須川 真梨乃の惚れた男は既婚者3

向かった先は丘。途中から裸足になりふわふわの草を踏みしめながら丘上を目指して登っていった。手にサンダルをぶら下げながら1歩1歩登っていくとあたしの大好きな景色が見えてきた。それは地上と夜空に星が輝く夜景。あの人と初めてデートをした想い出の場所。



「いつ来ても綺麗だな」




その景色を眺めながら深呼吸をすると自然のクッションに腰を下ろした。寒さはあるけどあの日を再現しているようでどこか心地いい。



「ここ街灯の光とかもないし夜空が綺麗に見えるんだよなぁ」




自然とあの日の会話を思い出す。



「あの時はただただ幸せだったなぁ。どんな関係性でもあの人と一緒にいられるなら少しでも愛してもらえるならそれでいいって思ってた」




だけどあの頃と現在との変化に俯いてしまう。



「あの頃に比べてあの人のことが好きになり過ぎちゃったんだろうな」




あの人を求めてるからこそ、あの人のことが好きで好きで愛して仕方ないからこそあの人の1番になりたくて辛くなる。その証拠に最初に比べて辛くなることが増えてきた。だからこそもう終わりにしないと。だけど今まで何度そう思っただろう。結局諦めるのが嫌で、もう会えなくなるのが嫌で何度も後回しにしてきた。もう終わりにしようっていう勇気がでない。



「でももうあたしも前に進まないと!」




気合を入れるようにそう呟くとLINEを開いた。そして文字を打ちこむ。



『あたしたちもう終わりにしよう』



これを送ればもう終わる。あたしは親指を送信ボタンの上に持ってきてあの人の名前を眺める。だけど結局...。


今まで通り文字を1つずつ消し最後はスマホの画面も消した。



「はぁー」




いつもあと一歩の勇気が出ない。とりあえずあたしは気分転換にイヤホンを付けラジオを聞くことにした。普段から聴くタイプじゃないから特に聴きたい番組はなく適当に選んだ。その番組はお便りコーナーの途中だった。



【なるほどー。リスに言う犬さんは好きな人に告白する勇気がでないんですね。もう一歩が出ないってことだね】



ラジオDJの良い声がイヤホン越しに聴こえてくる。



【じゃあ、リスナーのみなさんちょっと夜空を見上げてもらっていいかな?窓越しでもいいし外に出てもいいし、屋上に上がってもいいから。ちょっと待つ間にお水を飲みます】



少しだけの沈黙。その間にあたしもどこまでも続いていそうな夜空を見上げる。



【見上げてくれてるかな。――今、リスに言う犬さんを含めてリスナーのみんなは同じ夜空を眺めている。もしかしたら今きみが綺麗だなと思っている星は誰かも綺麗だなって思っているかもしれない。もしかしたら今した『今日三日月か』って考えは誰かとハモったかもしれない。――今きみ達が繋がっているってちょっとは実感できたかな?】



1人で見上げていると、この夜空を見ているのが世界で自分だけな気分になっちゃうけど実際は色んな人と見上げてるのかな。なんて考えてしまう。



「どれくらいの人がこの空を見てるんだろう」




【じゃあ本題に戻ろうか。今回。リスに言う犬さん。えーっと....高校2年生が好きな人へ告白する勇気が出ないというお便りをくれました。人を好きになるってことは素敵なことだし是非、その気持ちを伝えてほしい。でも誰かに想いを伝えるのは怖いものっていうのも分かる。だけど後悔しないためにも伝えてほしい。そこでリスナーのみんなと、ちょっと性別が分からないけど彼もしくは彼女を応援しようって思うんだ】



あたしは高校の時に勇気を振り絞って2つ上の先輩に告白したのを思い出した。友達に背中を押してもらって。



【みんな今、夜空を見上げてるよね。リスに言う犬さんも見上げているよね?それじゃあ、それぞれの言葉と想いで声に出しても心の中で思うだけでもいいから。同じ空を見上げてるリスに言う犬さんへエールを送ってあげてください】



DJの言葉から少し間を空けてあたしも届くか分からないけど言葉に出してみた。



「頑張れ。気合を入れてもいざ相手を目の前にしたら緊張に押しつぶされそうになるけど好きだって気持ちを素直にそのまま口にすればいいと思うよ。――もし、うまくいかなくて泣きたくなったら気のすむまで泣いて次に進めばいいし。とりあえず頑張れ」




あたしは両手を夜空に伸ばした。



「届くかなぁー」




少し気恥ずかしさがあった。



【リスに言う犬さんみんなの応援届いたかな?きみの今見上げている夜空に輝くその星ひとつひとつが、リスナーのみんながきみに送ったエールだよ。いつでもみんながきみを見守ってるしいつでもみんなはきみを応援しているから。もしいざ告白するって時に怖くなって弱気になったら空を見上げてほしい。夜じゃなくても星はそこにあるしそれを見上げてみんなの声を聞いてほしい。それに、その時、同じように空を見上げてきみを応援し励ましてくれる人がいるから。きみは1人じゃない。これから色々な困難にぶち当たると思う。その時、勇気がほしくなったら誰かの応援がほしくなったら、誰かに励ましてほしくなったら上を見上げてごらん。きっとみんなの応援が聞こえるよ】



なんだか一緒にいないけど大勢で夜空を見ている気分になってきた。



【だけどこれはリスに言う犬さんだけじゃない。今ラジオを聞いているそこのきみもおんなじ。誰かに背中を押してほしくなったら空を見上げてごらん。その人は全く知らない誰かだけどきみのことを心から応援してくれる。きみたちは同じ空の下で生きているし繋がっている。誰かが同じ空を見上げて自分のことを応援し、励まし、褒めてくれている。それだけでいつもより空は素敵に見えると思わない?だからこれからも時間がある時でいいから空を見上げてその空の下で困ってる苦しんでいる頑張っている誰かに励ましの言葉や応援の言葉を送ってあげてください。そうすればきみも本当に辛い時に空を見上げれば誰かの声が聞こえてくるから。もちろん僕もこれから時間がある時は同じように空を見上げているきみを応援しているよ】



その言葉を聞きながら夜空を見上げていたあたしはスマホを手に取りLINEを開く。そして何度も消したあの文字を打ちこんだ。送信ボタンの上に親指をもってくるがやっぱり押す勇気がでない。あの人の顔が浮かんできて押せない。あたしはもう一度夜空を見上げた。そしてさっきの言葉を思い出す。すると段々、その星ひとつひとつから背中を押してくれる声が聞こえてきた。そんな気がした。



「こんな状況終わらせないとね。始めた自分の手で」




あたしは文字を打ちこむと時間をかけて深呼吸をした。そして夜空を見ながら思い切って親指を画面に落とす。顔を手元のスマホにゆっくりと向けていった。そこにはあたしの打ちこんだメッセージが表示されている。



「あ~。やっちゃった。終わっちゃった」




そう言うあたしの表情は安堵の笑みが浮かんでいたし心はスッと軽くなった気がした。だけど目からは涙が溢れ出してくる。



「さよなら。あたしの愛した素敵な人。あなたはあたしの人生の中で一番でした。だけどこれからの人生でそれを更新してあたしはもっと幸せになります。奥さんと末永く幸せでいてください。あなたの幸せを願ってます。できることならあたしの幸せも願ってくれていると嬉しいです。あたしのわがままに付き合ってくれてありがとう。辛かったけどそれに耐えてでも手にしてたい幸せがそこにはありました。本当にありがとう。そしてさようなら」




あたしの恋はまた終わりを告げた。

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ひとつ空の下 佐武ろく @satake_roku

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