ss04『科学者ちゃんの憂鬱』
「……ここにあったはずの液体、知らないか?」
「え、し、知らないデス。ええ!! 知らないですねぇ!! わ、私、ビーカーに入った黒くてコーラみたいな味の液体なんて見てもないから!!」
「飲んだのか……」
藤乃の反応が分かりやすすぎる件。以前から思ってたが、本当にこいつは黒峰家の怪盗にしてはいろいろ幼さが目立つ。
人当たりのよさは悪いものではないが、あの家の教育方針がスパルタであることを考えると妙だと思っていたが、試練の後に黒峰家へと誘拐されたところで漸く私も気付いたのだ。
……藤乃が黒峰家の連中からクソ可愛がられているってことがな。どうもこの女は黒峰家の試練の事すらなにも知らなかったのは本当の事らしく、まあ、わざわざ黒峰家に一から説明されるとは思わなかった、という話だ。
「ええっ、飲んでないよ!? そんな怪しい薬飲んだり────」
言ってる傍から藤乃の姿が消えた。否、私が藤乃を認識しなくなった。
「始まったか。高校生にもなって発明家キャラの作ったアイテムを本人が居ない間に使ってしまうなんて阿呆がいるとは思わなかったが」
(────してないよ!!! あれ、か、科学者ちゃん!!? あれーっ!!?)
まるで子供向けアニメのようなテンプレ展開、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
だいたい常日頃この部屋には迂闊に触ると危険なアイテムを置かないように注意しているが、私だって人間だし注意するにも限界がある。普通ビーカーに入った細かい気泡がぽこぽこしてる上に薬っぽい臭いまでつけた黒い液体飲むか?? 飲まねーだろ。なぁ? 飲まねーだろ?
(なんだかすごく美味しそうに見えて、気が付いたら飲んでたんだよね……うーん!! 私、ばか!!)
「……はぁ、藤乃。貴様というやつは何故そう迂闊なのだ」
……ああ、脱線したな。本筋は私が聞いた液体の事だ。アレは、飲んだ人間がしばらく人の意識から消える薬だ。
効果時間? 試す前に飲んだ馬鹿が居るから解らん。そもそも戻るかどうかもわからんしな。飲んだ馬鹿がどっかに行く前に一度扉を閉めて、その扉へ背中を預けて一本、自販機で買っておいた飲み物を開栓する。
「……」
(折角だから鈴音ちゃん呼んじゃおっと。私が認識されてないってことはいたずらし放題でしょ? なんなら二人が普段どんな話をするのか気になるからね。一応、お母様から「仲良くするように」って言われてるし……)
……あー。これだこれ。この独特の薬っぽさ。まさに知的飲料って感じだ。なんだか電話レンジ作れそうな気がして……いや、それは気のせいということにしておこう。ドクター○ッパーにそんな効能はない。
(科学者ちゃん、それ飲んでおいてその言いぐさはないよねー)
「ん?」
(えっ、なんでバレ……まさかエスパー……?)
なんか不本意なことを言われた気がする。気のせいではないような、そうでないような。まあどうでもいい。
「さて、藤乃。今何をしているか、今回の地の文担当は私なので描写されてないが、この部屋にまだ居るのだろう? 今何をしているのだ?」
(逆立ちしてる)
問い掛けてみるが、返事はない。誰もいないようだ。
いや、当然藤乃がいるのは知っているが、認識できないのだ。知らなきゃいないって思い込むぞ。そういうもんだ。
(って、なんか背もたれがわりにしてた機械が変な音を……え、なんで足を掴んで……?)
「…………まあ、どうせおとなしくしてないのだろうが。何故部屋の片隅に置いておいた『逆立ち助ける君四十二号』が激しく上下してるかは不明だが……」
(わきゃあああああ!!!? はな、離してええええええ!!!?)
