第57話 25 変化するBCO


 2053年2月


 第7エリアのボス討伐後、意識を失ったヤトを抱き留めたナナは困惑した。


 ボスエリア攻略のギルド名に、幻影の地平線の名が記されていたこと、それによってヤトをそのままにしておけば、幻影の地平線のマスターアスランが彼に手を出すかもしれないと思い、ナナはヤトを負ぶって、知り合いであるビージェイのところへと運ぼうとした。


 ただ懸念として、ビージェイのいる始まりし街のホームでは、オーダーにヤトが見つかるかもしれない。そうならない対策を考えて始まりし街への転移ポートへ入るナナ。


 始まりし街にヤトを担いで転移した彼女に、ヤトの名を呼ぶ声がかけられる。


「ヤト?どうしたの!何があったんだい!」


 それはカイトであり、ヤトの名を呼んで、彼が気を失っていると分かると、自身のホームに運ぶようナナに提案した。


「頭の上に〝ログアウト〟が表示されていないから、感覚器官はそのまま残っていると思う」


 カイトはそう推測したが、ゆすっても叩いても、ヤトが起きることはなかった。


「どうしてだろうカイト、私……あなたのことを知っている」


 ナナは、自身が変なことを言っているのは分かっていたが、言わずにはいられなかった。


「何を言ってるんだいナナ、ボクたちこの前フレンドになったよね?」

「ち、違うの、そうじゃなくて――」


 ヤトの記憶を見たナナは、カイトとヤトの過去を知っていると錯覚していた。


 それからしばらくして、ようやく落ち着いたナナがカイトに事情を説明する。


「それで、ヤトは気絶したまま立っていたの、私がフィールド内に入ると、糸が切れたように体が傾いて慌てて抱き留めたんだから」


「ヤト……無茶ばかりするんだねキミは……。事情は分かったよ、ビージェイたちのところよりも、ボクのところがいいかも、ボクは長い期間閉じ込められていて、顔や名前があまり知られていないから」


 だから、アスランやその周囲、オーダーの面々にもヤトの存在には気が付かないだろうとカイトは言う。ナナはその言葉に納得して、カイトにヤトを託すことにした。


「きっとアスランが私を探してる……だから戻るけど、ヤトの事……よろしくね、カイト」

「うん、まかせてよ」


 その後、マリシャにもナナが伝えて、ビージェイにも伝わると、彼らはその日の内にヤト様子を見に来た。


「ヤト!大丈夫!」

「ヤト!生きてるか!?」


 二人を落ち着かせるのにカイトは少し苦労したが、そんなことよりも、ヤトが目覚めないことの方が今は心配で仕方がなかった。



 ヤトが眠りについてから、BCO内ではひと月の時間が経過した。


 彼が眠る中、このひと月でBCOは大きく変化した。


 始まりし街は隔離されて、内から出れなくなってしまった。と言っても完全ではないため、ナナは3日に一回は、ヤトの様子を見にカイトのホームを訪ねている。


 街を閉鎖しているのはギルドオーダーで、あの日彼らは、自らが第7エリアを開放したギルドだと名乗りを上げた。


 しかし、第7エリアを攻略したのは幻影の地平線だ、と正式に発表されると、それまでの英雄視されていた部分が偽りであることが判明し、二つのギルドの間で抗争めいた騒動となった。


 始まりし街をオーダーが占拠し、ヘイビアをクラウンが、第7エリアの先にある第9エリアの街シトリーには、幻影の地平線とそれに従うギルドが占拠した。


 1週間の間に見る見る街は変化し、プレイヤー同士のケンカも、口での言い合いから今ではデュエルにまで発展してしまうこともある。


 特に、オーダーに所属するテスターの中には、非テスターたちからモンスタードロップのレアアイテムを巻き上げる行為もあったりと状況は悪化していった。


「ヤト……世界が崩れそうだよ」


 ベットに横たわる黒い髪を撫でると、仮想のアバターであることを再確認する。その横に置いてある小さいテーブル、その上の花瓶に生けた花は、VRらしく絶対に枯れない。


 絶対に枯れないはずのそれさえ、今のカイトには儚く見えてしまう。


「で言ったわけだ、お前たちを倒すのに左手はいらない、ってね」

「片手で倒しちゃったの!7人を!?ヤトって格闘技も使えるんだ~それでそれで?」


 カイトの後ろで椅子に座っているのはマリシャ。そして、もう1人というか一匹は饒舌なウサギで、その中身はAIのシャドーだ。


 その姿がタキシードを着た小さなウサギなのは、ヤトのアイテムストレージ内にあったレアアイテムで、アバターとして唯一シャドーが同期できたものだったから。


 一歩間違えば、喋る剣などが誕生してしまっていただろう。


 シャドーのことは、ナナがヤトの記憶を見たことからその存在を見つけることができた。その小さなウサギの人形は、自らシャドーと名乗り、ヤトにとってコピーで双子で弟のようなものだと言った。


 そして、さらに、そのコピーのコピーだと主張するも、だいぶん性格は別物だった。


「二人とも、もう少し静かにしなよ、ヤトに迷惑だよ」


 カイトの言葉に、二足歩行のタキシードを着たウサギの人形は、マリシャの膝上に立って言う。


「カイト心配は要らない、なぜならジャスティスは、言うなら深い睡眠についている状態だ」

「だからって――」


「いいか、彼は戦闘中に常人の脳の限界を超えた処理をしたことで、現実の体が異常を起こしてしまったと推測される」

「それって本当に大丈夫なのかな、フルダイブ中の人が意識不明なんて聞いたことないけど」

「彼は特別だ、体が、いや、脳がそういう風になってしまっているんだ、慣れているから放っておくのが一番だ」

「なら、なんで起きないのさ」


「いいかカイト、ジャスティスの脳は常人を超えられるが、同時に常人と同じ性能なんだ。脳が、負荷による経験からProgressしようとしている、だから起きるのに時間がかかっているんだろう」


「プログレス?成長……発展しているってこと?」


「ジャスティスはそうやって脳の拡張を行ってきた、無論彼にその意識はないがね。人の神秘のなせる業とも言える……が、AIとして言えば――エラーとしか言いようがない」


 まるでヤトと話している気にならないカイトは、目の前のシャドーが本当にヤトのコピーなのかを疑ってしまう。そして、マリシャの胸をモフモフしている姿を見て絶対的にヤトとは違うとさらに確信を持つ。

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