86.やはり手足を揃えるとこからか

 子供達の食事作りに手をだし、料理人に新しい調理方法を提示する。この世界では蒸し料理はないと知り、肉が柔らかくなり食べやすくなると教えて調理場を離れた。


 手取り足取り教えるのは簡単だが、彼らも一応料理人としてのプライドがあるだろう。傷つけてしまえば、今後の関係性が壊れてしまう。


 孤児の料理の問題が片付き、なぜか子供達に囲まれるハプニングを切り抜け、執務室に戻ってきた。書類が積まれた机の脇で、リリアーナとクリスティーヌが遊んでいる。


「これ、面白い」


 クリスティーヌが示したのは、文字を覚える為の絵札だった。文字の勉強用に導入する見本が届いており、見つけた彼女らは遊び感覚で眺めていた。この状況を見れば、幼子や大人でも使える勉強具として利用できそうだ。


「使いづらい札があれば、教えろ」


「「わかった」」


 口を揃えた少女達は、再び絵札に夢中になる。本人達は自覚がないが、十分役に立っていた。すでに文字が読める者が眺めて理解できても、そうでない者にとって最適な教材か判断する材料にはならない。文字を習い始めたばかりの彼女らが楽しいなら、それは他の子供にとっても同じだろう。


 手元の書類を確認しながら、数字を確かめて承認の署名を行う。この世界では押印が重要視されているが、あんなものはいくらでも偽造できた。そのためバシレイア国は、他国への書類を除き押印を禁止したのだ。


 数枚処理を終えたところに、ノックの音が響いた。入れと命じて顔を上げると、グリュポスの使者を見送りに出た宰相アガレスが一礼する。


 思ったより遅い戻りに首をかしげるが、まさか馬で地上を移動したのを知る由もない。報告を読み上げたアガレスの声を聞き、最後に彼が口にした指摘に頷いた。


「あの反応では、グリュポス国は近日中に動きます。どう対応なさいますか?」


「決まっている。逆らう者を庇護する気はない」


 魔王としての庇護対象は、オレの治世を支持して自ら保護を望む者だ。足元で騒動を起こすなら処分する。当たり前の決断に、アガレスは意味ありげに微笑んだ。


「承知いたしました。私の方で対応させていただき、グリュポス国の処理方針が決まったところで、再びご相談させていただきます」


 有能な部下の言葉に「任せる」と了承を伝えた。


「マルファスは使えるか?」


 部下を増やした以上、その管理は上司の仕事だ。城門前で拾った片言に文字が読める男は、現在アガレスが連れ歩いていた。彼に聞くのが早い。


「彼は逸材です。このまま育てれば、私の補佐として十分使えます」


 この答えに満足する。先ほどの質問は、アガレス自身の見極めも含めていた。「魔王陛下の選んだ人だから」などのお世辞を含む言葉を吐くようなら、今後の対応を考えなくてはならない。その点、アガレスは合格だった。


「わかった」


 話の終わりを告げれば、余計な話や詮索をせずに礼儀正しく部屋を辞した。書類を整理しながら、今後の手順を片手間に考えていく。


 今回のアガレスの件で方針はある程度決まった。まずは手足をそろえる――最優先事項に定め、署名した書類を積み上げた。

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