第十九話『怪盗ノワールといつものカフェで』
◆◆◆皐月鈴音◆◆◆
『私黒峰藤乃!! 元気です!!?』
「元気かどうかはどうでもいいっ!! 勝手に、勝手に行動しおって!!! 貴様のせいでどれだけ私達が ……いやあの男が苦労したか!!」
車は廊下を爆走している。先生の車は4人乗りの軽車両だから、通路を無理矢理走ることは出来る。
が、そもそも屋内に車が突入するのはおかしな話である。
「つーかこれ浮いてねぇか? そんな車買った覚えはないんだが」
「安心しろ、改造した」
そうは言ったけれど、これまでずっと科学者ちゃんはスマホを弄っていた。
そして突然車に増設された装備で道中警備を蹴散らしながら奥に進んでいるのだ。なんなら壁すら削っている。
これで前科持ちになりたくないなんて言い出すのはさすがに今更過ぎるだろ。
「これが黒峰の試練じゃなきゃ直ぐに塀の中に叩き込まれそうね」
「試練の間、何をしてもいいと聞いているからな。後で元通りにする。教師、今は迷わず進め」
「あぁくそ!! そうだよなぁ戻してくれよこいつは新車なんだ!! そんで確認するが黒峰藤乃拾ったら撤退、それでいいよな!?」
「おい待て、碓氷はどうするのだ!?」
『えっ、何!? 聞こえない!!』
藤乃の声がした。そもそも私達の誰もマイクの近くで話していないからどの辺りが聞こえてるかもわからない。
「藤乃貴様はさっき言ったルート通りに全速力で上に昇ってこい!!」
科学者ちゃんはそれだけ叫んで、大きく溜め息を吐いた。
「で、教師。貴様の見解を聞こうか」
「なんで俺より偉そうなん? ……いやまぁ、貢献度で考えりゃ俺車出してるだけだが、見解? 碓氷よりも試練の達成が最優先だろ、達成さえしちまえば黒峰は俺達に手出ししねぇはずだし。違うか?」
「そうに違いはない……が、あの男を下に放置してもいいのだろうか。通信が滞っておって向こうの様子が分からんのが、どうも嫌な予感を誘うのだ」
「科学者ちゃんが嫌な予感だぁ? 科学っぽくねぇ事を言うなぁ」
「……そもそも私は物理専門で科学は専門でもなんでもないのだが」
「そしてそもそも発明はほぼ異能力頼り、と?」
「いや鈴音、それは違うぞ。そうじゃない。一度作ったもののデータをアーカイブから引っ張ってきているのだ、ちゃんと一度作ってるのだ。製作自体にズルをしているというイメージを持たれては叶わん」
誰が持つんだよそのイメージ? とか、思われても別によくない? とか思ったけど言わなかった。
「……〈空想筆記〉、だっけ?」
「仮に。仮に名付けるならそうなるが」
本当ならもう少し凝った名前にしたかったと言わんばかりに科学者ちゃんは嘆息する。
「私の場合、このスマートフォンに突っ込んである3Dデータを元に空間に」
「あ、アレ藤乃じゃない?」「おっ、そうだな。黒峰だな、おーい!! 減速するからドアから飛び込んでこい、さっさとずらかるぞ!!」
「話を聞……貴様ら……はぁ……」
「よいしょっと!!」
助手席のドアを蹴り開けた先生の声に従って、藤乃はスマートな動きで車に飛び乗ってきた。この女、頭の出来はともかく、運動神経は良いのだ。運動神経は。
「よっしゃ帰るぞ!!! どっか適当にお前ら掴まってろよ!!」
「急いで、なんか追っ掛けてきてるから!!」
藤乃は言って。私は後方を振り返り、ぎょっとした。
人型ロボットの大群が横に広がって追いかけてきていたからだ。ロボットの手には警棒のような棒状の武器。
「あれは……汎用警備ロボ
「ねぇ逃げんのは異論ないけど本当に車元に戻せるんだよな??? な??」
ガガガガガガガガ──ッッッッ!! と車の両側からけたたましい音と振動が伝わってくる。
浮いてるからかな。車は勢いよく真っ直ぐに階段を滑って上っていく。
「とにかく幾つか使えそうな武装を車に取り付けた!! 自動で迎撃はするが……期待するなよ、一撃で壊せるほどじゃなし、あのロボットの数じゃ弾薬無限でも逃げる方が早い!!」
「なぁ元通りになるんだよなぁ!!?」
「戻せるからガタガタ言わずに運転に集中して全速力で上向かえ駄教師!! あ、クソ、あのロボ射撃特化か、鈴音、これもって窓からアレ撃てるか」
「えぇ、まあ。失敗しても文句言わないでよ?」
「あ、私もやるよ。捕まってたしさ!!」
「信用ならんが、まあいい。どうせしくじったら車は地上まで保たんからな。スイッチはそこの真ん中らへんに付いてるから、三秒長押しな」
私は科学者ちゃんが発生させた筒を預るとその筒を担いで窓から頭を出した。ガンキャノン、あるいはカメックスみたいに大砲を両肩にくっ付けたロボットがいたのでそれに照準を合わせてスイッチを長押しする。
1、2……ボカン!!
