第三話『怪盗ノワールと密会』

 白板白紙。探偵だ(wiki参照)。因みにタイトルバレしてるからあんまり言う必要がなさそうなんだけど改めて言うと、席替えで隣の席になったのはこの男です。


 スタバに呼び出された僕は、経緯を思い返す。ことは席替えの直後の話だった……。


『怪盗ノワール、というのを知っているかい?』


『はい?』


『なるほど……今日放課後、駅前のスタバに来てくれ。黒峰藤乃の事で大事な話がある』


 ……とまあ、これである。簡潔にすぎて呼ばれた理由が会話から推察ができないし、なにより探偵業でお金稼ぎしてる人に目を付けられたのはまずい。


 あいや、お金稼げる探偵さんってすごいよねってことですよ? ほらそれって実績あるってことだもんね! あっ、でもどうして目を付けられたのかぼくさっぱりわかりませんがね!!(ぐるぐる目)


 えー……? ちょっと冷静に考えてもやっぱり僕どうしたらいいか分からないんだけど……。






「────怪盗ノワール。そう言うと君は少し驚いたような反応をして、一瞬だけ右手に目線を落として、黒峰藤乃を見たね」


 開口一番、白板くんはそう言った。


 はい。そうですね。目は口ほどに語るに落ちる、ってやつですね。カマ掛けられた、というわけかぁ。


 でもさ、正直怪盗ノワールってちょくちょく黒峰さんがポロって言っちゃってるから、知っていてもおかしくはないんだよね。


 ……おかしくはないけど、という職業に白板くんが就いているのがとても怖い。絶対それ無意味な質問じゃないよね?


 僕としては一応一度通用しなくてもすっとぼけたい。通用……はしないんだろうなぁ……。


「……まあ、黒峰さん、よく言ってるからね」


「そうではないよ。君はきっと、勘は悪くない。だから分かっている筈、ね? 怪盗ノワール?」


「…………えっと」


「俺は探偵だ。星の数ほど事件を解決してきて、知名度も恐らくはこの日本という国においてもほとんど知らない人はいないんじゃないかな」


 おっと、唐突な自分語りが始まった。実際クラスメイトの反応が凄く黄色い声!! って感じだったので事実なんだろう。僕知らなかったけど。


「超高校生級の探偵だ、日本最高峰の知能だとか持て囃されているけれど結局のところ俺は……」


 黒峰家子飼いの探偵。なるほど?


「ああ、そう露骨に警戒しないでね。まず探偵といっても別に勝手気ままに事件に突撃する訳じゃない。依頼がなければそうそう探偵は動かない。そして黒峰家はそうした依頼をくれる数ある発注元の内でも特に大きな依頼主の一つで、少し……そう、少しだけ縁がある。それだけさ」


 うんうん。依頼がなければそうそう探偵は動かない、ね。なるほどなるほど。


「あぁ、この言い方では誤解があるかもしれない。常であれば勝手に行動することはないが、今回はとても私的な理由で動いているつもりだ。さっきは子飼いの、なんて言ったけれどあまり良い条件でない依頼も多いし……それに何よりも」


 そこで言葉を切って、ははっ、と笑う白板くん。


「黒峰家にはが埋まっているようだからね。あの大きな依頼主には少しばかり申し訳なく思うところはあるけれど、俺は探偵だからね」


「……と、いうと?」


「────探偵とは、謎を解くために生きているのだよ」


 そんなわけないでしょって言いそうになった。この言葉を飲み込んだのは我ながらちょっと偉いと思った。それはもうとても自慢気な顔だったからね。


 ほら、白板くん見てみ、あのどや顔。どやり過ぎてどやどや顔って感じ。


「いやちょっと分かんないんだけど」


 白板くんのどや顔が一瞬で瓦解した。この発言、ヤバいと思ったけれど止められなかった。


「……………………。いやまあ、今俺は我欲で調をしたいんだけれど、ちょっとばかり手が足りなくてね?」


 たっぷり再起動に十秒掛かっていた。


「……って、え、手が足りない?」


「そう。足りないんだ」


「白板くん、人気だし手伝ってくれる人くらいたくさんいるでしょ? あの後輩の子とか、それこそファンみたいな人達だってたくさんいるみたいだし」


 伊澄もなんか有名人と話しちゃったーみたいなハイテンションできゃいきゃい友達と騒いでたのは記憶に新しい。そういう人達に頼む方が良いと思いますけどねぇ?


「彼女にはあまり関わってほしくないんだ。それにきっと君が一番適してると思ったからね」


 あっはい。まあそうじゃないならわざわざ僕に話しかけてこないよね……。


「僕が? っていうか女子に関わらせたくない話に僕を誘おうとしてるの??」


 それちょっとどうかなって思うよ白板くん。そういう思いを込めた視線を送るも、どうにも白板くんはわからなかったらしい。


「ああ、君の能力が必要だ。その『人から認識されなくなる』という潜入に都合の良い能力が、ね」


「…………それ、どうして?」


「探偵だからさ」


 いや探偵はそんな便利な言葉じゃないと思います。爽やかに言っても誤魔化されないからね?


「……いや、それで……まあいいや。白板くんが僕の事を色々調べた。そういうことだよね」


「実に良い推理だ。その通りだよ碓氷くん」


「じゃあ、僕はその、人から認識されなくなる能力で何をしたらいいの?」


「……おや、案外あっさり受け入れるんだね?」


「まあね」


 怪盗ノワール。能力。黒峰家との繋がり。これを仄めかした白板くんは僕の情報は殆ど握ってるのだろう。たぶん。


 そういう情報は、黒峰家にはバレてるかもしれないけど、未だバレていないであろう黒峰さんにバレるのが一番嫌だ。この様子だと右腕のことも知ってるか怪しいところだし……だいたい怪盗ノワールが僕だってバレたら黒峰さんは幻滅するからね。


 あとは、そもそも頼ってくれるのは凄く嬉しいからね。え? 危険じゃないかって?


