33.不要ならば、さっさと片づけようか

 孤児が集められた教会は街外れにある。大急ぎで走るロゼマリアを、侍女が慌てて追いかけた。城門から飛び出していく彼女らを見て、門を守る衛兵が目を剥く。まさか夜の時間帯に王族が護衛なしで外出するとは思わなかった。


 いや、護衛なしはさすがに危険だ。


「おれが追う」


「わかった。すぐに応援を手配する」


 門番2人は役割分担すると、片方が後を追って走り出した。もう1人が振り返って城に応援を呼びに行く。空になった門を通り抜けながら眉をひそめた。


「門番はどこへ行った?」


 まあ、盗まれるようなものは売り払ったので問題ないと歩き出す。リリアーナはワンピースを揺らしながら腕を組んできた。振り払う理由がないので好きにさせる。これは雌の特性で、下手に拒絶すると騒ぎが大きくなると認識していた。以前の部下のお陰で、こちらでは雌相手に致命的なミスを犯さずに済んでいる。


 足早に進む先で、夜空をつんざく悲鳴が聞こえた。


「今の、ロゼマリア。あっち」


 瞬時に方角や距離を測ったリリアーナが、左側の大通りの先を指さす。先に走らせた方が到着が早いだろう。


「リリアーナ、ロゼマリアを守れ。出来るか?」


「うん!」


 大きく尻尾を振ったリリアーナの背に、ぶわっと翼が出現した。ワンピースの背を破いたが、彼女は気づかない。そのまま身長ほどもある大きな翼を揺らし、一気に加速した。地上に浮いた尻尾で器用に方向を変えながら、少し先の路地を曲がる。


「いたっ!」


 リリアーナの声が響き、続いてどかんと大きな破壊音が街を揺らす。人間の魔力は小さすぎて追えないが、魔族の魔力は特定可能だ。先に向かったリリアーナの魔力を到着地点に指定し、短距離の転移を行った。


「……ゴミくずが」


 目に映った光景に、嫌悪感が浮かぶ。吐き捨てた言葉に滲んだ魔力が黒い霧となって、地に沈んで広がった。目視できるほど強い魔力を浴び、数人が泡を吹いて卒倒する。レンガ造りの道を血溜まりが赤黒く染め、上から黒い霧が覆い隠した。


 行き止まりになった路地に追い込まれたロゼマリアの服は、乱暴に破られている。涙を流す彼女の白い肌を侍女が身を挺して隠していた。老女である侍女の腕は血を流している。


 何をしようとしたのか、一目瞭然だった。若い女が1人で夜の街を走る。確かによい獲物だっただろうが、穢そうと手を伸ばして悲鳴を上げられ、追いついた侍女は身を挺して姫を守った。そこへ追いついた兵士が戦い、多勢に無勢で刺されたのだ。


 少し手前の路上で短剣を突き刺されて倒れた兵士が1人。血塗れの胸や口元は言うに及ばず、大量の血溜まりの原因は彼の切り落とされた右腕からだろう。背中にも胸にも切り傷があるのは、大勢に囲まれて複数と戦った証拠だった。


 逃げずに戦おうと剣を抜いた男に、魔法陣をひとつ飛ばす。隔離する魔法陣の中で、切り落とされた腕が再生し、傷口が塞がった。奇跡のような光景に、ロゼマリアは言葉を失う。


「お前の勇気に応じた労いだ。受け取るがいい」


 瀕死だった男が涙を拭いながらひれ伏した。残る傷もじわじわと消えていく。


「サタン様、私、守った」


 尻尾でびたんと床を叩くリリアーナは、得意げに倒した男を指さす。尻尾で3人を叩きのめし、うち2人は泡を吹き気絶している。全部で5人いた犯人を睥睨へいげいした。戦いの中で気絶するなど、あっという間に命を奪われる。なんとも頭の目出度い奴らだと口元を歪めて笑みを作った。


「我が所有物に手を出したのだ。丁寧に処分してやる……言い訳の時間は必要か?」


 人間ならば祈り、懺悔する時間を望むことが多い。もっともこの薄汚い破落戸ごろつきに祈りなど理解できないかもしれないが……多くの同族をあやめてきたのだろう。怨嗟に似た恨みの感情が男を覆い、黒く染めていた。


 一度は落としかけた短剣を構え直すと、男は虚勢を張って引きつった笑いを漏らす。よくみれば短剣の柄に鎖がついている。投げたり刺した後も回収して使うため、工夫した結果だろう。その労力や知恵を、まともな方向へ生かせばよかったものを……。


 くつりと喉の奥を揺らして笑い、一歩進んだ。手に武器はない。愛用の槍も、部下に献上された弓矢も、かつて勇者から奪った剣も必要なかった。


「不要ならば、さっさと片づけようか」


 この類の輩は更生しない。街が豊かになり、仕事があっても他人から奪うのだ。働いた人間の対価を横から奪い、時に命すら残さない。生かしても使える者なら残すが、オレの作る国にゴミは不要だった。

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