140.束の間の休憩も悪くない
リリアーナは手元の獲物を見比べて、身体のがっしりした者を2匹選んだ。人として数える価値がないため、魔獣扱いである。
「こっち、戦う」
少し離れた場所に誘導して、戦うよう命じる。嫌がりながら相手に引き寄せられ、素手で殴り合いを始めた。痛みがあっても手を止めることができない。顔を殴り合い頬骨を折り、鼻を潰す。歯を砕いて、拳を傷つけた。骨折した拳の指は腫れていくが、それでも手を止める命令は出ない。
残った獲物が怯える姿に、クリスティーヌが近づいた。手をつけた獲物が息絶えたので、興味を失ったらしい。白いシャツは真っ赤に染まり、紺色のスカートも黒く濡れた。
「リリー、あれ欲しい」
「ん? んん〜、いいよ」
繋いでいた魔力の糸を選んで切断する。かなり魔力の扱いが上手になった。ちらりとこちらの様子を伺うので、よく出来たと頷いてやる。嬉しそうに、リリアーナの尻尾が地面を擦って揺れた。
リリアーナの魅了眼の魔力から解放された獲物が、近くにいたクリスティーヌに殴りかかった。きょとんとした顔で見つめる彼女の前に、2頭のヘルハウンドが飛び出す。それぞれに双頭の為、4つの頭が防御と攻撃に動いた。
「う、うわぁあああ! 化物っ、来るな!」
クリスティーヌを見て弱者と判断し、自分から飛びかかったくせに、今度は逃げ回る。クリスティーヌは小さな声を発して、犬たちを上手に操った。コウモリが持つ超音波に近い音域の中で、犬に聞き取れる音を選んで躾けたらしい。
あれこれ教えておけとレーシーやオリヴィエラに命じたが、これほど上達したのは予想外だった。この調子なら、数年で立派な側近になれるだろう。あとは甘え癖をどうするか。魔族としてみれば子供なので、まだ100年は甘やかしても問題ない。愛玩動物で飼うなら、甘えた役立たずでも構わないが……。
思ったより子供たちの才能があったため、側近候補とすべきか、愛玩動物として飼うべきか迷う。贅沢な悩みだと自嘲しながら、彼女らの遊びを見守った。血が飛んだ大地の浄化の手順を考えながら、足を組み直す。
ヘルハウンドはククルも飼っていたか? 可愛い小動物と評したが、彼女の背が低かったこともあり、大型犬と子供にしか見えなかった。
「うあっ、来るな! 嫌だ」
「心臓以外、あげる」
ご機嫌で背に翼を広げたクリスティーヌの言葉に、犬たちは吠えて襲い掛かった。リリアーナの土産を手懐けた吸血鬼は、犬に噛まれて逃げ回る獲物を楽しそうに追いかけた。
あまりに楽しそうな彼女の表情は、蝶々を追う小犬のようで微笑ましい。実際の光景は、双頭の魔物に食い殺される獲物を追い立てる残酷さが際立った。
「サタン様、退屈?」
獲物に殴り合いを継続させたまま、リリアーナが駆け寄ってきた。足を組んだので、退屈だと思わせたのか。苦笑して彼女の金髪を撫でた。
「いや、お前たちの成長に驚いただけだ」
「褒めた?」
「ああ」
肯定されたドラゴンは大喜びで走っていき、途中でクリスティーヌの獲物を蹴飛ばした。少女姿だが、本体がドラゴンである。勢いよく足蹴にした獲物が地面に叩きつけられ、ぐしゃぐしゃに潰れた。
「ああっ! リリー、私の獲物とった!」
「……ごめん、こっちあげる」
新しい獲物を譲る。仲の良い2人の様子に、オレはふと外壁にいる2人を思い浮かべた。
あっちは問題なく仕事をこなしただろうか。リリアーナたちの遊戯が終わったら、散歩がてら見に行こう。彼女たちも散歩を喜ぶだろう。血生臭い空気を吸い込んで、ゆったりと椅子に背を預けた。
見上げる空は晴れわたり、手足が足りないながらもすべてが順調だった。
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