その時、不意に背中を不快な振動が襲った。
「……なんで扉に寄り掛かってんの?」
「来たか貴様ら。碓氷が来るのは珍しい。鈴音が連れてきたのか?」
「そうよ、なんか偶然見付けられたからラッキーだと思って。経験値多くもらえそうじゃん」
「そうか? ……ああ、逃げ足早いからか?」
「珍しいって僕、週二くらいで来てるんだけど……。というかなにその反応、僕はぐ○メタルか何かなの?」
まあ概ねそうだな、と思ったので鼻で笑っておいた。一応この場に藤乃が居ることは伏せておこう、なんだか面白そうだ。
「だって藤乃と遭遇したら三
「それは……謝ったはいいけど、簡単に許され過ぎじゃないかなって思って……なんだか近付きづらいんだよ」
いや逃げるのに近付きづらいも何もないだろうが。
「はぁ……許すのに簡単も何もないでしょ? 大体どこが簡単なのよ、言ってみなさいよ」
「土下座一回で許されたところ」
「まさかそれで許されてラッキーだとか思ってたりするの?」
「それこそまさかだよ。酷いことをした自覚はあるし、今更僕が黒峰さんに対して不誠実な手段で距離を取ることはしないよ……よ?」
「じゃあ良いでしょ。……つかどうしたの碓氷? そんなにあの変な機械が気になる? でも科学者ちゃんの発明が変なのは今に始まったことじゃないでしょ」
碓氷はちらりと部屋の片隅でがこんがこんと動く逆立ち助ける君四十二号に目を向けて、驚いたように二度見してから露骨にその方角から目を反らした。
私もつられてその方角を見た。しかし何も居ない。
(あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! !)
だが多分……いや、居ないことを願おう。まさかな? そんな馬鹿なことは無いだろうしな?
「い、いや? 僕は何も見てないよ?? 二人も見てないよね??」
「「……??」 」
「えっ、マジっぽい反応……じゃああそこでジャイアントスイングされて女子と思えない悲鳴を上げている黒峰さんは……幻覚……?」
碓氷の発言は明らかに見えているやつだった。当たり前のように薬は彼には効いてないようだ。きっと今藤乃の姿が見えているに違いない。
「ああ、幻覚だ」
「なんだ幻覚か安心した」
だがそれはそれで面白いので肯定しておいた。
「で、その藤乃だが、貴様……切欠はなんだ?」
「きっかけ?」
「ああ」私は頷き返して「藤乃のことが好きなのだろう? どこから好きになったのだ?」
「あ、それ私も気になってた」
「へっ!? いや、なんで知って……」
「「バレてないとでも??」」
「……うぇえ? いや、あの? それ、言わなきゃ……だめ、ですか?」
「…………」
恥ずかしがるように顔を真っ赤にして俯く碓氷。ふと私はそんな碓氷のことをなんだか可愛いなと、そんな変な気持ちに襲われて。……なんだろう、この、胸に去来するもっと────
「いや野郎の恥じらいとか求めてないんで簡潔にお願いします。言え」
────……っ、な、なんか今私すごく変なことを考えていなかった、か?
考えていなかった? そうか、よし。
「うわっ、辛辣!!? ……い、言えばいいんだろ言えば!!」
「ああ」私は頷いて、二の句を告げ……。
…………。
「いや、やっぱり良い。他人の色恋になど、興味もない。そうだ黒峰藤乃」
(よ、呼んだ……?)
「いや、返事があったところで未だに効果は続いているからわからんが」
解除する方法は、実はあるのだ。
だってあれ、材料の主軸は碓氷の血液だから。
今藤乃が消えてるのは碓氷の能力と同質の現象なので、つまり碓氷に聞けばある程度軽減方法のアタリはつくのだ。まあ、急がずとも血を薄めたものがそう長続きする訳もない。
(えええええ……ぐるぐるされて酔った……ぅぇ)
それを伝えようとして────だが、口から出たのはたったの一言だった。
「しばらくそのままでいろ」
(ぇぇぇぇぇぇぇ……?)
「か、科学者ちゃんどこ行くの?」
「何度も言っているが科学者ちゃんと呼ぶな。碓氷。……ちょっと屋上で風に当たってくる」
気分が急に悪くなった。冷たく当たるように碓氷へと言い付けると階段を私は駆け上がった。
「え!? いや今外っ!! ……行っちゃった。すごい雨降ってるんだけど……」
────この後滅茶苦茶ずぶ濡れになった。
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