかったため、何か裏があるかと勘ぐりたくなる。だが何か行動を起こすなら、とっくに動いただろう。我が城の地下に住んでいたのだから。


「名を聞こう」


「ウラノスだ。そなたは……」


「魔王サタンだ。異世界から召喚された」


 この世界に魔王がすでに存在する。混乱させる前に答えを突きつけた。ウラノスは驚いたような顔をして、クリスティーヌとオレを交互に眺めた。何か言いかけて、言葉を飲み込む。


「挨拶しろ」


 腕にしがみついたリリアーナが、ワンピースの裾をちょっと摘んで名乗る。ロゼマリアに習った仕草だが、なかなか様になっていた。


「リリアーナ。黒竜」


 短すぎる彼女を見習ったのか、クリスティーヌも短かった。


「クリスティーヌ、吸血鬼、たぶん」


 種族名に「たぶん」をつけたのは、彼女がハーフだからだ。混ざった種族が不明のままだが、特に外見的な特徴を持つ魔族ではなかったらしい。吸血鬼が強く出たクリスティーヌの見た目は、他種族の色がなかった。


「なるほど……、我が教えるのはクリスだけでよいのか?」


「リスティ!」


 愛称を訂正するリリアーナを見ながら、ウラノスは苦笑いした。反論せず、子供の我が侭に付き合う姿は、やはりかなりの年齢を重ねた魔族だと思われた。


「リスティか、可愛い呼び方じゃ。我もそちらにしよう」


「うん」


 手懐けられてたことに気づかないリリアーナは、ご機嫌で尻尾を左右に振る。少し魔族としての教育をした方がよいか。このままでは口のうまい魔族に騙されそうだ。


「ドラゴンの教育も出来るか?」


「竜族を育てたことはないが、魔族としての基礎はさして変わらぬ。我は歳を経た化石のようなもの。若い世代に知識を与えるのは、年長者の役目ゆえ」


 機嫌よく振る舞うウラノスは、この地下牢が気に入ったという。管理を任せることにし、獲物を引き渡した。ところが自分がもらった獲物なのに、とリリアーナが愚図る。仕方なく条件をひとつ飲んだ。


 代償なく要求を飲まされたのは、これで2度目だ。リリアーナに甘いと周囲に指摘される前に、自ら引き締めるべきだろう。リリアーナとクリスティーヌを残し、地下牢を出た。


 あの2人がいない今、ロゼマリア達の様子を見に行くのも悪くない。決めて転移魔法を使う直前、散らかしたままの広場を思い出した。小さな魔法陣を飛ばし、魔力を込める。浄化を施した結果を見ることなく、外壁の門へ飛んだ。

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