第十八話『怪盗ノワールと救出』
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
「…………どうして、こんなところにいるんですか?」
「わからねぇか? ちっとばかし潜入してんだよ」
「カフェのマスターがですか?」
「カフェのマスターが、だよ」
地下六階の廊下。ばったり遭遇したその人は僕の質問を否定せず、そしていきなり僕を殴り飛ばした。
「ったぁ!? いきなり何を──」
床に転がる僕、殴り飛ばした張本人は拳を構えて見下ろしている。
「何を? 監視カメラに不審人物と俺が映っちまっている。こちらとしては制圧という手段を取らざるを得ない。なにせ、こちらは一応警備員として潜入しているからな」
「……そうですか」
僕は下半分が割れてしまった仮面のズレを整えつつ、。
「俺は少し見直したぜ? こぉんな危険な場所、生半な気持ちじゃ踏み込めねぇ」
いや八割勢いと事後承諾で踏み込みましたけど???
「何せここは日本の政治家を避けて通るグレーゾーン、黒峰家、その心臓部。単独で潜り込むとはなぁ、流石だなぁ、なぁ? 碓氷影人??」
『その男、カフェのマスターだと言っていたか。何故たかが一客の名前を知っている?』
わかんない。科学者ちゃんも黒峰さんが喋ったのかもしれないし、元から調べてたかで知って。
『碓氷、さっきそいつ何か機械を操作してた……下手に発言して録音されてたらとても不味い。それに折角仮面してるんだから偽名で通して』
折角ってなんなの皐月さん??
え、偽名? 偽名って……ええ? 思い付かな……あ。
「う、碓氷影人? 誰のことかな? 俺の名前はノワール。この通り格好は白いが、名は
「ぶふっっ!? へ、へぇ? か、怪盗ノワール、ねぇ? 」
……え。いや、あの、笑わないでもらえますか。
『何故その名前を名乗った?』
「(とっさに偽名って言われても他に思い付かなかったの!! なんかわるい!?)」
『その割にはちゃんとした台詞だったじゃん。ひょっとして考えてきてたの? ご、ごめんね……?』
笑いながら謝らないでよ!!? 皐月さんまで馬鹿にしてきたね!!
「まあ、この際お前が何者を名乗ろうがどうでもいい。俺はこの下の管制室に立ち寄って、そこでちょっとばかし五層の助太刀してこいと命令されてだな」
「それじゃあ僕……じゃなかった俺の味方してくれないんですか?」
「正直なところ、それもありだとは思ったが……〈不審人物と遭遇、戦闘を行うも取り逃がす。命令通り五層へ〉……あの層には頭の固いお嬢ちゃんが居る。真っ当に戦闘になれば素人に勝ち目はない、話を通しておいてやる。どうだ碓氷……いや怪盗ノワール? 悪くないだろう?」
『五層の、というのは?』
「(暗闇の中で刀横に置いて正座してる女の人がいたの)」
『なんじゃそりゃ』
科学者ちゃんの問いに簡潔に答えると普通に驚かれた。まあそう思うよね。僕も思った。なんだったんだろうアレ。というか勝ち目無かったんだ……。ん? そもそも信用していいのかなぁ。どうなんだ?
