139.献上品は検分して下賜するもの

「ここ、きて」


 リリアーナの命令が、男達の足をぴたりと止めた。嫌がる心をねじ伏せる身体が、無理やり彼女を振り返らせる。人間じゃない、あんなのは魔物で悪魔だ。叫びたい言葉も喉に張り付いて出てこなかった。


「ここ……」


 金の瞳を輝かせるリリアーナの顔は、笑顔だった。愛らしい少女の無垢な笑顔なのに、不思議と恐怖を掻き立てる。己の思うままに獲物を引き裂いたい。裏のない真っ直ぐな感情を叩きつけられた獲物は、必死に抵抗しながらも足を進めた。


 離れたい本心が強張った表情に出ている。痙攣するほど手足を突っ張りながらも、最終的に命令に逆らえなかった。


「魅了眼か、見事だ」


 褒めてやると、嬉しそうにリリアーナの尻尾が揺れた。繋いだら細い糸に変更して、出来るだけ魔力の消費を抑えるよう教えたが、身についている。以前はロープのような太さだったが、目を細めて確認しないと気づけないほど、細く長く伸ばして絡めていた。


 子供の成長は早いというが、驚くべき変化だ。以前は強烈に対象者を魅了し、自我を混濁させていたが、今回はきちんと意識を残した調整具合も素晴らしい。


 手放しで褒めてやれる条件を満たしたリリアーナは、ご機嫌で尻尾を床に叩きつける。その足元で、クリスティーヌは先ほど捕らえた1匹目の獲物をバラしていた。


 殺したという意味の隠語ではなく、文字通りバラバラに引き裂くのだ。もいだ腕を放り出し、腹部に手を突っ込んで内臓を引き摺り出す。不思議そうに腸を眺めて、興味を失ったのか放り出した。暴れる足を片方引き千切る。


 魔力や血が足りている吸血種は、驚くほどの怪力だ。それはドラゴンと並んで遜色ないレベルであり、道具なしに人体を千切ることも可能だった。ぶちっと皮や肉が切れる音に加えて、ごきゅっと骨が外れる嫌な音が響き渡る。


 罪人を連れてきた兵士達に、縄を解いた時点で戻るように命じたのは正解だった。この城に仕える者の大半は、オレ達が魔族だと知っている。しかし残虐な本性を、本当の意味で理解していないだろう。幼い少女が素手で罪人をバラす姿など見せたら、トラウマになりかねない。


 今後、リリアーナやクリスティーヌを見て怯えるなら、城門番も勤まらなかった。ただでさえ人手不足な城なのだ。これ以上の離職者は困る。


「サタン様、これ、あげる」


 クリスティーヌの両手は真っ赤に染まり、獲物の胸から何やら臓器を取り出した。まだ血管が繋がっており、動く心臓だ。


「ご苦労、献上せよ」


 断る選択肢はない。アースティルティトもそうだが、一番最初の獲物と一番大きな獲物の心臓を主人に捧げるのは、吸血種族の誇りだった。拒めば、契約した主人として失格だ。


 右手を差し出して待つオレの元へ、心臓を両手で抱えた黒髪の少女は駆け寄り、手の上に置いた。手についた心臓の血をぺろりと舐めている。心臓に近い血は、ご馳走だったはず。


 じっくり検分して、まだ動きを止めぬ心臓を彼女へ差し出した。


「そなたに下賜しよう」


 これは吸血種の主人にとって儀式のようなものだ。自らが吸血したり食人する種族なら別だが、最上級の捧げ物をしたクリスティーヌを労い、捧げ物を下賜することで彼女の栄養となる。


「ありがと」


 にこにこしながら受け取った心臓を口元に運んだ。鋭い牙が突き立てられ、彼女らの表現で『極上の血』を味わい、残った心臓は獲物の隣に並べられる。バラした部品を並べ、クリスティーヌは満足そうだった。


 血に濡れて赤くなった右手を浄化し、リリアーナの行動を確認する。彼女は、力任せに引きちぎる以外の方法で楽しむようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る