79.王が居ないのは理由がある

 謁見の大広間を出ると、庭の一部が崩れていた。


「リリアーナ。静かに下りろ」


 庭が台無しだとぼやけば、申し訳なさそうに俯いた。言い訳しない態度は好ましい。己の実力不足を棚に上げて言い訳する輩が多いが、そういった者は成長しないのだ。彼女の実力はまだ低いが、単に教え導く者がいなかっただけだろう。


 きちんと言い聞かせ、説明されれば理解する。物覚えは悪くない上、意欲があるので教える側にとって好ましい人材だった。


「飛び方も、おり方も、勉強する」


「私も」


 クリスティーヌと頷きあう少女達に頷き、さっさと中庭へ向かう。周囲を建物に囲まれた庭は、現在建築資材置き場になっていた。


「あ、魔王陛下だ」


「おう、この石見ろ。逸品だぞ、ドラゴンでも簡単に壊せない」


 自慢気にツルハシを背負って資材を指さすドワーフは、尻尾を揺らすリリアーナににやりと笑った。むっとした顔のリリアーナが尻尾で床を叩く。


「丈夫に品よく頼む。お前たちのセンスに期待しているぞ」


 ドワーフの扱いは簡単だ。金は出して口は出さない。ある程度彼らの好きにさせ、どうしても譲れないところだけ指示すればよかった。自尊心をくすぐり、彼らが誇る仕事を邪魔しない。


「任しとけ! 後世に伝わる仕事を見せてやんぜ」


 気合を入れて仕事に戻るドワーフの横を抜け、離宮へ足を向ける。飛び出したリシュヤに不足した物がないか確認し、衣服の手配を行った。城の貴金属を大量に処分したため、現在は多少予算に余裕が出ている。


 城からの発注があれば、街の経済も回るだろう。大切に守る穢れなき子供達について語るリシュヤは、目を輝かせて礼を口にした。


「ここは天国ですよ。本当にここに来てよかった」


「何かあれば、アガレスかロゼマリアに言え」


 離宮に大量の狩りの獲物を積み上げ、ついでに収納から手紙を取り出す。指輪が収納空間に入ると反応すると仮定したが、完全に確定した事実となった。手に触れた手紙は2通。どちらも同じような内容だった。


 返事を出す方法を考えながら、後宮の方へ戻る。残った狩りの獲物を、民に分配する役職の兵士に渡さねばならぬのが面倒だが……手を繋いでついてくる少女達に持たせるのは間違っているだろう。怪力のドラゴン種と血抜きに長けた吸血種だが、人間は見た目で判断する。魔族らしい振る舞いは控えさせることにした。


 昔、アースティルティトやククルと起こした騒動を思い出し、口元が緩む。人間の常識を知らぬまま視察に出向いて正体がばれた時は、仕方なく国を亡ぼして黙らせたのだったか。あの頃は多少やんちゃが過ぎた。今ならばもっと上手に手に入れて見せるものを。


 思い浮かべた彼女らの姿に、良い方法を思いついた。アースティルティトに強請られ、褒美として首飾りを与えたことがある。周囲の口さがない者は「首輪を貰うなど魔族の恥さらし」と罵ったが、彼女は誇らしげに毎日着用した。その後オレが魔王の座についたことで、その首飾りは意味を変えた。


 首輪から、魔王のお気に入りである側近の証と称されるようになったのだ。毎日つける彼女だが、寝る時と風呂に入るときは外すと聞いた。あの用心深い性格からして、外した首飾りは亜空間にしまう筈だ。彼女の肌に触れて魔力を注がれ続ける首飾りを特定し、そこを転送の終点に指定したら――?


 返事がアースティルティトに届くかもしれない。終点の指定方法は、送られてきた手紙に残る痕跡を解析すればいい。僅かな希望を見つけ、オレは歩調を速めた。慌てて走りながら付いてくる少女達の存在をすっかり忘れて……。


「サタン、様。はやぃ……」


「足、無理」


 サンダルやヒールを着用した彼女らが根を上げ、手に靴を持って追いかける姿に気づいて速度を緩めた。謁見の間がある本宮の方角が大きく揺れた。激しい音が大地を震わせ、大気を怯えさせる。


「始めたか」


 残してきた者達の起こした騒動に、笑みを浮かべたオレは呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る