ss06『黒峰藤乃の1日』

 ────四月某日。怪盗ノワールの朝は早い。


 夜闇を駆ける大怪盗(予定)、巨大資本家で裏社会を暗躍する黒峰家当主の娘。しかし、その表の顔は学校一の美少女、黒峰藤乃。


 本人的には学校一の称号はそれほど重要視していないが、自分の容姿が優れている自覚はある。化粧をせずとも、見られて困るような容姿ではないと思うくらいには。


 なので彼女は毎朝体力作りの一貫として五時に起床。サッと顔を洗ってから外を三十分ほど走って、帰ってきてから五分程度で髪を鋤いてついている寝癖を軽く整える。


 それから服がまるで珍しく友達来たけど部屋片付いてないけどってなって何とか物を押し込んだ時の押入れのようにぎゅうぎゅうに詰まったクローゼットの中から、制服を的確に抜き取ってパーっと家を出ていくのである。


「いってきまーす!! ……って、そもそも言う相手居ないんだけどね」




 駅まで徒歩五分、学校までは一駅。そんな距離の通学時間はまさに退屈────と言うわけではない。


(ふっふっふ……怪盗ノワールちゃんの活動計画を立てるのだー。まずは、そうだなぁ、仲間は十人くらい欲しいかなー、そしてー、そしてー??? まずは決め台詞だね!!)


 徒歩、電車移動、全ての時間に置いて怪盗としての活動計画を立てる構想妄想に費やしているのだ────。


『残金不足です。チャージしてください』


「えっ。……あっ、定期更新忘れてた!!!」


 大人しく券売機に電子マネーのチャージをしに行く黒峰藤乃。


(いくら怪盗と言ったって、こういうルールはちゃんと守らないとねー……フッフッフ……怪盗……)


 ……実に楽しそうである。




 そして高校に到着した彼女は教室へと向かっていく。すでに二年となって学校のなかでもかなり知名度のある彼女は道中たくさん話しかけられるが、それに対して欠かさず挨拶を柔らかい笑顔で返す。


「おはよー黒峰さん! 今日も可愛いね!」


「おはよーっ! ありがとね!」


「おはようございます黒峰藤乃」


「おはよーっ!」


「おはようございますお姉様、お手洗いはあちらです。ささ、共に……」


「おは、……えっ? いや別に今はいいかな……」


 最後のはさすがに無理だった。



 そして常日頃目立つ彼女は、教師からの信頼も厚い。今は数学担当の女教師に授業で配布する教科書を運ぶように頼まれているようだ。


「すまないな黒峰、名乗り出てくれたとは言え力仕事だ。大変じゃない?」


「いえ、このくらい。軽いですよ全然!……(怪盗ならこのくらい出来なきゃダメだからねー!!)」


 そう言って黒峰は笑った。それを数学女教師と、黒峰と一緒に運ぶように頼まれた生徒たちは少しばかり申し訳なさそうに見ていた。


 だって他の人は胸より少し高いくらいなのに黒峰だけ頭よりも高く積まれてるからね。理由は黒峰が無理矢理持ったからだけど。平均よりも大きな胸のせいで本の山が不安定なのも周りを不安にさせる一因である。


 ────尚怪盗は全く関係ないことは言うまでもない。



 ◆◇◆


 ────七月某日。怪盗ノワールの朝は早い。


「──────あ、しまった。そと、もう明るいや」


 黒峰藤乃はスマホのアラームで朝五時に優雅に起床……あれ、もしや徹夜ですか?


「またあのときの事思い出しちゃって眠れなかったや……あのときの碓氷くんはほんと別人かと思ったくらいにかっこよかったからね……三日寝れなくても仕方ないもん」


 本当に眠っていないようで目の下に隈。欠伸をしながら大きく伸びをする。まともに眠っていなくても、いつも通りの行動を心掛けるのが黒峰藤乃の流儀である。


 そう、というわけでスマホの待受画面が碓氷影人がコーヒーを飲んでる姿(碓氷くんブラック飲めてかっこいいなぁ)(無許可盗み撮り)(力作by黒峰藤乃)であり、画面上に表示されたアラームを操作して止めて。


 ────そのまま一時間が経過した。




「あああああああああ!!!!」


 思わぬ時間経過に戸惑う黒峰藤乃。気が付いたら日課の運動をする時間が消えている。


 なんというマジック。イリュージョン。あれ、もしかして寝てました!? 残念寝てないんだなぁ……。怪盗なのに時間を盗まれるとはこれ如何に。


 はてさて。過ぎた時間は戻らないので日課通りに顔を洗いに洗面台の前まで歩いていく。今までろくに気にしていなかった見た目にようやく最近凝り始めた黒峰藤乃。


 彼女は学校一の美少女黒峰藤乃。学校一の美少女である。重要なことなので二回言った。


 学校一の美少女なので、彼女は身嗜みのエキスパートであることは説明するまでもない。プロフェッショナルなのである。だって学校一の美少女なので。


「うわぁん!!! 寝癖が全然直らないよおおおおおお!!! ここおかしいし、ここ跳ねてるし、ここ曲がってない!? あああああ!!!」


 鏡の前は櫛やらドライヤーだとか化粧水だとか、雑多なもので埋め尽くされている。それはきっとプロフェッショナルたる黒峰藤乃にしかわからない、何かしらの拘りがあるのだろう。ただ単に散らかってるのだと断定するのはまだ早い。


「えっと、こういうときはたぶんこのハサミみたいなやつで挟んで……って、あれ? なんか焦げ臭くない?? っていうか焦げてない!!? あああああああああ!!?」


 ────そうして一時間が経過した。




「ああああああああああしまったあああああ!!! 遅刻するぅぅぅぅ!!!」


 学校一の美少女は足も速い。短距離走は学年トップ、去年の持久走でもトップクラス。せっかく整えた髪を振り乱して走っても、その顔が必死の形相を成していても十人中九人が振り返る美少女であるのは不変の事実である。朝御飯を食べ損ねても美少女である。