『貴様に任せる』
『どっちみち先生が轢いてk『轢かすなっ!! 俺はまだ前科者になりたくねぇ、安全策だ!! 帰り道、どうせもう一度会うんだろ? 信用できるなら従っとけ!!』
『いやこの状況でそれは今更だと思うが……。碓氷影人、帰り道もあるのだ、それもアリではあるだろう。何故その男が素直に命令にしたがっているのは専ら疑問であるところだが、まあ側に置いておくと土壇場で裏切られる可能性が存在するのもまた頭に入れておけ。安全を第一にな』
安全策。安全策か……。
「なら、まあ、わかりまし……わかった。それでいい」
「おう、いい判断だ。じゃあ急げよ。そこの角を曲がって、二つ目の扉に入れ。そこに、お前の目当ての宝があるぜ。礼は要らねぇ、さっさと行ってやれ!」
「ありがとうございますっ!!」
「頑張れよ!? 成功したらうちの店貸し切りにしてやるからな!!」
◇
────部屋を覗き込んだら黒峰さんによく似た美人な女の人が黒峰さんに拳銃を突き付けていた。
────気が付いたら拳銃の銃身を握ってその銃口を黒峰さんから逸らした瞬間銃が暴れた。
「あっぶなぁっ!?」
目の前どころか手の中で銃弾が飛び出したのを見て思わず叫んでしまった。うわ決まらないなぁ『実の娘を撃ち殺そうとするなんて、良い趣味持ってますね。黒峰家当主様は!!』………………?????
あれ? 今の台詞誰が言ったの?? 僕の声に聞こえたんだけど???
「何者ですか!!」
「『まったく、困った子猫ちゃんだね。こんな奥深くに迷い混んでしまうなんて』」
驚く女の人。歯が浮くような台詞が聞こえる。これ僕の声に聞こえるんだけど、絶対僕が言えない台詞だから凄まじい寒気がすげぇ!?!?
『という訳で碓氷、皐月の声に合わせろ』
「って何を言ってるの!?」
「『でももう大丈夫だ、黒峰藤乃。怪盗ノワールが来たから、ね? さあ手を取って』」
「ひ、ひゃい!?」
いやまてまてまてまて!!!? 何言って、ああもう、手を伸ばしますけど……って、黒峰さんもなんで真に受けたように手を伸ばしてくるの!???
うわ手柔らか……っ!?
「待ちなさいっ!!」
拳銃を向けてくる女の人から庇うように黒峰さんを抱き抱える。
そのときふと、先程銃弾が突き刺さった壁面が視界に映った。真っ白な壁、小さな穴、そして赤黒い────
「『待てと言われて待つ怪盗が居ると思うかい? 答えはノーだ。こうして目当てのお宝も戴いたところだからね……?』」
……あー。だめだ。いま何か纏まりかけたのに。
女の人からの静止の声。その上、また気障ったらしい台詞が返される。完全に思考が途切れた。
っていうかこれもしかして皐月さん?? ええ?? マジ??
「おたから……?」
『碓氷、ここでウィンクだ!!』
は? え、えぇ? 何でぇ?
「『キミの事さっ☆』」
僕も合わせてウィンクしてみた。
…………いや仮面で見えないんですけどね!? 科学者ちゃんも何させてんの!?
「へぁっ!?」
────黒峰さんは顔を真っ赤にして身を縮こまらせていた。瞳も潤ませ、まるで……怖がってるみたいな……?
まあそりゃあそうだね。まだまだ安全でもなんでもない。僕は怪盗ノワールを名乗った事で味方であるという意識くらいはあるだろうけど、だからってすぐ安心出来るわけもないし。
「待ちなさい!! このままでは計画が……っ!!」
女の人が部屋から出てくる。その手には拳銃とは別に何か握られている。
スマートフォンだ。拳銃をしまって操作を始めている。
「源内の力を借りるのは業腹ですが……娘のためであれば仕方ありません」
「………………娘。ではあなたが黒峰さ……このお嬢さんの母君なのですね?」
「ええ。そうです。だから、どこの馬の骨とも知れない男には娘は渡せません。あなたもそう思いますよね?」
「……そうかもしれませんね」
僕は質問をしながら
金属製の手錠を豆腐を箸で潰すみたいに簡単に壊せるのが、アホみたいな名前に反してガチ過ぎる。こわいよこれ。
「話が分かる方ですね。では、娘を返していただけますか?」
