59.女装趣味の一角獣を捕獲

 妹分のクリスティーヌが指さす先に、確かに歩く女性らしき人がいた。ぱっと見は女性なのだが、歩き方に違和感を覚える。動物的な観察眼が鋭いリリアーナは「あ、男だ」と言いながら目の前に着地した。


 敵と距離を置かずに舞い降りたのは、相手を格下と判断したためだ。侍女のお仕着せ姿だが、中身は男だし……そもそも一角獣なら成獣でもドラゴンに敵わない。圧倒的な力の差があるので、リリアーナに危機感はなかった。


「……っ、追っ手か!」


「うん、そう」


 本能で生きるドラゴンの娘にとって、駆け引きなどという面倒くさい手法は必要ない。真正面から相手を突き破るのが彼女の流儀であり、常にそれで何とかしてきた。失敗したのはサタンとの邂逅くらいだ。それも負けて正妻に収まったと考えるリリアーナにとって、失敗に含まれなかった。


「なんで、女の服、着る?」


「……潜入と、趣味だ」


 まさかの回答に、クリスティーヌが目を見開く。性的な面や大人の会話に関しては、リリアーナより経験値が高い吸血鬼だった。ぽっと顔を隠して「趣味」と呟く姿は、意味をしっかり理解している。女装趣味のユニコーンは、人型を纏うことをやめて元の姿に変化した。


 ユニコーンは15~6歳前後の人型をとる。それは実際の年齢に関係なく、不文律として存在する事実だった。そして例外なく中性的な容姿が特徴であり、女装も良く似合う。自らの趣味を兼ねて侍女の恰好で潜入したのは、それが一番簡単な潜入方法だったから。


 丁度人手不足で侍女と文官が募集されていた。少年と呼んで差し支えない外見年齢で入り込むなら、文官候補より侍女の方が確実だ。さらに侍女ならば掃除やお使いで城内を自由に歩ける利点もあった。


 異世界の魔王とやらを探すユニコーンだが、本能が命じるままに『処女』である子供達のいる離宮へ足を向けた。特殊性癖がある種族を潜入者に選んだ魔王側の失態だ。


 男女関係なく性的交渉経験がない子供達を見つけ、興奮して近づいた彼の前に突然強盗が現れる。気づけば状況に流されて、慌てて脱出するしかなく……命じられた役目を果たせない情けなさに俯いて歩いていたのだ。


 元の姿に戻った白馬は、前脚2本の先にソックスと呼ばれる茶色い毛を纏っていた。よく見ると鬣にも少し薄い茶色が混じっている。純血のユニコーンは純白と決まっているため、他種族との混血の可能性があった。しかし彼女らがそんな複雑な事情を知っているはずはなく……子供らしい残酷さで声をあげる。


「色、汚い」


「茶色……変なの」


「うるさいっ!!」


 指摘されたくない部分をぐさりと抉られ、ユニコーンはいなないた。威嚇するように鼻息荒く、前脚でがっと地をかく。迫力ある攻撃の姿勢を不思議そうに見つめたリリアーナは、ぽんと手を打った。掴んでいたクリスティーヌの手を離すと、一瞬でドラゴン姿に戻る。


 魔王の側近として有名な黒竜によく似た巨体で、大型の馬であるユニコーンをあっさり掴んだ。


「持ち帰る、サタン様、褒めてくれる」


 ぐるぐる唸りながら声を絞り出し、残されたクリスティーヌに目をやる。どうすると尋ねるように首を傾げれば、慌てた様子で空いた足にしがみ付かれた。このまま運んでいいらしい。じたばた暴れるユニコーンを左足で掴み、右足にクリスティーヌが抱き着いた状態で黒いドラゴンは空を舞った。

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