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強烈な左向きのヨーに見舞われた榊二尉のF-15Jは、しかし、左にロールすることでかろうじてフラットスピンを免れる。彼は後ろを振り返る。
無傷だった「ナメラ」のツノが、半分の長さになっていた。その上半分は、彼の機体の左主翼に切り落とされたのだ。しかし、その反動でその左主翼も大部分が失われていた。左にロールしたのは、その分の揚力が失われたためだった。
「よっしゃ!」
榊二尉は拳を握りしめる。驚いたことに、このような状態にもかかわらず、F-15Jはなんとか操縦が可能だった。実際、1983年にイスラエル空軍のF-15Dが空中衝突事故を起こしたが、右主翼を失ったままで基地に帰投した、という逸話がある。
しかし。
「あ、あれ……?」
榊二尉の視界がどんどん暗くなっていく。大きなプラスGがかかっているわけでもないので、ブラックアウトではない。
"しまった……網膜剥離だ!"
どうやら衝突のショックで、二尉は網膜剥離を起こしてしまったようだった。さすがに彼もこの状況では操縦をあきらめるしかない。
「ロギー11、イジェクト! イジェクト! イジェクト!」
無線にそう叫び、榊二尉は両太ももの間にあるイジェクションハンドルを、全身の力で引き上げる。
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神保三尉と榊二尉の救出が終了してから、雪辱に燃える第3飛行隊のF-2が大挙して襲い掛かり、大量の岩塩を浴びせかけられた「ナメラ」は、体内の水分を急速に失っていった。飽和状態に近い塩分を含んだ水が大山川に注ぎ込まれ、危うく下流の堤防が決壊するかと思われたが、それはギリギリで免れた。
そして、一か月後。
「ナメラ」の死骸は未だに大山村の市街地近くに残っており、それをどう処理するかについては未だに結論が出ていなかった。大山村付近の環境と生態系は塩害によって完全に破壊されており、村で農林業を営んでいた村人たちの処遇についても議論となっていた。
そしてその日、榊二尉は小松基地の正面玄関にいた。
結局、彼は空自を除隊することになった。かろうじて失明は免れたものの、これ以上戦闘機に乗っていれば、いずれ失明することになるだろう、というのが医師の診断だった。戦闘機に乗れなければ、空自にいてもしょうがない。彼は地上勤務には全く興味がなかった。
だが、自衛隊の中では、彼は英雄的な存在となっていた。退職金も報奨を含めて多額となり、しばらくは働かなくても十分食べていけるほどだった。
衛兵に敬礼し、門をくぐった彼はサングラス越しに空を見上げる。
梅雨時にしては珍しく、真っ青な空が広がっていた。しかし、もうあの空を自分の手で飛ぶことはできないのだ、と思うと、彼は少し寂しくなった。
自衛隊員の任を解かれた今、自分は何をしたらいいんだろうか。
ま、ゆっくり考えることにしよう。時間はたっぷりあるんだ。
ボストンバッグを肩掛けにして、榊 遼(元)二尉は第二の人生の一歩を踏み出す。
「ナメラ」を倒せ! Phantom Cat @pxl12160
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