 …………危険、なんだろうな。怖いよね。


「本当に良いのかい?」


 白板くんが念押すように聞いてくる。


「…………えっと」


「どうしたのかな」


「……じ、じゃあ……話だけでお願いできる……かな?」


「いいよ、さて何から話そうかな」


 だってそりゃ何度確認されたらすぐ弱気になるよ? なりますねぇ。


 という訳で白板くんは一枚の写真を取り出しながら語りだした。


「まず事の発端はこの写真の建造物だ」


 僕はテーブルの真ん中まで差し出された写真を拾い上げてまじまじと見た。炭みたいに黒い柱、骨組みだけが残って焼け落ちたであろう二階建てくらいの一軒家だ。


「…………これが、何なの?」


「その家は今は誰も住んでないし利用する人も居ないただの廃屋だよ。原因不明の、不審火で全焼した家の写真さ」


「まぁまぁあることじゃない? 廃屋ならなんかこう、子供が勝手に出入りしたりとかで火遊びで燃えるなんて事は……」


「そう思うかい? ところでこれは同じ地域で起きた同様に全焼した無人の家の写真だけれど」


 そう言って、出るわ出るわ写真が何枚も。全部で十二枚だった。


 見分けは付きづらいけど背景を見比べると一つ一つ別と言えるほどに違うので、この十二枚は全部別件なのだろう。


「…………えっと」


「これが全部半径10㎞未満の範囲で起こっていて尚且つここ一ヶ月以内で怪我人はゼロの全焼火災だ。君は怪しいと思わないかい?」


「これ、同一犯……連続放火魔ってこと?」


「そう!! その通りだよ影人君!! 素晴らしい観察眼だ!!」


「あ、ありがとう? ……いや適当言って誉めなくていいんだよ白板くん」


「俺は適当に誉めたりはしないよ、探偵だからね」


 いや探偵はそんな便利ワードじゃないけど!?


 言った本人は何故か自慢気な風だ。褒められること自体は別に悪い気はしないから良いけど、この状況で誉められて裏を感じないでっていうのは無理だよ。


 同じような写真見せられて誘導されたような気もするし、だいたい無理矢理のせようとしてるでしょこれ。


「そっか。探偵なら仕方ないね」


 僕はちょっとよく分からないままにそう返して続けて、「でも探偵ならまさかそんな素人の思い付く理由だけで連続犯なんて疑ってる訳じゃないよね」と。


 すると白板くんは喜色を浮かべて、また何かを取り出した。


「ああ! 当然、同一犯である証拠は既に出ているのさ。警察と協力して操作をしていた時に、こんなものを見付けてね」


 随分と黒く煤けたパンフレットだった。


 表紙にはデカデカとゴジラのタイトルのフォントみたいな文字で『源内第4研究所』と縦書きに印字されてるのが辛うじて分かるくらいで、白板くんはそれをペラペラと捲ってみせてくれた。中身は無事らしい。


「……ねえ、これ、現場で見つけたんだよね?」


「ああ、そうだね」


「持ち出して大丈夫なの?」


「ああ、そうだね。ダメだけれど大丈夫さ。誰も知らないからね」


「それダメなのでは!?」


「はっはっは」


「笑い事じゃないんじゃないかなぁ!!?」


「まあそんなことはどうでもいい。これか、これとよく似たそれらしき冊子が現場には必ず落ちていた。どういう事か、君には分かるかな?」


 どうでもよくはないんじゃないかなぁ……??


「理由、目的……そもそも被害者が居ないんだっけ。しかも誰も住んでいない廃屋を狙ってる」


「ああ」


「動機がよく分からないけど……あ、それでパンフレットを見せてきたってこと? 探偵がわざわざ答えに辿り着かせようとして提示した証拠ならそれが動機ってことになるよね」


「……その通りだけれど君もう少し俺の存在を無視して推理してくれないかな?」


 無理ですね。だって白板くん、確実に模範解答用意してるじゃん。


「犯人は源内第4研究所に何かしらの因縁がある人って事でしょ。名前からじゃそもそも何の研究してるのかよく分からないんだけど研究所って響きはなんかこう、ヤバイ雰囲気あるよね」


「研究者は裏稼業とかと無縁の一般職業だよ影人君。……この源内研究所というのは白光峰黒峰家の支援で営業してる研究所だから、恐らく警察の捜査の俎上には上がらないだろうね。それが黒であれ白であれ、触らぬ神に祟りなし、だ。」


「え、なんで捜査されないの?」


「かいつまんで説明すると昔に色々あったって事さ。黒峰家が警察組織を半壊させたとかさせてないとか、ね」


 …………マジですか、そのレベルなの? ヤバいとは思っていたけれど国家と争えるレベルなの??


 黒峰家が関係してるって事は、最初に言った通り『黒峰家の子飼いの探偵』という肩書きがある白板くんの行動は果たしてではないのだろうか。


「白板くんは──」


「ん?」


 いや、聞くのは止めておこう。きっと白板くんの事は僕なんかが気にしなくても大丈夫だよ。


「で、白板くんは僕にその、とかいう施設で何をしてほしいの?」


「影人君にはあの研究所からね────女の子を誘拐して欲しいんだ!」


 白板くんは悪そうな笑顔を浮かべてそう言った。


 誘拐。なるほど……誘拐。


 は!!? 誘拐ですか!? 正気かこの探偵は!!?


「はっはっは、よろしくね。影人君?」


 それ、笑い事じゃないんじゃないかなぁ…………?

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