32.軽々しく懇願するでない
荘厳な雰囲気を漂わせる広間で、玉座に腰掛けた魔王は眉をひそめた。勇者を召喚する魔法陣を扱えるのは人間のみ、異世界から召喚される勇者は異能の持ち主が多い。過去には勇者に倒された魔王もいるが、自分が同じ轍を踏む気はなかった。
隣の側近を見上げれば、心得たように頷く。彼に任せておけば殺される心配はない。安堵の息を吐きながら、魔王は玉座の背もたれに身を預けた。
黒竜の長である男が送った刺客は、召喚されたばかりの勇者を屠るだろう。勇者が魔王と拮抗する力を得るために、多くの魔物を殺して魔力を奪う必要がある。勇者が力を蓄える前、召喚された直後を狙えば敵は手も足も出ないはずだった。
最高のタイミングで、それでも相手を過小評価することなく、ドラゴンを送り込む。完璧な作戦だった。いざというときの監視役に、グリフォンも付ける。文句のつけようがない布陣であっても、保険にガルーダを放つ側近の恐ろしさを感じた。
完璧なはず――しかし、ドラゴンもグリフォンも……もちろん口止め役のガルーダすら戻らなかった。
倉庫に運び込まれる麦や米を前に、オレは次の作戦に着手した。前世界でも行った施策だが、国土の正確な測量と公平な分配だ。測量自体はオリヴィエラに任せた。彼女が空中から読み取った図面を、実際の地図と照らし合わせる作業だ。細かな作業が苦手なリリアーナ向きではなかった。
代わりに、リリアーナは食料の運搬係に任ずる。役目を与えられたのが嬉しいと尻尾を振りながら飛んで行った彼女は、わずかな時間で大量の食糧を海や国境から運び込んだ。倉庫に運ばれる食料のほとんどは、リリアーナが近隣国から徴収した今回の取引の対価だ。
「よくやった、2人とも休め」
命じなければいくらでも働こうとするため、彼女らを強制的に休ませる。その間に、アガレスと土地の分配について話し合った。使えそうな人材に心当たりがあるというアガレスに、人事権を一時的に預ける。すべてを自分で管理しようとせず他人を上手に使うのも、良い君主の素質だ。
「……ふむ」
足元の掃除は大まかなめどが立った。残る重要課題は、この世界の魔王への対策、何やら画策しそうな近隣国へのけん制だろうか。
「サタン様、お願いがございます」
淑女らしからぬ騒がしさで駆け込んだロゼマリアが、伏して願い出る。いつもながら己の評価が低い娘だ。オレの所有物となった以上、今後の働きにもよるが重要なポストを任せる可能性もある。多少なり自信を持たせる必要があった。
「軽々しく懇願するでない。して、何用だ」
聞いてやると態度で示せば、一礼して立ち上がった彼女は乱れた髪をそのままに口を開いた。
「孤児たちを保護する許可をください。私と侍女たちが面倒を見ますので……ご迷惑はおかけしません」
必死に告げられた内容に眉をひそめた。孤児だと? 親が子を捨てると言うのか。そこでリリアーナも同じような発言をした事実が過った。
血と家名、種族を存続させる存在として『子供』は大切に保護される。この世界の考え方や常識が多少違ったとしても、子に引き継がせない名誉や財産に価値はない。にもかかわらず、子を捨てて育てない親がいるというのか!
「……子を、捨てたと?」
「育てられなければ、子を減らす者も出ます。親が死んだ場合もございます。どうかお慈悲を」
床に崩れるようにして願うロゼマリアの金髪が、ドレスの上に散らばった。伏せて顔の見えないロゼマリアに溜め息をついた。そのたびに言い聞かせねば、何か発言するたびに床に身を投げ出す女らしい。これも親が子に誇りを継がせなかった結果だろう。
「孤児であってもオレの民であれば、庇護対象に値する。連れてまいれ」
後ろに控えていた侍女たちが大慌てで駆け出す。礼を言ったロゼマリアも駆け足で出て行った。窓の外はすでに暗い。
「手間のかかる女よ」
治安の悪い街で、夜に女たちが出歩くのは危険だと呆れ顔で後を追った。
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