96.懐くも背くも愛らしいものだ

 使えそうな子供を選び、連れ帰ることにした。賠償に応じれば滅ぼす気はなかったが、最終的に彼らの祖国を滅ぼしたのはオレだ。強い意志と生への貪欲な執着を見せた子供は8人ほど。彼らはリシュヤが管轄する離宮の孤児院で育つことになる。


 銀狼や魔狼に褒美となる肉を与え、グリフォンが散らかした街の惨状を眺めた。呼び戻されたリリアーナは、気が済むまで王侯貴族を蹴散らしたため、機嫌がいい。


 最初に拾った子供をじろじろ眺め、臭いを嗅いで確認を終えると興味を失ったらしい。ドラゴンの姿のまま、オレと子供を背に乗せた。突然ドラゴンに顔を突き付けられた子供は半泣きだが、取り乱したりしない。妹を必死に庇いながら、大人しくしていた。


 グリュポスまでの侵攻は人間なら数日かかる行程だが、ドラゴンやグリフォンの飛行能力をもってすれば半日もかからない。かつて召喚の塔があった場所は、リリアーナお気に入りの発着所と化していた。今日も当たり前のように塔の跡地に舞い降りる。


 オレを召喚した魔法陣が刻まれた岩はどろどろに溶け、黒い塊となって足元を固めていた。黒い地を踏みしめたドラゴンが、瞬く間に少女の姿をとる。慣れた様子で収納を開いてワンピースを取り出した。


「もう! 人前で女の子が裸になってはダメよ」


 自由奔放に振舞うくせに、他人の行儀にはうるさいオリヴィエラが大きなシーツでリリアーナを包んだ。正直助かる。男であるオレが口出しするのは憚られる状況だった。迎えに出たアガレスとマルファスは視線をそらし、連れてきた子供達は驚いて声も出ない。


「無事のご帰還と戦勝をお祝い申し上げます。魔王陛下」


 報告がなくとも状況を察したのだろう。戦勝と言ってのけたアガレスへ頷いた。


「マルファス、リシュヤに子供を預けろ」


「はっ、はい」


 垢や泥で汚れた子供達を引き連れ、マルファスが離宮へ向かう。普段から持ち歩いていたのか、懐から飴を取り出して子供に与えた。子供の扱いも戸惑う様子がないことから、任せても問題ないと判断してきびすを返す。


 着替え終えたリリアーナが駆け寄り、服の裾を摘まんで歩く。その数歩後ろに従うオリヴィエラは苦笑いして、シーツを収納した。手招きして手を握ってやれば、嬉しそうに頬を緩ませるリリアーナ。以前はこけていた頬は、だいぶふっくらした。


 まめに手入れをしている金髪も艶を増し、女性らしいまろやかな雰囲気も出ている。クリスティーヌに対して姉のように接するなど、精神的にも安定し始めた。部下の体調管理は上司の役目だ。ここ最近の変化は好ましいものだった。


 謁見の間を横目に執務室へ向かう。外部の者と接するならば必要な部屋だが、部下と話をするには広くて使いづらい。執務室に入ると、戦に出る前片づけた書類が新たに積まれていた。


 ひとまず椅子に腰かけ、手元の書類を数枚めくる。


「そちらの書類は急ぎではございません。先に報告をよろしいでしょうか?」


「構わぬ」


 アガレスの言葉で、めくった書類を戻した。腕を組んで聞く態勢をとると、リリアーナはぺたんと足元の絨毯に座る。ワンピースのスカートが広がり、その真ん中で見上げてくる金瞳は迷いがなかった。当たり前のように近い位置を陣取った彼女に対し、オリヴィエラは少し離れたソファの肘置きに腰掛ける。


 すぐ動けるが、手が届かない位置を選んだ彼女の用心深さは、野生の獣のようだ。まだ手懐ける時間がかかりそうだった。すぐに懐くドラゴンも可愛いが、従うか迷いながら距離を詰めるグリフォンも愛らしい。ペットを飼う醍醐味を語ったククル達の言葉を思い出し、椅子に深く身を沈めた。

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