第4話 八人目は七人が恐れる倹約家

「見聞を広げろとは言ったが、まさか婿をつかまえてこようとは。」

手を叩いて笑う国吉に国光は不機嫌そうな顔を向けた。身分も申し分ないと国吉は嬉しそうだ。

「こんな美丈夫、なかなかいませんよ。」

母も手を叩いて喜んだ。

「こちらの両親も兄弟も了承して頂きました。こちらで婿として生きていきたいと思っております。」

ニコニコと笑顔の白月は丁寧に両親に頭を下げた。


挨拶が終わり、国光の部屋、一の間に戻る。

「白月、この婚儀は無効だ。」

「両家の親が了承した。もう破棄は出来ぬよ?」

三日夜餅の儀式も正式にしてしまった。体を繋げる以外は。この時代の婚儀は親がいいなら本人は蚊帳の外。

「見聞を広げろとはこういうことか。」

見聞、見聞、見聞と幼い頃から言われ、色々な物、事をこの目で見てきて、たくさんの人の話を聞いてきたつもりだが、まだ自分には足りないのか。

「性格な気がするがなぁ。」

落ち込んでいる国光を白月は、まあ、俺には勝てまいよと思いながら見ていた。

「俺は貴族の世界から出たかった。国光はこれで婿の問題は無くなった。形だけの夫婦でいいではないか。手も出さぬ。だが。」

白月は国光の頰を指でなぞる。

「誠に夫婦になりたければ、国光から来い。」

絶対ないと言う国光に白月は笑った。

「そうだ、国光。お願いがあるのだが。」



昼間は国光の居住区の畑の見える、二の間に国光達は集まっている。

「俺は納得がいかない。」

縁側に座り、鶴は畑の手入れをする光や大に拗ねたように愚痴っていた。

「え?鶴は若が好きなの?」

光が尋ねれば、鶴はうーと唸る。

「若を女としては見れないが、出来れば好いた者と一緒にと思うんだよなぁ。」

鶴の言葉に光と大は確かにと頷いた。

「そうだね。でも両家が認めたなら無理かもしれないよ。」

石の言葉にそうだよなぁと皆は諦め顔だ。

「皆さま、広間へ集まってください。」

前と鬼が呼びに来て、三人はなんだなんだと顔を見合わせた。


三人が広間へ入ると、そこに女物の着物を着た国光と白月が向かい合って座っていた。三人は疑問に思いながらも前と鬼とともに白月の後ろへ並んで座った。

「皆が揃ったところで、改めて。家臣となるからにはまず、私に名を差し出し、今日から私が与えた名を名のってもらう。それで私の家臣となる。いいかな?」

三人は困惑した顔を国光に向けた。

「かまわんよ。俺はどんな名をもらえるのだろうか。」

「…月、かな。」

一瞬、白月が固まったが、すぐに気を取直したようだ。

「わかった。では、これよりこの月、若様に仕えましょう。」

白月、改め月は国光に深く頭を下げた。


「国光、似合っている。」

皆が広間を出て、国光と二人となった月が国光の隣へ移動すると国光の耳に囁く。

「…実は気に入ってたりする。」

少し頰を染めた国光は下を向きながら呟いた。それを月は嬉しそうにそうかと微笑んだ。

「俺の見立てを気に入ってもらえて嬉しい。国光、二人の時は白月と呼んでもらいたい。」

え?と国光が言えば。

「俺は国光の家臣でもあるが、夫でもあるからな。」

形だけだが、よろしく頼むと言うので国光は頷いた。

「そうだな。真の妻になれないのなら白月の願いは出来るだけ叶えたい。」

この時の国光の言葉の真意を月はまだ知らなかった。


「若!若は月が好きなのか?」

鶴は国光に尋ねた。

「…あー、そう、かな。だから夫婦なのだし。」

国光を挟んで鶴の反対側に座る月を横目で見ながら国光は苦笑いをした。

「若は好きだから、家臣にまでしたのか。」

鶴の言葉に国光から笑みが消える。

「それはない。泥棒を捕えた時に家臣にとは思っていた。それに、月は貴族だが、兵法に明るい事もある。」

「それなら、私達も月の事を認めなくてはね。」

石は畑の土を払いながら言った、その時だった。

「若、避けて!」

慌てた光の言葉に国光がハッと見れば、大の開発した武器が国光めがけて飛んどきた。が、国光の目の前で止まる。

「大、試すような真似はやめなさい。」

月が掴んだ大の武器を見ながら国光は目を細めた。

「動きもいい。認める。」

大はそう言うと月が投げ返した武器を受け取った。


皆が月を受け入れて幾日か過ぎた頃。

バタバタと廊下を歩く音が近づいて来る。国光の縁側では石がお茶を飲み、大はその横で完成した武器の調整を、月は木刀で素振り、光、前、鬼、鶴は畑で収穫をしていた。

「皆、集まって。」

