110.行きがけの駄賃も悪くない
自らの攻撃を対消滅させたオレに、不思議そうな顔をした子供はエルフ特有の長い耳をしていた。エルフは男女ともに長い髪を垂らす習性があり、区別がつきづらい。近くで判断するしかあるまい。仕方なく指先で子供を招き寄せた。
魔法と呼ぶほど複雑な術は必要ない。敢えて属性を付けるなら風が近いだろうが、魔力のみで子供を浮遊させた。じたばた暴れるが、魔力で難なく拘束する。
「おれは弱い魔王なんて、従わないからなっ!!」
魔王の手の者か問う前に、勝手に否定された。喚き散らしたエルフは一人称から判断して、男らしい。近くで見ても薄汚れた子供の性別が判断できなかったので、先に騒いでくれて助かった。じっくり観察を始める。
オレの知るエルフは金髪碧眼が多く、抜けるように白い肌が特徴だ。しかしこの子供は色合いが異なった。白い肌は象牙色に近い柔らかさで、銀髪に森色の瞳をしていた。緑の色は反射により濃淡が変わり、今は薄く明るい色が近い。
「エルフか?」
「そんなのと一緒にするなっ!
哀れなほど正直な子供だ。ハイエルフは賢者扱いされる種族だが、その賢さもこの年齢では発揮されないようだ。こちらが尋ねる前に、勝手にべらべらと話す愚かさに溜め息をついた。
「な……なんだよ」
むっとして唇を尖らせる感情の豊かさは、長寿種族に珍しい。一族の中で、さぞ浮いているだろう。集団行動を好むエルフが、このような場に子供を単独で歩かせること自体、持て余される子供の状況を示していた。
「そなた、生きづらいか」
尋ねるというより、確証を滲ませた声色に子供は唇を噛んだ。初対面の奴に見透かされた気がして不満が膨らみ、やがて強がって喚き散らす。見知った魔族の反応を思い出し、口元を緩めて待った。
空中に浮遊したまま、子供は捕らわれた己の状況すら忘れて怒鳴る。
「う、うるせぇ!! 群れなきゃ何も出来ない連中と一緒にするな。強くなって見返してやるんだ」
この気の強さは使える。多少の躾は必要だが、それはドラゴンやグリフォンも同じだった。連れ帰るための交渉を持ち掛ける。こちらが有利になるように言葉や状況を操ることは忘れない。たとえ幼子同然であろうと、賢者の末裔を甘く見て失敗する気はなかった。
強い風が吹く上空で、揺れる黒髪を手で押さえた。我が身の周囲を魔力で囲い、結界の様に操る。あふれだす魔力を抑えずにまき散らせば、怯えた様子で顔をひきつらせた。魔力を感じる能力はさすがハイエルフだ。
古代エルフは派生した亜種のエルフと違い、魔力への耐性や感応力が高い。それゆえに戦う前に強者を見抜き、服従を示すことが多かった。負けん気の強さと幼さが邪魔をしても、この魔力に逆らうほど愚かではあるまい。
「オレに従え」
何も尋ねる必要はない。選択肢もいらなかった。圧倒的な力の差を見せつけて、ただ命じればいい。口元に笑みを浮かべたオレと対照的に、子供は青ざめて冷や汗に肌を湿らせた。がたがた震えながら、紫色になった唇を噛みしめる。
まだ足りぬか。
従わせるために滲ませた魔力を、さらに増やして圧迫する。途端に子供は「ひっ」と息を詰まらせて首を横に振った。距離を取ろうと反射的に後ずさろうとして、空中に囚われた現状を思い出す。全身を大きく震わせ、汗でぐっしょり濡れた子供はようやく頷いた。
魔力による威圧を抑えると、ほっとした様子で慌てて息を吸い込む。ひゅっと喉が音を立て、続いて子供は咳こんだ。苦しそうな様子が収まる頃、なぜか子供の目は今までと違う色を浮かべる。
「あんた、強いんだな。おれはあんたに従う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます