間章〈隣の席が怪盗ノワールでした〉

ss01『ピンク髪の怪盗予備軍と試練の日』


 ────黒峰家の怪盗能力者は、黒峰藤乃である。


 黒峰家に縁がある者にとっては常識だ。そしてまた、その女が黒峰家の中でも若干のような扱いを受けていることは、知ってる人も多いのではないだろうか。


 ……そんなの知らない? まあ黒峰家の暗部の話だから、むしろ知ってたら驚きなんだけどね。


「『黒峰家の試練はその能力保持に相応しいかどうかを黒峰家が判断する為に行っているものであり、不適正と判断すれば怪盗能力保持者は。怪盗能力保持者はこの世に一人しか存在しない特別な能力であり、またその核は当家が所有するワルサーP38。この銃を取り返すことが出来ないのであれば、怪盗能力の所有資格はない』……黒峰家の試練の概要。耳がタコになるくらいには聞いた。聞き飽きたわ、それが?」


「今週にも黒峰家が執り行う旨の告知が出されていた。良かったな、透花とうか。努力が報われるぞ」


 淡々とした声で通話口から伝えられた言葉に私は思わず頷いていた。


「そうね……藤乃姉には悪いけど、試練落ちてもらわなきゃね」


 ────言いながら思い出すのは過酷な修行の日々。


『────藤乃ちゃんは写真ですらかわいいねぇ、それに引き換え下條の。お前はまだ鍵開け百も終わらないのか』

『────さっきの藤乃ちゃん……こんなおじさんにこんにちはーって手を振って……怪盗になんてさせちゃ駄目だね。あ、下條のガキはまだトラップタワー抜けてきてないの? これだから怪盗候補なんだあいつは』

『────黒峰の一人娘? スッゲー美人になってたよ。あれはヤバい。……下條のとこの? あいつは未だに盗聴器の隠しが下手だし、隠密行動しろって言ってんのにサーモで見つかるし、まだまだだね』

『────あー、透花ちゃん。また機械いじりやってるの? そうだ、私鈴の音様は今度配信始めることになったのだ!! 褒め称えよ!! ……え? なんで話したって? そりゃ、あの、透花ちゃん機械強そうだし自作PCとか……いいの!? さすが天才!!』

『────下條、お前は何をやらせても平凡だな。黒峰の一人娘と違って……』


 …………ああもう。


「どいつもこいつも藤乃姉の話ばっかしやがって……しかも肝心の藤乃姉には怪盗をやらせる気がないのか一切教育もしない!! その皺寄せは全部従姉妹の私に来てるってのがぜんっぜん誰も分かってない!! ひどい言葉浴びせられて、修行だなんだってミスったらボコられて!! 対して藤乃姉はのほほんと何の修行も課されずに暮らしてやがる!!!」


「落ち着け。少なくとも私は全部見てきたから知ってる」


 相変わらず平坦な声音が電話を通じて伝わってくる。


「これが落ち着いていられるもんですか!! ついにあの黒峰家に復讐できる時が来たんだよ……これで怪盗能力が私にさえ渡ってくれば、黒峰家の連中は私に平伏すはず……くくくくっ、その時が楽しみだよ。ね、親友?」


「……さて、土壇場で足を掬われないようにね」


「ふんっ、誰が掬われるもんですかってのー」


 ◆


 私がその日した事は一つ。


 ワルサーP38が寄贈された博物館に予告状を送り付ける。


「藤乃姉は普段から言ってるからねぇ、偽装は簡単……」


 計画通り、簡単に藤乃姉は捕縛されてた。そりゃあ警戒されてることも知らないんだもんね。


 ……いや格好で目立ちすぎでしょ。あの人。


「さて、たしか次は……私は通行証あるし、先回りしちゃおっかな」


 勿論通行証は偽装した。だってほら、私が現場に行くとまるで藤乃姉に死んで欲しいって思ってるみたいじゃん。


 ……まあ結果だけみればそうなんだろうけどさ。でも、うーん……。


 ◆


 地下一層で私は適当に侵入者を感知するアラートをハックして、来る前に既に警備を臨戦態勢にさせて下へと向かった。


 ぐんぐんと私は下へと降りていく。どうやら私が別で警備ロボに仕掛けたカメラやセンサー類には反応があるので、いい勢いで降りていってるようだ。


 侵入者は一人だけど……なんだろう。たまにセンサーが見失う……? なにこれ。こんな反応のしかた普段しないのに。


 ま、いっか。藤乃姉の顔を見────っ!!?


「──ええ、やはり警備カメラには映ってないようですね。……仕方ありません。五層の椿の様子を見てきてください」


「はっ! わかりました!!」


 私は声を聞いて物陰に隠れた。今の私が本気で隠れれば何もない廊下ですら見つからないことは出来るのである。それでも冷や汗が垂れるのを感じた。


 …………なぜここに黒峰家当主とが……?


 変装に変装を重ねているけど、私にはわかる。あれは……黒峰家のだ……!!?