ああ、急に車がカーブしやがった!! 逸れた弾頭はすぐ横の壁面で爆発!!
「うぉあああああ!!? あっぶねぇ!!!」
「チッ、運転が悪い。私のAIMは悪くない」
「扱いがひどくねぇか!! 俺の!!」
「よーし命中!!」
藤乃はちゃんと当てられたらしい。後方のロボットが複数体爆発したのが見えた。
爆風をバックに、爆走する車。そして仮面を押さえてポーズする藤乃。
「ねえこれすごく怪盗っぽくない!!?」
────この女、元気だなぁ。
◆
そして脱出成功。
ものの見事になにもなし。脱出と同時に車の装備が全部ぶっ飛んで敷地内を散らかして帰っていく。
私のスマホに完敗の旨のメールが届いていた。今日は何もなかった。そういう感じの、つまり問題ないってことで。
よし、終わり!!
「────……とは、ならないわけで」
「碓氷をどうするか。仕事の後始末をしに行ったあの駄目教師はどうでもいいが……」
「ところで黒峰藤乃は?」
「そこ」
科学者ちゃんが指差した先の机には突っ伏して眠る黒峰藤乃。
「……マジ??」
「あぁ、『ぜったいあんぜんな場所がある!!』ってこのカフェまで案内してすぐ、ぐっすりさ。店で寝るな、とも言いづらくてな」
「────そうか、絶対安全たぁ嬉しいことを言ってくれんじゃねぇか藤乃は」
厳つい顔つきのマスターが、私達の席に近づいてきた。
「(なあ鈴音? 碓氷が道中会ったマスターというのはこの男なのでは?)」
「(え、声違くない?)」
「(そうなのか、じゃあ、カフェ違いか……?)」
戸惑っている科学者ちゃん。でも何度思い出しても声が違う気がする。
「で、今日はどうも騒々しい感じで、しかも時間がいつもよりも遅いみたいだが何かあったのか?」
「……ええ、ちょっとあの女のせいで散々な目に」
「ああ、嬢ちゃんはまあ黒峰だからな。トラブルを呼び込む運命にあるもんだ。まあ、大変だと思うが助けてやってくれないか?」
……なんでそれを!?
「なぜ、知って……?」
「嬢ちゃんのお祖父さんと知り合いでな。関係者って奴だな……どうした? カフェの経営者が黒峰の事情を知ってるのがおかしいか?」
「……失礼ですが、一つ聞いてもよろしいか?」
科学者ちゃんが問う。
「────いや、俺はずっと店番してたぜ?」
「「…………」」
科学者ちゃんはどういうことかいまいち分からないと言わんばかりにこっちを見てくる。いや、私を見られてもわからない。
というか、また外が騒がしい。バイクのけたたましい排気音が聞こえて、私は外を見た。どうやらこの店の前に止まったようで、外から感じの悪い女の叫び声のようなものが聞こえる。
そして、それは近付いてきて、ついにこの店までやってきた。私はそれをやだなぁとか思ってたけど、マスターさんはウキウキの足取りで入り口に歩み寄っていった。
「あ、また来客。いやあ、いいなあ今日は一杯来てくれるじゃねえか。お、あんたは一ヶ月ぶりじゃ────」
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