第58話

「ね~うさちゃん、ヤトのコピーならヤトの好きな人って誰だか分かる?」


 唐突なマリシャの言葉に、カイトは戸惑いを隠せなかった。


「ななななにを聞いているんだい!ヤトのプライバシー的には、そういうことを本人の意思以外から周囲に知られるのは嫌じゃないかな!いや、きっと嫌だと思うよ!」


「なにカイトが慌ててるの~?別にヤトが構わないって言わなくても~、うさちゃんが言ってもいいって言ったら大丈夫でしょ~?だって本人のコピーなんだし」


「いや、正確にはコピーのコピーだ」

「ダメだめ駄目!絶対ダメだよ!きっとヤトは嫌がるよ!」


 必死にマリシャを説得しようとするカイトだが、シャドーは空気を読まずに言い出した。


「いいだろう!乙女なら男が自身を好きでないかどうかを知りたいのは当然だ!私が教えよう!ヤトが好きな人!それは――」


 どうしようシャドーを止められそうにない、そうカイトは思いつつ息を呑んだ。


「それは!それは!」


 期待の眼差しを向けるマリシャ。しかし、シャドーの答えは意外なものだった。


「ペラプットプププのプタライブデト!」

「……」


 その言葉が人の名前だとは到底思えない。カイトもマリシャも笑顔で固まっている。


「……ね~うさちゃんもう一度、ヤトの好きな人を教えて~」

「だから、ペラプットプププのプタライブデトだと言っているだろ、……どうしたんだ二人とも?意外にも驚いているのか?」


「その……ペラプットプププのプタライブデトってのはなんだい?何かの復活の呪文かな?」


 小さなウサギの人形は、短い手で自身の頭を触る。


「どうやら、切り離しの際に、その辺の記憶領域は不要だと思った私の本体が、中途半端に省いたらしいな、知っているがデータが破損しているため言えない。むしろ、〝知っている振り〟をしていたようだ」


 カイトとマリシャはガクッと肩を落とした。その後、ドッと疲れが出て気分転換にヤトの体を触ろうとしたカイトにマリシャも加わろうと椅子から立ち上がる。


 呼び鈴が鳴り、訪問者ありの知らせが部屋に響くと、部屋と外を隔てる入り口のドアにカイトが駆け寄る。すると、ウィンドウが表示され、そこに映ったのはナナだと分かると、カイトは迷わず入室許可を押した。


「やぁ、いらっしゃい」


 騎士服ではなく、NPC街娘風のナナは、入ってすぐにそれを聞く。


「ヤトは?」

「いつも通り……夢の中だよ」

「……」


 ナナは少し視線を落とすと、ヤトの寝かせた部屋へ向かう。


「外の様子は?」

「相変わらずよ、ギスギスして、非テスターがテスターに怯えて、始まりし街からどんどんヘイビアへ移っているわ、その途中で、本来いるはずない強力なモンスターに襲われた人もいたみたい」


「オーダーは、その機能を完全に見失っているね、今やBCOで一番凶悪なギルドだよ」

「確かにそうだけど、子どもたちや非テスターを護るプレイヤーだっているのよ、ヤトのフレンドのビージェイさんたちのギルドに、そういった人たちがオーダーから移っているし」


「ビージェイね、マリシャもギルドの一員として戦っているし、あのポジティブな性格は今の始まりし街には必要な存在になってしまったからね」


 マリシャに挨拶したナナは、ヤトの隣に座ってその手を握る。


「でも、こんな状況にしたのはアスラン……いいえ、幻影の地平線の所為でもある」

「……第7エリアのボス討伐の件だね、ワザとオーダーが攻略達成を名乗り出てから、後から遅れて名乗り出て街は混乱した。ケージェイって人も、あの日以来表に出てきてないし」


「ヤトのことを探しているのかもしれないわ、ラビットを第9エリアの街シトリーで何度か見かけたもの」


 シャドーがマリシャの胸を揉むのが気になって、とりあえずカイトは膝元に彼を捕らえる。


「まさか、始まりし街にいるなんて考えもしないだろうね」


 マリシャが、「灯台下暗しね」と笑うと、シャドーをカイトの膝から奪い取る。


「アスランもどういう訳かヤトのことを探しているようだし、私も疑われて……早くヤトには目を覚ましてもらわないと、このままじゃいけない気がする」


「そうだね、バレンタインイベントも終わっちゃったし、イベントアイテムで観覧車エリアに行けたのにな~」

「……カイト、あなたって女の子が好きなのよね?」


 唐突にカイトの顔を覗きこむナナの顔は、美人で綺麗な顔で、自身の可愛い綺麗な顔と対面させると、昔なら想像しただけで興奮していたカイトだが、今はちょっとした危機感を感じている。


「……隠しても仕方ないから言うけど、ボクは可愛い綺麗な女の子と――ヤトが好き」


 本当なら、顔から火が吹くほどに恥ずかしい彼女は、なんとか表情にでないように我慢した。


「……知ってた、だって女の子だから、私でも危ない所を一度でも救われたら、好きにもなっちゃうと思うし」


 笑顔でそう言うナナは、ヤトのことを好きに違いない。でも、彼女がどうしてヤトを好きなのか、その理由がカイトには分からない。マリシャもヤトのことを好きな様子で、カイトは少しモヤモヤして、ついつい寝ているヤトの変わりに、マリシャの胸を揉むウサギの柔らかいデコを指で弾た。


「えい――」

「ワァッツ!」


 ウサギは、どうしてデコを激しく小突かれたか分からず、驚いた様子でそう叫んだ。



 2053年三月現在、BCO内に囚われたプレイヤーは約9千名で、まだ一割にも死者が届いていない。だが、確実に疲弊し緩やかに死者を出ていた。


 現実では、どれほどの混乱とどれほどの悲しみが広がっているのか、中にいる彼ら彼女らには計り知れない。


 そして、そういう時に、悪というものは、再び高笑いを浮かべて現れるものだ。


 あのピエロの裂けた口が、危い笑みを浮かべてやって来る。


 第一部 ~終~

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