ss02『或る物理室での話』
ある六月の昼休み。僕が第二物理室に来たら科学者ちゃんだけ居た。
「────物理室でコーヒーを作ったら頭良さそうに見えないか?」
科学者ちゃんはそう言うと、第二物理室の備品と思しきバーナーと水を満たした五百ミリまで目盛りの刻まれたビーカーに、実験でバーナーとセットでよく見る三脚の台を取り出してその横に乾いたティーパックを置いた。
それからずれ落ちてたのか、ダテメガネをくいっと持ち上げた。どや顔でそのままティーパックを水に入れて加熱していく。中味は、思いっきりLipt○nって書いてあるし、紅茶だろう。
それを、ぐつぐつ。
ぐつぐつ。
ぐつぐつと。
「…………まずさ、どうしてそんなこと思ったの?」
仕方なく、僕は聞いた。科学者ちゃんは閉口して俯いた。
それから実験で撹拌するときに使う長めのガラス棒でゆらりとかき混ぜる。
からから。
かちゃかちゃと。
「だってほら、科学者ちゃんはそんな無理しなくても頭良いって分かりきってるじゃん」
科学者ちゃんは応えない。
「というかそもそもなんでコーヒーを作ったら頭よく見えるの?」
「……なんかこう量子力学出来そうじゃないか」
「ロジカルウィッチ(貧乳)……」
「ぼやかそうとして三巻のサブタイトルを呟くな。あとちゃんと伏せろ……ん? 今何か変なこと言ってなかったか? ひ、貧……?」
「いや言ってないですね」
「なら細かいことはどうでもよいだろう……碓氷はそういう……ラノベとか読むのか?」
「読まなきゃ反応できないでしょこういうネタ。なんで紅茶パックなの、突っ込み待ちだったりします?」
「そこは突っ込み待ちじゃないのだが」
いや突っ込み待ちじゃなかったらなんでコーヒーじゃなくて紅茶作って……あれ?
「……その液体、紅茶にしては黒くない?」
「最初から言ってるじゃないか。コーヒーだぞ?? 」
「うわすごい……」
いやでもすごいけど意味あるのかって言われたら困るやつじゃないか? だって普通にコーヒー淹れれば良いじゃん。パック詰めする意味はあんまり無いじゃん……?
「良いだろう? 紅茶をいれている気分になる上にカフェインも摂れる。完璧だ」
そう言いつつパックとガラス棒をビーカーから取り出す。まだ五分もしてないが透明だった水は影もなく、泥水みたいな色へと変わっていた。
そして、科学者ちゃんは手掴「うぉっあっっっつおあああい!!!!?」
──跳び跳ねた。
「あ、あああああああああ熱くないかいやそうだよなバーナーで直火したらそりゃあ熱いよな当たり前だよな当たり前体操だよな、うわあ碓氷代わりに持ってくれ飲むから!!」
「なんで!!?」
右手で持った。勿論素手どころか義手なので火傷するわけがない。それを見て科学者ちゃんは何故か考え込むように黙って。
「……一生私の右腕として仕えないか?」
「僕の右腕を勧誘しないでくれますか!? 製作者科学者ちゃんでしょ!?」
「いや、こう、熱さを克服できるのなら私も腕──」
「科学者ちゃん」
「アッハイワカリマスソリャオコルヨナ」
「……いや、別に怒ってないけど……自分の体改造する科学者ってありきたりだしやるなら止めないけど、腕落とすと物凄い痛いから気を付けてね。あ、一旦置くね」
僕は熱々のコーヒーを机に置いた。この義手、妹にもまだ実はバレてないんだよね。腕はもう絶対戻らないから、家族だし早めに打ち明けておきたいんだけど。
ってそれはまあいいや。科学者ちゃん、えっなんでそんな変な止め方するの?? みたいな目で僕を見てくるし。いや……科学者ちゃんのお陰様というべきなのか、義手になった後別に不便を感じる事がないし。
「あ。ところで科学者ちゃんは一番好きなラノベは何なの?」
「んむぅ……絶妙に困る質問だな、それは……すぐには考えつかないな」
そう言いながら科学者ちゃんは自前の鞄(ランドセルではない)から缶コーヒーを取り出した。MAXのやつ。
ほうマッ缶ですか、大したものですね。マッ缶は糖分が極めて高い(諸説あり)らしく活動前に愛飲する奉仕部員もいるくらいです。
ネタ振りなのかな。いや落ち着け普通そのコーヒーと青い背表紙のあの小説(本編全十七巻)と結びつけるのは無理があるよ。その発想は間違っている……!!
「まあそうだよね」
…………んん? というかそもそもおかしくない?
「ねぇ科学者ちゃん、このコーヒーどうするの?」
「飲むが?」
「じゃあその手にあるMAXのやつは?」
「飲むが???」
「……カフェイン大丈夫?」
「この程度で気にしていたらまともに生きていけぬだろ」
真顔でそう言って科学者ちゃんはビーカーを掴みとってコーヒーを一口。
「あちっ」
……科学者ちゃんは猫舌らしい。
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