とある世界の物語(仮)

真倉真

プロローグ

 静まり返った森の中が、突如として喧騒に包まれた。

「何処に隠れた!?」

「まだ遠くには行っていないはずだ!」

「探せぇ!!」

 怒号に近い喚声を上げ、武装した集団が松明の灯を頼りに、鬱蒼と生い茂った木々の合間を駆け抜けていく。

 集団の遥か後方、森の入り口にて一際派手な鎧に身を包んだ大柄の男が、険しい顔つきで別の集団に指示を飛ばしていた。

「二番隊と三番隊は左右へ展開、森を包囲し対象の逃げ口を潰せ! 工作隊は急ぎ火計の準備を! 他の隊の用意が整い次第、森に火を放て!」

「はっ!!」

 指令を受け、隊員たちはそれぞれの持ち場へ移動していく。ガチャガチャと鎧の接触音が鳴り響く中、男はその様子を黙って見つめていた。

「よろしいのですか?」

 男の隣に並び立つ眼鏡を掛けた小柄の女が、同様にその光景を眺めながら眉一つ動かさずに男へ声をかけた。

「何がだ?」

「森に火など放ってしまえば、対象の捕縛に支障をきたすのでは?」

「構わん。地の利は奴の方にある。この闇夜に乗じて逃げ仰せるのは、いとも容易いことだろう」

 男は険しい表情を崩さぬままそう言った。

「ならば、逃げ道そのものを潰してしまえば良い。行き場を失くし、我々の前に奴が姿を現したその瞬間こそが、この戦の終局となる」

 口をつぐみ、ずれた眼鏡の位置を直しながら、女は男の話を黙って聞いていた。

「それと、貴様は一つ誤解をしている」

「何をですか?」

「我々の任務は、対象の捕縛ではなく身柄の確保だ」

「それが、どういう…」

 疑問を口に出したところで女は言葉を切った。女の目には、男が先程指示を出した工作隊により、森に火が放たれる瞬間が映っていた。

「生死は問わない。お偉方は欲しいだけだ、奴を討ったという証が。捕縛など必要ない、首だけ持って帰ったとしても、諸手を挙げて喜ぶだろう」

 燃え広がる木々を見て男は笑った。炎に照らされたその表情は、さながら悪魔の微笑みのようだった。

「首だけで事足りるのなら、身体の一部が焼け爛れていようと問題はあるまい」

「酷い御方…」

 女は小さく呟いた。風に煽られ勢いを増し、森全体を覆っていく炎を前にして、その口元には笑みが浮かんでいた。



  *  *  *  *  *



 燃え盛る木々に周囲を覆われて、その者は力なく膝から崩れ落ちた。

 数多の追撃を躱し、この森へ潜伏すること数十分。今度こそ、逃れるのは不可能なのだと悟った。

「申し訳ありません、お父様…。約束、果たせそうにありません…」

 限界を超えた疲労と自身の無力さに苛まれ、もはやその者は、自力で立つことすらままならなかった。

「ごめんなさい、お母様…。先に逝く不幸をお許しください…」

 口から懺悔と自責の想いが溢れ出る。己の死を覚悟しながらも、その者は尚も止まろうとしなかった。

「あいつらが、来る…」

 荒れ狂う炎の中、微かに、確かに聞こえてくる集団の喚声。それから逃れようと、草と土に塗れ、身体中に擦り傷を作りながら、その者は地べたを這い進み続ける。

 しかし、それも長くは続かなかった。

「…もう……だめ……」

 その者の全身から力が抜けた。むせる程の熱気と煙を吸い込んで、視界は霞み、やがて指一本動かすことが出来なくなっていった。

 そして、強烈な睡魔に襲われた直後。

 その者の視界は闇に包まれた。

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とある世界の物語(仮) 真倉真 @movement623

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