 藤乃姉の祖父、それがなんでこんな、わざわざ黒峰家の試練を見に……?


「……フッ」


「────!!?」


 こっちを見て、笑った気がする。いや、まって、私がここに居るってどうして気づいて……!!?


 いや、落ち着いて。あの地獄の日々を思い出せ私。


 ────ワニが敷き詰められた部屋に二時間ブチ込まれた時。見つかったら死ぬので木に化けたら甘噛みされたあの時は死ぬかと思った。


 ────手足を縛られて海外の博物館のスタッフルームに置き去りにされた時。無許可な上に何故か寄贈物を手に括り付けられてたので見つかったら即…………死。あのときは、殆ど何をしてたか覚えてない。壁……そう、私は、壁だった気が……うっ。


 っ、はぁ……ぉぇ……。


 思い出したらガチで吐き気がしてきた。……うぉぇ……。ねえあたしはなんで、どうしてこんなめにあわなきゃいけなかったの?


「……はーっ、はーっ、はぁっ…………あれ?」


 気付けばあの人達は視界から消えていた。あれ、まあ、よかっ……どこ行った???


 えーっと、もしかしてそろそろ、刻限なのかもしれない。ちょっと早い気がするけど、藤乃姉の監禁部屋には心当たりがある。すこしまだ、心が落ち着いてない気がするけど、そう言って邪魔のタイミングを逃したら最悪だ。


 はやくいかなきゃ。


 ◆


 私はずっと、黒峰家を壊したいと思っていた。


 藤乃姉贔屓なこの集団に。私ばかり酷い目に遭わせてくるこの下らない奴らに。黒峰家のスパルタ教育を受けてありとあらゆる技能を修得して生き残ってきた私はその力と怪盗能力を利用して、復讐する。


 そのつもりだった。


 そうして、私は監禁場所に二番目に辿り着いて。


 ────彼が来た。


 ◆


 だというのに。


「あああああもう、仕方ないなあああああああああああ!!!」


 私は、侵入者である少年の真っ白な服が朱に染まるまで何も出来なかった。


 黒峰家当主が、その彼の右腕に押されて尻餅を付く。肩から離れた右腕は、当主の横をぐるぐると回転しながら通り過ぎていく。


「────ッッッ!!!」


 当主は少年を理解できないといった風にぽかんと眺めていた。自分の命を救ったということにすら、もしかしたら気づいていないのかもしれない。何故なら直接斬られたのではなく斬られたのだから。飛ぶ斬撃とでも呼べるそれには、私は心当たりがあったから。


 ゴロゴロと苦痛を訴えるように右肩を抑えてのたうち回る少年。


「……二度、某の邪魔をしたか。名は何と言う」


「────!!」


「……激痛で答えられぬか。仕方なし、本命を全うした後介錯してやろう」


「待って!! 椿!!」


 私は、走りながら叫んで彼女と少年の間に割り込んだ。


 彼女は誰か私はよく知っている────だ。


 黒峰家の懐刀、右衛門。護衛だけでなく後ろめたい仕事も黒峰家に絶対服従でこなしている、黒峰家の切り札。彼女はたしか、私よりも一つだけ年上で、多少の面識はあったはずだ。ああでも修行でしか関わりがないから、私の思い出は斬られそうになったものしかないけれど。


 でも何故? あの斬撃は、彼が間に入らなければ当主を両断していた。黒峰家の懐刀である右衛門が何故。


 それと、私はなんで間に入ってるのか。黒峰家の試練は大詰め。私は藤乃姉を追うべきじゃないのか。


 ぐるぐると、思考が空回りする。わからない。何故この少年に応急処置とばかりにマントを千切って巻き付けた? 何故私は両手を広げて立ち塞がった?


「誰かと思えば下條の。黒峰藤乃は追わないのかのう?」


「い、今さら追っても無理でしょ。それより椿さん、自分が今なにやってるのか分かってるの……?」


。それだけだがのう、下條の」


「裏切り者……? この人は黒峰家の当主、裏切るもクソも────」



「────あるんだよなぁ。だって俺様の意思に反するんだもん」



「黒峰の翁……っ!!」


 悠々と歩いてきた中年くらいの男。気配で分かる、その男がまさしく黒峰藤乃の祖父。黒峰の翁と呼ばれる男。当主を引退して久しいはずのこの男が黒峰家の今の実権を握りっぱなしでも私にとっては不思議ではない。


「おうおう、いきなり睨み付けてくるなんて。昔は『おじさま、おじさま』なーんて目をキラキラさせて俺様の話をせがんできた子とは思えねぇよ」


「今はそういうのどうでもいいでしょ!!? 今となってあんたの目的を知ってる!! そんなことこの先一度たりとも言わないんだから!!」


「おーこわこわ。にしても下條透花がこんなところに来てるなんて、ひょっとしてお前藤乃殺しに加担してくれようとしてた?


