須川 真梨乃の惚れた男は既婚者2

家に着くと電気もつけずすぐにベッドに倒れる。



「もっと一緒にいたかったな」




そのわがままな想いがシーツを握らせる。デートが出来なくなったり途中で帰っちゃたりするたびに思ってしまう。あたしが一番だったもっと一緒にいられたのかなって。



「いいじゃん。今夜ぐらいあたしに譲ってくれても...」




自分で言った言葉を自分で聞いてため息が出る。



「あたしめっちゃ嫌な女じゃん」




こんな立場で何言ってるんだろう。そんな自分勝手でわがままなことを考えてしまう自分自身に腹が立つし情けなくてどうしようもなくキライ。もう何も考えたくなくてイヤホンを耳につけた。イヤホンから流れてくる大人な色気のある女性の妖艶な声。その声に身を任せているといつの間にか眠りに落ちていた。不安も悩みも何もない楽園の世界へ。


朝はカーテンの隙間ら入った日の光で目が覚めた。昨日と同じ服、昨日と同じベッド、昨日と同じ部屋。昨日と同じようにあの人が好き。もし目覚めた時にあの人の事をきれいさっぱり諦められていたらもう悩むこともないのかな。だけどあたしは相変わらずあの人が好き。だからあの人の事を考えると胸が幸せで満たされる。



「はぁー」




ここ最近、朝起きた時の第一声がため息。何に対してのため息かも分からないけど自然と零れる。とりあえずため息をついたあたしは手に持っていたスマホを顔の前に持ってきた。そこには1件のLINEメッセージが表示されていた。相手はあの人。



『昨日はごめんね。もしよかったら今夜も会わない?』



あたしにいやだという選択肢はない。



『楽しみにしてる』



そう返信するとあたしは少しニヤけた顔でお風呂へ足を運んだ。シャワーを浴びながらもきっとニヤついてたと思う。あの人と会える。その予定があるだけで1日が楽しくなるから。だけど同時にまた急に会えなくなるんじゃないかって不安もある。そんな嬉しさと少しの不安を抱えたままシャワーを出たあたしは夜までの時間どどう過ごそうか考えていた。



「買い物でもいこうかな」




そう決めるとゆったり準備を始めた。好きな音楽をかけながら気ままに準備をしていき、終え次第家を出る。そして太陽に照らされながら1人街を歩き適当に目に止まったお店に入っては服や靴、バッグなどを見ていた。いつからか、いや、彼とこういう関係になってから可愛い服とかを見つけるとあの人はこういうのどう思うだろうと考えてしまう。だけどそういうことを考えながらする買い物は不思議と楽しい。そうやって見つけた服を買うと次会うのがより一層待ち遠しくなる。



「あっ。これ可愛い」




そして店員さんの声に見送られながら手提げ紙袋をバッグと一緒に持ちお店を出た。今夜あの人がこの服を見てどう思うのかどんなことを言ってくれるのかを想像すると楽しみで一刻でも1秒でも早く会いたくなる。街を1人で歩いている人が笑ってたら変人と思われそうで堪えていたが抑えきれない分の楽しみが口角を上げた。


それからも気になったお店に寄りながら街をぶらぶらとしていたあたしは目の前の光景に思わず足を止める。あたしの半開きになった口と共に向けられた視線は前から歩いて来た1組の男女に向けられていた。あたしは少し背の低く髪の短い女性と寄り添って歩くその眼鏡を付けた細くも逞しい長身の男性に見覚えがあった。よく見るスーツ姿ではなかったが私服姿も素敵な男性。あたしの大好きな、あたしの愛する男性。


するとあたしの止まった足より数秒遅れて彼があたしに気が付いた。ちょっと目が合うと先にあたしは顔を俯かせ歩き出す。そして他の女性の夫としての彼とすれ違った。初めて見る夫婦としてのあの人。あたしと違って可愛い笑顔の守りたくなるような奥さん。彼女を真似て短くした髪なのに似ても似つかない。奥さんのように愛してほしくてファッションも髪型も真似たつもりだったけどあたしじゃダメだ。やっぱりあたしは2番手。



分かってはいたけど実際にこの目で幸せそうに笑い合う2人を見ると、あたしの見たことない笑顔で笑うあの人を見ると、現実として突きつけられるとなぜだか涙が込み上げてくる。それが零れてこないよう必死に堪え俯きながら早足で家に帰った。靴を脱ぎ捨てると買い物袋もバッグも投げ捨てベッドへ飛び込む。そして泣いた。あたしの理解なんて関係なく感情が勝手に涙を溢れさせてくる。それに身を任せるしかなかった。



どれくらい泣いたかは分からない。気が付いた時には枯れていた。夕日も沈み外はあたしの心のように暗くなった。時間を確認しようとスマホを手に取るとそこにはメッセージが1件。



『ごめん。今日はやっぱり無理』



よくあること。仕方ない。だってあたしとは堂々とは会えないもん。あたしの優先順位は低い。もう慣れた。そう思いながらもいつもはすぐするはずの返信をせずスマホを放り投げる。それからしばらくぼーっとただ天井を眺めてた。不思議とお腹は空かない。起き上がったあたしは少し落ち着いていた。そしていつも通りの返信を済ますとシャワーを浴びた。少しだけほんの少しだけスッキリとした気持ちになると簡単に準備を済ませ外に出る。

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