「俺は怪盗だ。彼女は宝石にも勝る価値のある女性だ。返せと言われてはいそうですか、とはならないさ」
「そうですか。言うと思ってましたから、当然手を打ってありますからね。怪盗?」
────ゴゴゴゴゴゴ
『……こんどは何の音』
「(ティラノサウルスみたいな二足歩行のロボットが廊下の奥から出てきた、高さは二メートルくらいで長さは倍くらいの)」
僕は黒峰さんを優しく床に下ろして、彼女の手に予備のインカムと予備の武器を一つ渡す。科学者ちゃん謹製のサブマシンガンである。
「君は君の仲間の声に従って走って上の階に行くんだ。出来るかな?」
「え、でも……あなたは……」
『おい、碓氷? 貴様、何をしてる、何のつもりだ??』
「(いやだってあれ変な銀色の煙口から吐いてるし、歩いてるというより足のローラーっぽいやつで動いてるし、目が光ってるし節々から虹色の光が漏れてるんだよアレ。なんで光ってるの? ゲーミングティラノ?)」
僕の様子に黒峰さんは戸惑っているのか、手にインカムを握り締めたまま固まっている。そんな彼女を背に庇って前に出る。
「どうした? 君も怪盗ならお宝を手にした後何をするか、分かるだろう? 建物の構造や
「…………はい、怪盗ノワールさま……」
黒峰は遠慮がちに頷くとインカムを装着してくれた。
「させませんよ、行きなさいゲーミングティラノmark17!!」
あ、本当にそんな名前なんですかそれ。
「それはこっちの台詞だよ」
命令と同時に思い切り身を仰け反らせたゲーミングティラノとやらに向かってレーザー光を打ち出すが、ティラノの口から漏れる銀色の煙が光を撹拌させた。ノーダメージである。
そして銀色の煙が勢いよく廊下に撒き散らされる。思い切り後ろに走ってその範囲から逃れる。
『おい、貴様どういう状況なんだ!!? こちらは五層まで侵入したぞ、返事しろ!!』
「黒峰さん頼んだよ。僕の事はいいから」
『違うだろ!? おい、撤退だ撤退!!』
更に先を黒峰さんが走り抜けていくのを確認して、僕はその場で反転した。
「降参するなら、早くしなさいな。ちなみにこの下の階は警備ロボットの倉庫です。その意味、わかりますね?」
「それはつまり、ここに侵入者が居れば全部ここで止まる。そういうことかな?」
「いいんですか? あなたは今助けに来たつもりなのでしょうが、私の娘を苦難の道へと引きずり込もうとしているのですよ!?」
『何を言って────ザザ──ジッ──……』
「…………ああ、そういうことなのか。変だなとは思ってたんですよね」
わかった。あのまっさらな部屋の一点、弾痕の周りに広がっていた赤黒い液体。
まるで弾丸がぶつかった場所から血が飛び散っているかのようなそれ。
額を狙っていた銃。
答えは一つ────殺すふりだ。ポーズだ。あの部屋には監視カメラのようなものは何も見えなかったが、何かしらの監視はあったのだろう。
そして、今、インカムからの音声が砂嵐と化した。
「気付きましたか」
黒峰さんの母親が呆れたように肩を竦める。違う。あなたと僕の考えは違う。
「そうですよ、愚かな怪盗自称者。あなたは間違えた。怪盗なんて、やっていいことなんかなかったのですよ。無意味です」
ああ。それは同感だ。たしかに黒峰さんを助けるのであれば、もしかしたらなにもしなくても彼女は助かったかもしれないし、怪盗に関わることもなくなったのかもしれない。その方がいいよね。
でも、僕がここに来たことは無意味じゃないはずだ。一応、この人は黒峰さんの母だし、娘を想う気持ちで行動したっていうならそれはきっと貶されるべきじゃなくて。
「だって、あなたが何もしなかったなら私が娘を、」
「────やれ」「承知ッ!! 柳桜流居合い
そのとき、後ろから声が聞こえて。
「ああああああもうっ、仕方ないなああああああああああああああああああああ!!!!!」
────聞こえる前には僕は前へと飛び出していた。
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