「……っ!!」


 まさか、藤乃姉を逃がそうとした……? どうやって?


 ────私は部屋をちゃんと見ていなかったからこの時気付いていなかったのだ。


 でも、その手口に気付いてる人間はいた。そして、その粗にも。


「…………ねぇ……ピンク髪の人……」


 か細い声だった。どうやら痛みが落ち着いたのか、左手を地面について、立ち上がろうとしているみたいで、私はそれを止めようとした。


「ま、待ちなさい!! 安静にしてて!! 君かなり血を失ってるでしょ!!」


「……知った……か。どうせ今口答え……しなきゃ……全員死ぬよ……」


「ほぉ!! 腕吹っ飛ばされといてそこまで頭回るとは良いなあ碓氷影人!! そうだ、今のところ裏切り者に加担する二人って構図だからな、俺様の指示一つで首チョンパさ」


 翁が煽るように叫ぶ。わざわざ解説する辺りまだこの人には遊びがある気がする。


「何せ黒峰家にとって怪盗能力は必須。俺様はその能力であらゆる他の能力を集め、痛苦を克服し、事業的に活用して白光峰を世界一の企業にしてやる。所謂世界征服だ、いいだろー?」


「幼稚な目的、下らない目的だよね、ほんと。」


「あ? いいのか透花ぁ? お前らにはそうやって皮肉ってる余裕すらないはずだろぉ? なあ椿?」


 けど言うとおり余裕はない。勢いで飛び出してしまった私にはとても打開策なんて浮かんでない。だからウスイと呼ばれた少年の言葉を待った。


「だと思った……でも、……でしょ?」


「ほぉ!! それはどういう事だ??」


「……だって、ほら、この人が裏切った証拠……ええと……裏切ったなら、黒峰さんは今もう……そうじゃない?」


「へぇ、なぜ裏切ったら藤乃は死ぬんだ? おじいちゃんわかんない!!」


 馬鹿にしてんのか???


 私はそう思ったが言わないし顔にも出さない。修行させられたので。


 ウスイはそこでぼんやりと焦点の定まらない目で地面を見つめ始めた。やばい。たぶん危ない。


「つ、つまりあれでしょ、裏切るも何も、藤乃姉は地上に出ることで怪盗能力の資格を証明したことになるじゃん? 黒峰家の連中は藤乃姉に怪盗をさせたくない、と言うことはほら、ここでってことっしょウスイ頭いいー!!! だってどっかに裏切り者がいても、その思惑も外してるんじゃ裏切り者はいないよねぇ? おじいさま?」


 超早口で言い切り、私は直ぐにウスイを担ぎ上げた。


「……ま、納得しといてやろう。椿、引き上げるぞ」


「斬り捨てずとも良いので御座るか? 万端であるが」


「いいさ、今回は、な?」


 そう言って二人は引き上げていく。


 ◆


 ────それからは知っての通り、私は改造済みバイクで爆走して当代の源内の元へと向かった。


 どうやら、駆け込んだ先は個人経営のカフェらしく、二階で源内はウスイの腕を治療してくれたようだ。


 そうして源内が降りてきた頃には藤乃姉も鈴の音も居なかった。さすがに遅い時間で、藤乃姉は自宅に帰りにくいからと鈴の音の家に一緒に向かったと聞いている。


「で、ピンク髪の」


「下條透花よ。で、ウスイは助かる?」


「……ピンク髪の。よかったのか?」


 変える気はないらしい。別にいいけど。


「答えて」


「貴様こそ。貴様の事だ、現場に偶然居合わせたんじゃなかろう。貴様は運命にはとことん見放される性質たちの女だ……藤乃は憎かったのではないか?」


「……まあね。でも、ウスイを見て、ちょっと考えちゃった。だってウスイ、どう見ても素人の動きなんだもん。きっと百日かけてもワニにも勝てない」


「いや普通ワニには勝てないと思うが」


「私は勝てるけど」


 断言した。今の私なら百日どころか百秒でやれる。


「お、おう? まあ、碓氷に関してはギリセーフといった感じだな。腕は義手になるが、潜入させたのは私たちだ。聞く限り余計なことに首を突っ込んできたんだろう? 自業自得……とは言い難いが」


「私ならきっと、ちゃんと守れたはずだからね……源内。、ウスイに免じてこの辺にしといてあげるわ」


「もう行くのか? 碓氷が目覚めるまで待ってもいいだろうに」


「行くわよ、だって私は藤乃姉からいつか怪盗能力を奪って黒峰家に復讐するんだもん。だから敵同士。馴れ合いは不要、分かった??」


「お、おう? そうか? まあ、達者でな?」


「そうね。ふふん、次会うときは容赦しないわよ」


 私はそう言って、カフェをあとに────



「なあお嬢ちゃん、床の血が取れないからクリーニング代を請求してもいいか?」


「えっ」


 ────無理だったので働いて返すことになった。


 不幸だ。いや、ウスイのせいだ。うう……。

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