待ってたよ

小高まあな

待ってたよ

 高校の時、友達とふざけて行った占いの館で、黒い爪をした占い師に言われた。

「あなたは高いところに住まないほうがいい。引きずられるから」

 引きずられるとは何なのか、高いところとはどれぐらいなのか。訊いても教えてくれなかった。

 意味がわからなかったけれども、嫌に胸に残って、一人暮らしをはじめるときに選んだのは一階の部屋だった。

 それ以降、引っ越しを何度かしてきたが、すべて二階までにしていた。二階をアリにしていたのは、実家が二階建てだったから。実家では何もなかったから、平気だと思ったのだ。

 そして今回の引っ越しでも、同じように選ぶつもりだった。だが、

「やっぱり可愛いですね、この部屋」

 私の心を奪ったのは、504号室。つまり五階の部屋だったのだ。

 チラシでみて心惹かれた内装。それは一部屋一部屋違うモチーフで内装を整えた、リノベーションマンションだった。つまり、五階のこの部屋でないと、この可愛い部屋にはならない。

 他の部屋も見せてもらったが、この薄紫色の壁をした、504号室ほど私の心をとらえる部屋は他になかった。

「下の階がお好きなんでしたっけ?」

「そうなんですけど……いや、でも可愛いなー」

「五階ぐらいでしたら、ちょっと頑張れば階段でもいけますしね」

「ですよねー」

 とかなんとか不動産屋と話して、結局504号室を契約した。

 かれこれ二十年近く前の占いに、いつまでもとらわれることないか、と思ったのだ。

 入居して、最初はよかった。インテリアに凝ったりして、楽しく暮らしていた。

 だけどいつの頃からか、人の声がするようになった。すごくうるさい訳でもないけど、一度気になるととても気になってしまう、囁き声。

 多分、隣の部屋とかの声だろう。そう思って、気にしないようには、してたけど。

 その日は会社で上司に怒られたし、カレシともちょっと喧嘩してむしゃくしゃしていた。

 だから、声がいつもより気に入らなかった。原因を特定して、文句を言ってやる。

 そう思いながら、耳をすます。どこから聞こえてくるのか、特定するために。

 声はベランダの方からする。

 つかつかと歩み寄り、あける。声が大きくなる。

 下の方から聞こえるようだ。一階は庭付きだから、一階の人がなにかしているのかもしれない。

 そう思って、手すり越しに下を見ようとしたところで、

「ぎゃっ」

 腕を掴まれた。手に。手だけに。五階の高さに浮いた、手だけに。

「ひっ」

 振り払おうとすると、手は増えた。いくつもいくつも。私を掴む。

「おいで」

「おいでよ」

 囁き声が、今回は聞き取れた。

 私を呼んでいる。

 一つの手が私の口を塞いだ。

 手が。たくさんの手が。私を引っ張る。

 下に。下の方に。

 体が手すりに乗り上げる。足が床から離れる。

 手が、私を、引きずり下ろそうとする。

「おいで」

「おいでよ」

「こっちに」

 ああ、引きずられるって、こういうことか。

 理解した時には、体は完全にベランダから離れ、地面に向けて落下し始めた。

 地面にはお花のように手が咲いている。たくさんの手が。私を迎えるために。

「おいで」

 手招きしている。真ん中の手は、黒い爪をしていた。

「待ってたよ」

 ぐしゃりと音を立てながら、私は落下した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

待ってたよ 小高まあな @kmaana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る