142.実験材料はまだたくさんある
固まった猫に似た魔物はケット・シーの亜種だろう。見た目は普通の猫のようだが、鋭すぎてはみ出した牙と二股の尻尾を持ち、耳の毛が長い。細面なので、狐に近い顔立ちだった。
「蘇生を試みてからだ」
仮死状態で送ったのは間違いない。つまりアースティルティトが仮死状態にしたケット・シーを、物体として亜空間へ放り込んだ。転送されるのは生物として認識されなった証拠だろう。危険な実験を平然と行うあたり、魔族らしさが窺えた。
「生き返るの?」
「これ、血が減ってる」
水に濡れた足音を響かせるクリスティーヌも覗き込んだ。彼女の黒髪やスカートの先から血が滴るため、周囲が真っ赤に染まる。リリアーナ自身も尻尾や手足を赤く染めた状態なので、互いに気にせず手を握って仲良くしゃがみこんだ。
指先でリリアーナがつつくが、反応はない。冷たく硬い感触に眉を寄せて、不安そうに首をかしげた。
「生き返る、無理」
肉食系のドラゴンの嗅覚では死体判定らしい。左右に首をかしげたため、リリアーナとぶつかったクリスティーヌは頭を撫でながら唇を尖らせた。
「誰か、血、吸った。私じゃない」
他の吸血鬼の関与を察知し、不機嫌そうな表情を見せる。魔族とひとくくりに人間は語るが、あまりに個性的な種族が多くて、分類が難しい。ひとつの死体を前に、吸血種とドラゴン種でここまで視点が異なっていた。その上生活習慣から子育ての方法や餌にいたるまで、何もかもが違うのだ。
「クリスティーヌ、お前は獲物を仮死状態に出来るか?」
まだ残って震える罪人は、リリアーナの魅了眼の糸が繋がっている。細い魔力の糸が切れていないため、逃げるに逃げられなかった。すでに半数近くが死体という名の肉片や血の染みと化した状態で、彼らは自分だけ生き残る方法を模索する。
「こ、こいつを先に」
「なんだと?! お前こそ」
少しでも後回しになって生き残ろうと足掻く獲物に、クリスティーヌは「うーん」と考え込んでしまった。親に育てられていない彼女は、吸血種が使える多くの技を受け継いでいない可能性がある。吸血行為のように本能に直結する能力は開花するが、獲物を仮死状態にする術は荷が重いか。
「やってみる」
リリアーナと手を繋いで中央まで戻り、獲物を1匹呼び寄せる。手招きする金髪の少女に逆らえず、凝視したまま足を前に進める男は、血管が浮き出るほど抵抗した。近づいた獲物を眺め、クリスティーヌはひとまず血を吸ってみる。
ケット・シーの首から出血した形跡があり、体内の血が明らかに不足していた。まず血を吸って眷属化する必要があると思ったのだ。リリアーナに「座れ」と命じられた男は涙を流しながら膝から崩れ落ちた。がくんと前に手をついた男の横に回り、真っ赤なハンカチを取り出す。
汚れた肌を拭いてから噛むつもりのようだが、血塗れのハンカチではあまり効果がないだろう。呆れ気分で立ち上がり、足早に近づいた。収納から取り出したタオルを差し出す。
「使え」
「ありがとう」
「いいなぁ……」
お礼を言って受け取るクリスティーヌを、羨ましそうに指を咥えて見つめるリリアーナへ、少し考えて別のタオルを渡した。まったく同じ物と色を選んだのは、タオルを喧嘩の原因にしないためだ。
愛玩動物を複数飼うと嫉妬しあい、飼い主の寵愛を競うと聞いたが、本当にククルの指摘通りだった。ペットを飼い始めてから、彼女らの過去の言動に助けられることも多い。
「噛んでみるね」
ひとまず試してみる。長い牙は、勢いよく首筋へ突き立てられた。
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