第十七話『怪盗ノワールと黒峰藤乃』
◆◆◆黒峰藤乃◆◆◆
『────なぁ、僕をそんなのに巻き込まないでよ。どっか行けよ。迷惑なんだよ────』
あの日のことはあれから何度も思い出した。
わたしは、碓氷くんになにか、いけないことをしたんだろうか。
あの銃を見せたのも、制服に着替えて見せたのも、碓氷くんに喜んでほしかったから、なのに。
でも、なんか無理矢理口に出したみたいな、そんな風にも見えて。もしかして本心じゃないのかも────なんて期待なんてしちゃって。
でも実際に碓氷くんとはそれから一言もちゃんとしゃべれなくて。
そうやって答えのでないまま、私は三週間ぐらい悩んでいたと思う。
……長いね。私もそう思う。
◆
「ねぇ、黒峰。碓氷どこか知ってる?」
「……へ? 知らない、けど」
伊澄さんが話し掛けてきたのはある日の放課後だった。何故かいつも碓氷くんの机を椅子がわりにしているこの女のことは、碓氷くんの席が隣と言うこともあって嫌でも目に入ってくる。
あんまりいい人とは思わないけど…………もしかしたらあの日の碓氷くんが何であんなことを言ったのか知ってるかも。
……でもなんて聞いたらいいのかなぁ。
「やっぱ黒峰でもダメか。ここ一週間また姿が見えないんだよ、最近はちゃんと見えてたのに……」
伊澄は明らかに落ち着きを失った様子でカツカツと細い指で机を叩いていた。
その机にはまだ鞄がかかっていた。
「ん? 見えないってどういうこと?」
「逆に聞くけど、ここ一週間で碓氷の事見た?」
「見たけど」
「やっぱり見てないよね、あいつ。はぁ…………見た!?!?!?」
……何驚いてるのかな。碓氷くんの影は薄いけど、平然と無視されてることは多かったけど、それでも今日普通に授業受けてたし、さっき先生に呼び出されてたし。
その扱いは酷いんじゃないかなぁ?
「見た!!? 見えるの!!?」
「何ホント、碓氷くんを幽霊扱いするのやめようよ……」
私がそう言うと伊澄は不服そうに机から降りた。
「だってしょうがないじゃん、あいつ、いっつも急に本当にどこにいるかわかんなくなるんだもん……」
それはどういうことか、全く私にはわからなかった。私は、私が思う限り碓氷くんがどこにいるかわからないなんてことがあったかなあ?
「そんなことは……」
「ね、あるでしょ」
……あったね、私がカフェで怪盗衣装着てポーズ取ってる時だ。急に分からなくなる、っていうのはちょっとどういうことか私には分からないけど。
でもあの時はちゃんと私が警戒してなかったのがいけないのであって、碓氷くんが特別気配消していた訳じゃなかったよね。思いっきり視線通ってるところに立ってたし……恥っずかしいなぁホント。
で、でもあれが原因で初めて『怪盗目指してる』なんて打ち明けられる相手が出来たし実質プラスですよね、プラスですありがとうございました!!
……でも応援なんてしてないってこの間言われましたね。もうだめ、やだ、怪盗やる意味ないじゃん……鬱る……。
「(怪盗やる意味が)ないよ……」
「ないの!!?」
「うん、ないよ!!」
「本当に?」
「ほ、ほんまやよー?」
「口調」
「うっ……」
「嘘か」
「いや嘘じゃないですほらあそこに戻ってきた碓氷くん!」
私は丁度教室に戻ってきたやけに暗い雰囲気を纏った碓氷くんを指差した。
「…………嘘じゃないみたいね」
「ね!! 言ったでしょ!?」
何か分かった風の伊澄はちょっとムカつくけど、分かってもらえたのであれば────、
「じゃあひょっとして……碓氷の事が好きだったりする?」
「…………はぇ?」
どどどどどどど!? どうして!!!?
いやどうしてじゃない。どうして??
「…………分かりやす」
そう言って伊澄は私の手を取って廊下へ向かおうとした。
「えっ、碓氷くん探してたんじゃないの?」
「碓氷に話、聞かれたいなら別に構わないけど」
「いえいえ滅相もないっ!!」
「意味違うと思うけど。ま、帰りながら話そうか」
廊下に出ると6月ということもあり冷房の効いた教室と違って、もわーんとした空気が滞留していた。気のせいか伊澄と一緒ということが更に息苦しさを強くしてるように感じる。
いーや絶対気のせいじゃないねこれ。うんうん。
「あいつ、中学が同じだったんだよね」
「へ、へぇー。そ、そうなんだぁ……?」
てっきり私が碓氷くんのことどう思ってるかを深掘りしてくるのかと思っていたけど、違ったようで。
「ウチ、別に黒峰が碓氷の何処を好きだろうがどうだっていいし。聞いても吐き気がするだけだし……」
「なにそれ」
ちょっとムカつく。
「あ、いや黒峰が悪いんじゃなくて。昔思い出してね。だから気にしないで」
ちょっと気になる。なにその昔って??
