129.期待したオレが間違っている

「無礼っ! 殺していい?」


「ならん」


 リリアーナが唸るように低い声で尋ねるが、案は却下する。剣の先は鋭く、あと2歩前に出たら突き刺さる位置で止まっていた。承知の上で1歩進む。がさっと草が足元で音をたてた。


 焦ったのは騎士だ。任務の一環で誰何はしたが、現時点で殺す気はない。相手が自国に害をなす侵略者ならば剣を揮うが、身なりのいい男は迷い込んだ特権階級の様にも見えた。もし他国の貴族だった場合、殺してしまえば大問題となる。


「……何者か答えてくれ。殺したくない」


 先に折れて困惑交じりの声を上げる男へ、正直落胆した。やはり人間の中で傑出した人物を探すのは難しい。使い物にならないと判断したため、興味が一気にそがれた。森の砦に派遣される騎士に、王を守る騎士と同じ言動を期待するオレが間違っている。


 人材不足が過ぎて、判断が甘くなったか。


「狩る?」


 表現を柔らかくしたものの、リリアーナは処分したいと強請る。ドラゴンである彼女にとって、人間も狩りの対象らしい。びたんと尻尾を地面に叩きつけた音で、ようやく騎士は目の前にいるオレが連れた少女に目を向けた。遠くから見た際は気づかなかった尻尾に目を見開き、じりじりと後退る。


 オレに向けられた剣先が、リリアーナに標的を変えた。溜め息をついて、その剣先を無造作につかむ。黒竜のグローブがなくとも、オレの手は常に結界を纏っていた。人間が持つ何の魔力もまとわぬ金属の刃に傷つけられることはない。


「っ! ば、けもの!!」


 叫んだ男は、リリアーナの尻尾に足を叩かれて転がる。摘まんだ剣を砕いてから地面に投げ捨て、あきれ顔で見下ろした。尻尾がある彼女と向き直ったというのに、尻尾で攻撃される愚かさ。剣を掴んだオレの存在を忘れて柄を離す姿は、失望を加速させた。


「無礼、どうする?」


「好きにしろ」


 興味がない人間を構う理由はない。森の巡回を行う騎士が回るコースがあるなら、ここはもうイザヴェルの領域内だった。空から見つけた砦に向かったため、方角に間違いはないだろう。軍事行動の準備を始めたイザヴェルの噂を確かめる散歩だが、砦の装備ぐらいは確認するか。


「ぐぎゃあああ!」


 腰を尻尾で叩き折られた男の悲鳴に、オレは考え事を中断した。この状況で何をやっているのか。まだ宣戦布告も受けていない国の領域内に、バシレイアの王位を持つオレが侵入した形だ。グリュポスの愚行ほどでないにしろ、責められても褒められる状況ではないのに騒ぎを大きくするなど……。


 これはさすがに叱る必要がある。額を押さえて溜め息をつくと、機嫌が急降下したことを察したリリアーナが慌てて駆け寄った。


「くれた、だから」


 食料の狩りならば、リリアーナは一撃で仕留めた。しかし遊ぶ目的の狩りだから、相手をいたぶって追いかけまわす。ドラゴンや吸血種族特有の習性を忘れていたオレが悪い。本能的な行動を叱って抑え込んでも、彼女はまた繰り返すだろう。ならば叱るより別の方法を躾けた方が早い。


「……喉を先に潰せ」


 考えた末に出た言葉がこれだった。泣き叫ぶ声が、この男の同僚に伝わることが問題なのだ。声がなければ、ばらばらに引き裂こうと尻尾で粉砕しようと問題なかった。端的な命令に、リリアーナは泣きそうだった顔を笑顔に変える。


「うん!」


 竜化した足がぐしゃりと音を立てて喉を潰す。だが彼女が思っていた遊びは継続できなかった。喉を潰す際に息の根も止めてしまったのだ。死体となった獲物にがっかりして肩を落とす。つま先で蹴飛ばして、動かないことを確認して唇を尖らせた。


 これは愛玩動物であり、手駒ではないのだ。手元にいる駒の躾不足と深刻な人手不足に眉をひそめるが、拗ねるリリアーナの姿に気づかされた。期待するオレが間違っている。


 音をたてずについて来るよう命じ、騎士が出てきた方角へ歩き出した。15分もしないうちに、森の様子が変わる。整備された森の木々が伐採され、足元の茂みが刈られていた。すぐに目の前にレンガ造りの砦が現れる。


「厄介だな」


 遠距離攻撃できる魔道具が揃っている。オレが知る物とは形状が異なるが、刻まれた魔法陣と魔石の量で機能を推測した。飛距離にもよるが、場合によってはリリアーナやオリヴィエラが撃ち落される可能性がある。


「壊す?」

 

 単純で無邪気な提案に、オレは口元を緩めて首を横に振った。

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