138.無様をすれば、次はない

 城門に向かうと、兵が複数の罪人を捕まえていた。全員手枷を嵌めており、数人はケガをしている。何かに足や手を食い千切られた者、硬い棒で叩かれて骨折した者、ほぼ無傷に近い者。ケガをした男達は悲鳴や苦痛の呻きをあげる。だが数人はリリアーナを見て舌舐めずりした。


 その態度と、報復の酷さから彼らの罪状を聞かずとも察する。街の女達に無理やり手を出そうとしたのだろう。この国の住人と結婚すれば、この国の居住権が得られる。簡単に考えた結果だが、対策を用意する必要性に思い至った。


 魔物も魔族も、雌を雄が襲うのは外道の仕業と唾棄される行為だ。これは動物も同じだろう。だが動物と同じ分類にあるにも関わらず、人間だけが相手の意思を無視して襲う。魔族なら、襲われた雌が犯人を告発するだけで、周囲の魔族から報復されるため、罪人は取り締まるまでもなく処分されてきた。


 人間はこの自浄作用が働かない。生き物として雌は母体となる貴重な存在だ。どれだけ雄が強さを誇ろうと、彼らだけで繁殖できなかった。どんなに強い雄であっても、雌が産み育てることで生存を許される。


 勘違いした雄ばかりの人間ならではの犯罪ゆえ、見落としていた事実に溜め息をついた。同時に、彼らを生かす理由がないことに思い至る。


「リリアーナ、好きにしろ。全部くれてやる」


「本当に!? やった! リスティと分ける」


 無邪気に喜ぶ彼女の手には、守護の指輪が光る。あれを外さなければ、彼女が他者に害される心配はなかった。下種の行いは予想できないこともある。柔らかな金髪をさらりと撫でて、言い聞かせた。


「隙を見せるな。無様をすれば、次はない」


「わかった」


 素直に頷くリリアーナがぺたぺたと彼らに近づく。迎えに出ていた牢番は、会話を漏れ聞いていたのだろう。彼女に一礼して場を譲った。


 リリアーナが小声で名を呼ぶと、大きなコウモリが飛んでくる。少し離れた茂みに舞い降り、すぐにワンピース姿の黒髪の少女が駆け寄ってきた。クリスティーヌもリリアーナ同様、着替えながらの変化が出来ないのだ。そのため人目を避けて茂みで着替えたらしい。


 白いワンピース姿のドラゴンと、紺色のスカートと白いシャツの吸血鬼は、もらったばかりの獲物を前に笑顔を見せた。


「サタン様、いる?」


 1匹分けるという意味か、この場所に残るかを尋ねられたのか。どちらでもおかしくない質問だが、答えは決まっている。


「ここで待っていてやる」


 目を輝かせたリリアーナは、大喜びで妹分であるクリスティーヌの手を掴んで走り出した。兵士達に連れられた罪人は、ドラゴンの発着所と化した塔の跡地へ放たれる。彼女らが遊ぶ間、獲物が逃げ出さぬよう目を光らせてやろう。


 愛玩動物の運動を見守るのも、癒しのひとつだとククルが口にしていた。それにまだ若い彼女らは未熟な面も多い。人間の言葉に惑わされるほど幼くないと思うが、万が一を考えると放置は危険だった。夢中になって1匹を裂く間に、別の罪人が逃げて、離宮や侍女に被害を与える可能性もある。


 収納から取り出した椅子を置いて、腰を下ろすと足を組んだ。木陰の木漏れ日が心地よい。腕を組んで見守る姿勢を示すと、リリアーナはびたんと尻尾で地面を叩いた。


「あ、あいつ……人間じゃねえ」


「バケモンだ」


 立派な尻尾に気づいた連中は逃げ出し、気づかなかった数人は少女達へ向かった。後ろから覆いかぶさる形で拘束しようとした腕を、クリスティーヌが無造作に掴んで捻る。ぐぎ、ばきばき……ぐしゃ。嫌な音が響き、男の悲鳴が場を支配する。


 紺色のスカートから覗いた白い足を、鮮血がべっとりと赤く染めた。


「味はイマイチ、でも久しぶり」


 嬉しそうに笑う黒髪の少女も人外である、やっと気づいた罪人達は我先に広場から逃げ出そうと走り出した。

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