95.滅びる国からの戦果

 強い視線を感じた。すべてを拒絶する鋭い眼差しは、空の上にいたオレの意識をかすめる。人間風情が珍しいことだと興味を持った。魔力と同じで強い感情も力を持つ。引き留めるオリヴィエラを無視して、誘われるように地上に降りた。


 暴れるリリアーナは機嫌よく城を破壊しているらしく、建物が崩れる音や巨大な岩が転がる音が止まらない。時折人の声らしき何かが聞こえるが、ガラスや壁を壊す音に紛れてしまった。我慢させた分だけ、発散しているのだ。


 こういう部分が幼すぎるが、教育は主人であるオレの役目だから今後の課題で構わない。他国への見せしめを兼ねているため、グリュポス国の王城は完膚なきまでに破壊する必要があった。


 足元に蹲る子供を確認し、後ろの外壁を見上げる。あの壁に多くの人間が隠れており、戦える武器を持った兵士もいた。だが、狼に襲われる子供を助ける者はいないらしい。


「ひっ、いやだ。僕は何も悪いことしないのにっ! マヤも……悪くないのにっ!!」


 銀狼が見つけた獲物は、ひどく哀れな姿をしている。居場所を知らせるように唸る狼の毛皮を撫でてやり、怯える子供を眺めた。髪の長い幼子を抱いて守ろうとする子供は、強い眼差しで叫んだ。その声に宿る現状への怒りと不条理に対する憤りが、どこまでも心地よい響きを宿す。


 この子供は魔力の潜在量がかなり多いのだろう。人間の中でという注釈はつくが、それでも魔狼クラスの魔力を体内に保有している。命の危機に際し、その魔力をすべて放出した子供は放置すれば死ぬ。体力を使い果たし、最後に命の源である魔力を絞り出した。


 生命を維持する全能力を使い果たし、それでも助けは乞わず、心が折れない。


 撫でる狼の声は徐々に小さくなり、やがて甘える響きに変わった。変化に気づいた子供が顔をあげる。どこまでも哀れな姿だ。いつから手入れをしていないのか。親は何をしていた? 周囲の大人は誰も助けないのか。


 垢がこびりついた肌は黒く強張り、元の色がわからないほど汚れた髪は固まっていた。骨と皮だけの手足も、頬がこけて目だけがぎょろぎょろと動く姿も――ゴブリンより酷い。かろうじて服らしき布を纏うが、外に捨てさせた兵士の死骸の方がよほどマシな恰好だった。


「助かり、たい!」


 みすぼらしい子供の願いに、なぜか興味がわいた。妹か姉か、やせ細りすぎて年齢すら不詳の2人を拾うと決め、手を伸ばす。触れた子供は冷たく、痩せた手足は痛々しい。


「サタン様」


「なんだ?」


 拾ったことに文句でもいうのかと思えば、オリヴィエラは膝をついて臣下の礼をとった。顔を上げて視線を合わせながら、進言する。


「このままでは……グリュポス城が跡形もなくなりますわ」


「ならば止めるか」


 掴んだ子供を魔力で支えて引き寄せる。驚いた子供は身をすくめた。子供の順応力は高いため、さほど気にせずふわりと浮く。転移で移動しても良いが、子供の今の状態では身体への負荷が大きすぎた。


「ま、魔族めっ!」


「死ねっ!!」


 射かけられた矢は、結界に触れる前にオリヴィエラが防いだ。豊満な肉体は瞬きの間にグリフォンの形態を取り、その硬い毛に覆われた翼を羽ばたけば矢は地面に叩きつけられる。


 ぐぁあああ! 咆哮を上げたグリフォンに「片付けよ」と許可を与えた。鷲の目が見開かれ、獲物と定めた外壁の人間へ風の刃を叩きつける。硬い外壁の石が切り裂かれ、中の人間ごと処分していく。がらがらと崩れる壁から、人間が零れ落ちた。


 悲鳴をあげた男が頭から落ちて赤いシミとなる。続いて女も、ふくよかな男も、次々と外壁に赤いシミを残して肉片となった。


「……僕、いいのかな」


 生き残っていいのか。不安に駆られた子供の声に、オレは何も答えなかった。

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