60.醜い争いをするな。どちらも悪い

「戻ったか」


 リリアーナの魔力を感じて庭に出れば、芝生の上に巨大なドラゴンが降り立った。成体とほぼ変わらない大きさだが、まだ羽や爪は未熟さが残る黒竜が左足で白馬を掴んでいる。これが今回の騒動のユニコーンらしい。


「ご苦労」


「サタン様、私頑張った!」


 はしゃぐリリアーナが人化する。だいぶスムーズに変化するようになったが、やはり後ろの尻尾は残されていた。いずれ隠せるようになるが、今はまだ無理なようだ。絡まった金髪を手で梳いてやれば、気持ちよさそうに目を細める。縦に瞳孔が開いたドラゴンの仕草に、猫が重なった。仕草や甘え方までそっくりだ。


「汚い色の馬、捕まえた」


 気づけばクリスティーヌがいない。立ち上がって逃げようとする一角獣を、リリアーナの尻尾が叩いた。見た目は軽い一撃だが、叩かれた馬の被害は大きい。横殴りに胴を叩かれた馬は吹き飛び、近くのベンチに落ちてぐったりと動かなくなった。


「リリアーナ、一緒に連れて行ったクリスティーヌはどうした」


「リスティは落ちた」


 リリアーナなりに分かりやすく説明したようだが、オレは意味が繋がらない。連れて行ったときは掴んだが、帰りは背に乗せたという意味か? だがこの気位の高い黒竜が、背に主人以外を乗せるだろうかと首をひねる。


「リスティとは、クリスティーヌの呼び名か?」


「うん」


 得意げに頷く彼女に悪びれた様子はない。クリスティーヌを落としてきたなら、拾いに行かせる必要があるかも知れない。


「拾って来い」


「リスティ、飛べるもん」


 目を細めて遠くを見るリリアーナが、空に浮かぶ黒い点を指さした。


「あれ、リスティ!」


 確かに大きな吸血蝙蝠が飛んでいる。本来昼間に飛び回る種族ではないが、魔力から判断すればクリスティーヌ本人らしい。周囲を舞う眷獣のジンはもっと小柄だった。


 ひらひらと飛んできた蝙蝠が芝の上に下りる。瞬きの間に元の姿に戻った。頬を赤く染めたクリスティーヌは「疲れた」と荒い呼吸を整える。


「おいてった!」


「違う、リスティ、落ちた」


「う~ん?」


 言われた内容を反芻し、確かに飛び立つときは連れて行ってもらった事実を思い出す。暴れる馬を掴み直した時、リリアーナは一度馬を離した。落下中の馬を急降下で掴み直し、再び上昇したのだが……その時に落ちたのだ。


「落とされた?」


「落ちた」


 しっかりしがみ付いていなかったクリスティーヌが悪いと言うリリアーナに、譲る気はなさそうだ。不毛な言い争いを終わらせるべく、2人の乱れた髪を梳かす櫛を渡して言い聞かせた。


「醜い争いをするな。どちらも悪い。オレの隣に立つなら、髪を整えろ」


 クリスティーヌの手に、ひとつしかない櫛を握らせる。そのまま放置すれば、クリスティーヌは不器用ながら髪を梳かそうとして、無理やり髪を引っ張った。痛いと泣く彼女を見かねて、リリアーナが爪で丁寧に髪を梳かす。2人がかりで互いの髪を直している姿を確認してから、踵を返してユニコーンに向かった。


 まだ気を失っているユニコーンが、この世界の魔王の命令で入り込んだのは間違いない。彼には尋問すべき内容が大量にあった。


『拷問と尋問はやり方が異なります。私の得意分野です』


 そう言って引き受けてくれるアースティルティトは今、オレの傍らにいない。久しぶりに自分の手で尋ねるしかなさそうだ。眉をひそめて、魔力でユニコーンを縛った。そのまま魔力で彼を覆って、人化を促す。大量の魔力に強制される形で、中性的な外見の青年が現れた。


 少年と表現しても構わないが、推定の実年齢を考えると青年という表現が似合うだろう。侍女服は馬に戻った時に破けたため、素っ裸で庭に転がる。これを移動させる手段を考え、面倒になったので毛布を掛けて転移させた。


 最近睡眠をとるために使用する部屋の両隣は、目の前で仲良く髪を梳かし合う2人が陣取った。同衾を避ける条件のひとつなので、これは折れるしかあるまい。いくら愛玩動物でも雌は雌だ。いずれ嫁に行くとき、差し障りが出たら困ると考えた。そのため空いているのはさらに隣の部屋だ。


 地下牢も思い浮かんだが、まだ洗浄や浄化をしていないので血塗れのままだった。現場検証も途中なので、しばらく封鎖するしかない。彼女らを残し、移動させたユニコーンを追う形でオレも飛んだ。

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