「ともかく、碓氷の話。あいつ、実は一時期から見つけられなくなることがあって」
「その、さっき聞いてきたのはそう言うこと? っていうかそもそも見つけられなくなるって何なの?」
「分かんない」
「分かんないって」
「いつから、何が原因でっていうのはなんとなく分かるんだけど……どういう原理とかそういうのが」
殆ど分かってるじゃん。
「大事な所じゃない?」
「原因が分かってるなら対処できるんじゃないの?」
「……だってウチじゃ碓氷をすぐ見失っちゃうから無理」
「そんなわけないじゃん」
「そんなわけあるから。あるから困ってるんじゃん。黒峰があいつの事を見つけられる人だって言うのを見込んで、頼みたいことがあるの」
伊澄の頼み。正直に言うと今の心境だとまともに取り合える余裕もないし、断りたいところなんだけど。
「じゃあ交換条件でさ、私の話も聞いてくれるかな?」
────伊澄は頷いた。
◆
私が怪盗ノワールだと言うと伊澄は何言ってんの? と苦笑し、伊澄が碓氷の影の薄さの元凶を取り除いてくれと言うのを私はちょっと出来るかわからないなあと言い、そしてここ数日碓氷くんとの出来事を伊澄と共有した。
「あー。碓氷の勘違いだよ多分……あいつは自己評価が最低だから、勝手に人の手を払うことはほぼないし、黒峰の人となりを考えると黒峰の為にとかそんなんじゃない? だからそれを悪用? した人間がいると思うよ」
────だから多分、こっちから手を伸ばせばいいんだよ。それをあいつは拒めないから────
◆
◆
◆
◆
◆
────夢を見ていた。
ちょっと前の事がそのまんま。
っていうか今どういう状況だっけ?
たしか、白板くんに捕まって。しらみつみね? って人達に引き渡されて。
目隠しと手錠をされて車で移動して。
白光峰に気をつけてって言われたけど正直何の抵抗も許されない感じで身の着のまま灰色の床に灰色の壁で扉以外何もないこの部屋に丁重に入れられたんだっけ。
ちょっと抵抗してみてすぐにどうしようもないと思って寝たんだった。そうだそうだ、思い出した。
ところであの伊澄の頼みは結局遂行できてないんだよね。碓氷くんに話し掛けようとしてはみたんだけど、こう、なんか、改めて拒絶されたら、ほら、立ち直れる気がしなかったし……。
だから私は結局、何も出来なかったわけで。
ワルサーP38を取り返すことはおろか、碓氷くんの事を何とかすることも私にはできなくて。
怪盗失格だ。
「んう……?」
私は手錠をされた手で目を擦る。何故か、扉の鍵が開いた音がしたからだ。
「久しぶりですね、藤乃?」
「その声は……お母様?」
ぎぃ、と扉が開いて出て来たのは私そっくりな女の人。この人はお母様で間違いない。
……何でこんなところに?
「あ、と、もしかして迎えに来てくれた、んですか?」
「ふふ、もう大丈夫ですよ藤乃」
え、やったあ? 帰れるのかな?
「こんな怪盗ごっこなんてする必要はもうありませんから」
────そしてお母様が微笑みながら拳銃を私の額へ突き付けた。
「え?」
────パァン。
「あっぶな『実の娘を撃ち殺そうとするなんて、良い趣味持ってますね。黒峰家当主様は!!』」
「何者ですか!!」
白い姿の誰かが、私とお母様の間に割り込んだのだ。その人はお母様の持っている銃口から煙が上がっている拳銃の銃身を握っていて。
遅れて、私は発砲されたという事実を理解した。
「『まったく、困った子猫ちゃんだね。こんな奥深くに迷い混んでしまうなんて』って何を言っ『でももう大丈夫だ、黒峰藤乃。怪盗ノワールが来たから、ね? さあ手を取って』」
「ひ、ひゃい!?」
下半分の壊れた白い仮面をしたその人は恭しく一礼をすると私の手を握って、優しく引いた。それから、私を持ち上げ……これは、お姫様抱っこ!?
どうしてだろう、この今日初めて会った筈のこの人に手を握られて抱き抱えられただけでぽやーっとして胸がドキドキする……。今、たぶんすごくピンチなのにすっごくドキドキする!!
た、たぶん吊り橋効果だよね!!!
「待ちなさいっ!!」
「『待てと言われて待つ怪盗が居ると思うかい? 答えはノーだ。こうして目当てのお宝も戴いたところだからね……?』」
「おたから……?」
「『キミの事さっ☆』」
「へぁっ!?」
もう訳がわからない。どういう状況なのこれぇ!!?
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