やってきた国光の雰囲気がいつもと違うので、七人は顔を見合わせた。


「これはどういう事だ?」

国光は七人の目の前に紙を突き出した。皆、紙に書かれた字をゆっくりと見る。

「誰?こんなに苗にお金をつかったのは?」

「これ、僕だ。そろそろ新しい野菜を作ろうかと。」

光は笑顔だ。

「誰?書物にお金をつかったのは?」

「俺だな。珍しいのでな。」

月は嬉しそうだ。

「誰?製丸機とか高価なもの買ったのは?」

「私かな。あれがあると丸薬作るのが楽でね。」

手で作ると匂いがねぇと石は言う。

「誰?高価な紙や墨、筆を買ったのは?」

「私と鬼です。新しいものに目がなくて。」

前と鬼、実は文房具を集める事が趣味だ。

「誰?こんな貴重酒買ったのは?これは鶴と大だろう!」

「よくわかったなぁ。皆も飲んだぞ。」

鶴や大は流行りのお酒やお菓子に目がない。

皆、何がいけないのかわからずニコニコしている。国光はその様子に大きな溜息をついた。

「私達が使える金子は無限じゃない。これは買いすぎだ。皆に足りないのは節約だよ節約!」

節約をと国光が叫んでも、皆、いまいちピンときていないようで。


「決めた。八人目を探してくる。」

夜、国光は畳の上に敷かれた薄い綿の敷布団の上に転がりながら月に話しかける。月は灯籠の光で書を読んでいる。

「節約が出来る者を探すのか?」

月は書から視線を動かさないまま国光に尋ねた。

「そう。ただ、どこを探そうか、悩んでる。」

月は書を閉じて、ふむと考える。

「今ならば、近江ヘ行ってみてはどうだ?」

「近江?」

「近江は楽市というものがあり、大きな金の動きがあると言う。ならば、数字に強い者がいるかもしれないぞ。」

国光は考えると行き先を近の江へ決めた。

「国光。」

月は灯籠の火を消し、近江へ行くためにあれこれ考えている国光の隣へ寝転ぶと呼ばれた国光は月を見つめる。

「まだ、俺の真の妻になる気はないか?」

月明かりは国光の困った顔を月へ知らせる。月は黙って国光を腕の中に閉じ込めると目を瞑る。国光も目を瞑り、月の胸へ寄せる顔に少し力を込めた。


「さあ、近江が見えた。」

今回のお供は月と大だ。月は腕もたつし、知識も豊富で今回の発案者でもありお供に決まった。

「頼むより自分で選んだ方が早い。」

前回、買い物の失敗の経験から国光達が頼りにならないと思った大が手を挙げた。国光は大が背負っている大きな荷物に嫌な予感しかせず、警戒しているが、月は気にしていないようだ。少し不安を抱えつつ国光達は近江へ入った。


「豊土の市とは比べ物にならないなぁ。」

市の入り口に立った三人は規模の大きさに驚いた。

「見てくる。」

歩き出した大を止めようとした国光だが、大の目があまりにもキラキラと輝いていたので、やめた。集合場所を旅籠として大は国光、月と別行動をすることとなった。


「都の市を思い出すな。」

月は店に置かれた反物を見ている。

「もう、着物はいらないかな。」

反物を国光の肩にあてながら笑顔の月に国光は釘をさす。

「妻を綺麗に着飾りたいと思うのは夫の特権だからなぁ。」

特権って、と言いつつも嫌な気がしない国光は素直に月に付き合う。二人の容姿と会話が合っていないので、店の者の目がパチパチしながら二人を交互に見ていたことに二人は気付かない。


「なぜ、わからない!」

「今はその必要はないと言っているだろうが!」

後ろから言い争う声が聞こえ、国光と月が振り向いた。

「今はいい!しかし、この状況が続くとは言えない。だから節約を!」

「今は勢いに乗って状況が悪くなっても大丈夫なように稼げるだけ稼いでおいた方がいい!」

どうも商売で揉めているようだ。しばらく言い合っていたようだが、節約を叫んでいた男がもうお前とはここまでだ!と叫んだのが最後になった。

「この時期に節約をとは、おもし。」

「面白い!」

月の言葉と重なるように言う国光の目はキラキラしている。月は怒りの雰囲気を漂わせる目の前の男の未来が決まったことを悟った。

「が、少し面白くないな。」

「白月?」

突然、月から手で目隠しされた国光が名を呼べば、月はまあまあと笑った。

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これを読んで貴方が心から笑ってくれたなら… 青白狭間 @aosironohazama

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