 くどいように感じるだろうが何度でも美少女だと言います。……そのうち誰からも忘れられそうなので。


「現金はチャージ済みだから大丈夫っ!!」


 改札を越えて、駅のホームまで全力疾走。走ったからか焦ったからか滝のように汗を流しながら、滑り込んだその先には電車が停まっていた。


「あっぶなぁ!!! 電車間に合っ────」


『ただいま、人身事故により運行ダイヤに大幅の遅延が起きております。大変申し訳ないのですが────』


「ああああああああもうっ!!!! 」


 はい。遅刻が確定しましたね。この女ひょっとしてずっと叫んでるな?? 喉大丈夫か??


 ────それから一時間後、ようやく動いた電車に乗って黒峰藤乃は登校した。




 黒峰藤乃はクラスでも人気者である。何せ学校一の美少女なので、ほとんど中心人物と行っても過言ではない。


「黒峰さんおはよう!!」


 電車通学の生徒が軒並み遅刻することはしょうがないのであり、仕方のないことである。廊下で並走(歩いてる)するクラスメイトに挨拶された黒峰藤乃は足を止めることなく、言葉を返す。


「あ、おはよ。やっぱりみんな遅れちゃった感じかー」


「そうそう……って黒峰さん足早っ!!!」


(ああ全力疾走したし汗とか臭くないかな、結構髪整えたのにまた散らかっちゃってるし寝癖とか残ってないよねうわ大丈夫かなほんと寝てないし隈とかないよね私前髪結構暴れてるかもっていうか後ろ髪も方々に跳ねてる気がするしあああああああもっと綺麗にできないのかな私は!!)


 手櫛で髪をがしがししながら高速移動する黒峰藤乃に追い付ける人は居なかった。本気で急いだ黒峰藤乃の足が速すぎるのである。


 それから唐突に教室の前で立ち止まり、目を閉じて大きく深呼吸。そしてスマホを取り出す。


(ええと、碓氷くんに挨拶。「おはよーっ! 碓氷くんっ!!」……元気な感じでいこう! その時の表情は笑顔……よしっ、これはたぶんおっけー、髪は……大丈夫かな? ダメじゃない? ううん……大丈夫かなぁ? )


 好きな人の前では最高に可愛い自分でいたい乙女心だろうか。教室の扉の前で固まった黒峰藤乃。


「あ……黒峰さんおはよう」


 おや、背後から地の文章すら見逃しかねないような誰かが黒峰藤乃へと声を掛けたようだ。


「おぴゃっ!!! ……お、おひゃょう……碓氷きゅん……///」


 凄まじい噛み方をして慌てたのか手元でお手玉する黒峰藤乃。隠し芸だろうか────いいや。すぐにガシャン、とスマホが床に落ちる音が響いた。


 固まる二人。


「か、怪盗だけにドロンでござる……?」


 顔を真っ赤に染めた黒峰藤乃がそう言って逃げ出した。自分で言っておいて何言ってるのか意味不明である。なんで逃げているのかもちょっと対面するだけで恥ずかしかったからで。


 尚怪盗は全く関係ないことは言うまでもない。そしてそれは忍者である。


「え、いやあの黒峰さん!? なんで逃げるの!?」


「きゃーっ!!」


「いやあのまってなんで悲鳴上げ、なんでっていうか速っっ!!?」


 黄色い声を上げて逃げる黒峰を三秒ほど追いかけて、碓氷はその無意味さを理解したので追うのをやめた。




 ────一時間後の休み時間、何故か「なんで追いかけてくれなかったの?」と膨れっ面の黒峰が碓氷に問い詰めた姿が見られたとか、見られなかったとか。




 ◇◇◇碓氷影人◇◇◇


「いやあ、今日は人身事故で電車止まっちまったのは災難だったなお前ら!!」


 そのお陰で朝のホームルームは時間が後ろに倒れ、授業の時間が一つ減ったのは喜ばしいことだ。うん。ぼくはそう思った。ラッキーだって。


 思えば今日はとてもラッキーだった気がする。朝偶然みたニュースの占いは一位だったし、自販機で辺りを引き、黒猫が道端でゴロゴロしてて可愛かった。靴紐が切れて人前で派手にスッ転んだりしたけど、黒峰さん見れたしプラス。プラスなのかこれ?? 不吉の予兆が幾つかなかったかこれ??


「だが喜べ、の時間だ!!」


「…………ついに来たかぁ……」


 僕は天を仰いだ。


 そして右を見て、左を見て、後ろを見て、先生を睨む。だってそれは黒峰さんの隣の席から剥がされると言うことに他ならない。それは不幸だ。正に不吉の象徴が示す通り。


 だが、待て。今日の僕は運勢一位。一位だぞ。『その代わり和服の女性に出会ったなら最下位』とか言われてたけど、そんなもの出会うわけもなし。つかその代わりって何、何故良い運勢に代償があるんですか??


 でもまあ、そんな都合悪く浮世離れした女と出会うなんてあり得ないしね。ないない。まっさかねぇ??


「…………まさかね」


 ……さて、と、ところでさあ? 何故か昨日までなかった席が一つ、この教室に追加されているのは、何で、なんですかね??


「せんせー、あの空席何なんですか?? だ、誰か転校してくるんですか??」


「ふっふっふ、よくぞ聞いた!! 誰だと聞かれたら答えてやるのが世の情け!! よし!! 入ってこい!!」



「失礼するで御座候、某は────」



 今日の運勢は最下位です。ありがとうございました。

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