78.くだらない茶番に仕掛けられた罠

 隣国グリュポスからバシレイア国に入るルートは3つある。森を越えて荒野を経る道、危険な森を遠回りする街道、川を遡る水路だ。軍派遣には、森を越えるルートが使われた。最短距離を移動するため、時間短縮の効果は高い。代わりに多少の魔物と戦闘があっただろう。大軍を動かすなら有効な選択肢だ。


 安全性を考慮し、王弟ライオネスの移動に水路が使われた。アガレスによれば、水の量が豊富で流れが緩やか時期であるため、遡る船に使う魔力は少なくて済む。それでも人間の魔力は微量で、船を動かすための動力は1人では足りない。


 複数の魔術師を連れてきたはずだ。漏れ出る魔力を利用して探った城内には、魔術師特有の練った魔力が感じ取れた。その位置を確認しながら、不審な魔力の高まりを見せる個体を選んで転移させる。


 突然視界が回って別の場所に放り出された魔術師は、受け身を取れずに赤い絨毯の上に転がった。老齢の男性は、驚愕に言葉が出ない。長いローブを羽織り、杖を右手に握りしめていた。


「オレの城に『火を放とう』とするなど、愚かにもほどがある」


 彼らが連れてきた魔術師は5人、その中に1人だけ魔力を消耗していない者がいた。人間同士なら気づかず見過ごす状況であっても、オレが気づかないはずはない。この男が使おうとした魔術を、わざと言葉にした。何かしらの目論見があって、火事による騒動の間に達成する予定だったのだろう。


「アガレス。後は任せた」


 絶句したライオネスと魔術師を一瞥し、オレは立ち上がった。慌ててリリアーナが後ろに続き、クリスティーヌと手を繋ぐ。ロゼマリアとオリヴィエラが頭を下げて見送る。


 謁見の大広間から魔王とドラゴンが出たことで、一瞬静けさが場を支配した。


「ライオネス王弟殿下、火を放つ計画についてご説明ください」


 沈黙を破ったのはアガレスだった。モノクルを取り出して装着し、メモを取りながら応対する姿は失礼にあたる。王族に対する態度ではなかった。しかし不敬罪を咎める立場の男は、何も言えない。


 慌てて身を起こした魔術師を睨みつけ、振り上げた拳で殴った。痛みに悲鳴を上げて転がる男を踏みつけにし、八つ当たりを始める。


 他国の謁見の間を何だと思っておられるのか……王族とは傲慢な存在よ、とアガレスは侮蔑の眼差しで待った。魔術師は文官と同じで身体を鍛えていない者が多い。受け身も取れず、防御できない老齢の男はすぐに血だらけになった。


 呻く男の声は、大広間によく響く。


「ねえ、くだらない茶番はいらないわ。この城に火を放つ計画を話しなさい」


 玉座の脇に立つ美女は、赤い紅を引いた唇で弧を描いた。その強気な態度に、ライオネスは舌打ちして言い返す。それが罠とも知らずに……。


「愛妾の言葉など聞くか! 下がれ」


 次の瞬間、ライオネスは床に叩きつけられていた。

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