第十六話『怪盗ノワールとフルスロットル』

 推定地下五階。四階は特になんの警戒もしなくても向こうから「わーネコチャンかわいいねぇ」やら「ネコぉぉぉ」などのゾンビめいたうめきが聞こえて場所が丸和かりだったからか、はたまた階段を歩ききって目の前の横に逸れる道のない直線廊下に誰も居なかったからか。


 ────


『碓氷っ!! 上っ!! シャッター!! 多分やばい!!!』


「っ!?」


 皐月さんの助言の通り、真上を見ると等間隔に配置されたシャッターが閉まろうとしていた。かなり速い落下で廊下の先に扉が一つあるだけ。


 閉まる速さを考えるにダッシュでギリギリ飛び込めるかどうかの扉。脇道はない。引き返すのもナシ。留まれば閉じ込められてしまう。


 つまり、前へ走るしかない。


「随分古典的な罠だなぁあああああっ!!」


 ◇


「っ、はぁっ、あー、あぶな、かったぁ……」


 何とかシャッターが降りる前に扉に飛び込むことには成功した。だが、もう扉が動かない。鍵を閉められたか、シャッターか。どっちでも良いけどもはや下がれない。……帰るときまでにどうにか出来ると信じよう。


 入り口は高台なっていたようで進むには梯子を降りなくちゃいけなかった。そして、2メートルほど低いところに床はあった。部屋自体の広さは照明が落とされていてわからない。


 そしてもっとヤバいのは、


「お、おーい?」


『────』


「ダメだ、全然繋がらない……」


 。 なるほど。まあ想定内だ。僕がやることは変わらない。


 黒峰さんを連れ戻す。通話できないのがなんだ、もとより向こう側呑気に話してるだけだったじゃん。


 見てみ、目の前。真っ暗通り越して漆黒。なんもみえん。こわい。


 あの三人に精神的にすごく助けて貰ってたのがすっきりまるっとくるっとお見通しになっちゃう。


 うわなにも聞こえないのこっわ。この部屋には光源の一つも無くてなにも見えない。地下だもん。普通見えないよね。いや、こわ。黒峰の黒はこれだったんですか?


 僕はこの部屋に入って最初にしたのは拳銃の引き金を二度引いてのホログラムペンギン召喚である。これは人類の進歩の証。すごいよこのペンギンは光るんだ!! スマホのライトよりも弱いけど。というかペンギンが光るな。今はありがたいけども。


 それからなんとかその弱い光を頼りに荷物を探って暗視ゴーグルを取り出す。お陰で辛うじて探索が出来た。見えるには見えるけど、何がこの暗闇の中出てくるか……先に進むのが怖い。



「────



「誰────ぅわ!? まぶしっ!?」


 突如ライトアップされ、視界が白む。僕はとっさに声の方から距離を取る為に転がるように跳んだ。


「かかっ、警戒せんでも良い。まだ始めてはおらぬ故、それがしから襲い掛かることはない。存分に目を慣らしてくれ」


 凛とした女性の声だった。まだ目が慣れていないからどんな人かは分からないけど。


 …………それがし??


「やっと見えるようになってきた……」


 ぼやけた視界で部屋を見渡す。どうやらここは体育館のような空間みたいだ。その中央で紺色の袴姿の黒髪女が正座しているのが見えた。


 暗闇のなかで瞑想をしていたのだろう。刀が横に置いてあるし、長い髪を後頭部で一纏めにしているのも侍っぽくてかっこいいよね(小並感)。


 いや感動してる場合じゃない。この人も待ち伏せしていたのを見るにきっとここの警備員だ。気を引き締めて、


「ほう。存外早いのう。某はまだちょっと掛かるでな、何時間も正座をして、あ、足が痺れてな……あ、だめ、しびれ、むり、たてな……い」


 袴姿の女侍はそう足を触ってから呻いて倒れた。……かっこいいって思った感情を返して。


 ……というか、この部屋にはこの女の人しか居ない。一つだけ出口が見えるので僕はそこに向かった。


「開かない」


 すると未だに足を崩したまま床にへたり込んだ女が言った。


「あ、鍵は某が持っているで候う。欲しければ力ずくで……? あっ、どうして手を無言で某の足へ……っんくぅ!?いま足はだめっ、むり、ちょっ、待っ、あしはしびれ、ひうっ!? やめ、あんっ、わ、渡します、んっ! 鍵渡しますからぁ!!! たたかなっ、ひゃあっ、むり、やだ、わたすからぁ!! いったんやめてええええええ!!!」


 ◇


 とにかく、鍵をゲットした上で更に刀も押収した。


 明らかにメインウェポンにしてますって感じで持っていたので、放置して後ろからざくーっとされてはたまらない。幸いなことに彼女はそれ以外に武器らしき武器は持っていなかったから、放置してきただけで多分大丈夫、なはず。


 いやしかし、彼女の刀は真剣だった。確認したもん、右の人差し指の先で舐めるようにずらすとすぱっと綺麗に皮が切れた。まあ綺麗に切れすぎてかなり深く切れたけど逆に綺麗過ぎてくっついたまである。凄まじい切れ味だった。


 本当に力ずくでやってたら危険だったよね。うん。危なかったねー。悠長にしてるうちに黒峰さんがどうにかなる可能性もあるし僕自身も危ないし手段を選んでいられないよね。うんうん。


「…………でもこれ、罪悪感はんぱな……っ!!?」


 自分の両手を眺めて、僕はそう言った。痺れた足を晒すのが悪いなんて開き直りは出来そうになかった。痺れた素足べちべちしてごめんなさい女侍さん。


『あー。えっとぉ!!? 罪悪感がなんだって!!?』


「なんでもない!」


 いつの間にか通信も回復している。けれど逃げるように階下へと僕は走った。


『因みに通信切れてもそっち側で録音が残ってる上に回線が戻ったらこちらに転送されるから隠蔽は無駄だぞ』


「そっか…………黒峰さんが聞く前に消していただけないでしょうか?」


『さあて、どうしようか??』



 ◆◆◆皐月鈴音◆◆◆


 ────時は通信が切れた頃へと遡る。


「さて、またあの教師が席を外した。そんなときに限って通信が途絶と。どう思う?」


「どうもこうもない、偶然でしょそんなん。あの教師、腹芸は苦手なタイプよ。藤乃と一緒で」


「あの男の直接の教え子である貴様が言うなら信じよう。疑うのは、実のところ面倒だ。皐月鈴音」


「なに?」


「碓氷影人は良いのか?」


「……なにが?」


「貴様が黒峰に関与したくなかったというのは知っている。貴様が不登校を続けていたこと、碓氷影人によってそれが一旦止めざるを得なくなってしまっていたことは理解している」


「いや、死にかけてまでボイコットしてもしょうがないし、別に止めざるを得なくなったとかじゃない。筋を通そうとしただけ」


「それだ、それが聞きたい。ちょうどあの教師が席を外していて、碓氷影人が会話を聞けない今」


「あっそ。大した話じゃないよ? 命を救って貰った以上、向こうにもそれだけの恩を返そうってだけ」


「それで貴様が何故こちらへ加わる?」


「え? ……あ、ほんとだ。正直代わりになってやろうって思ってただけだし。あと藤乃、めちゃくちゃ頼りないじゃん。ほっといたらすぐどっか悪いやつに騙されそうだしさ。ほら私、役に立つでしょ?」


「そうだな、こちらとしては貴様の有用なが利用できるのはありがたい。貴様の役割を代替出来るアイテムを開発中だが、現状は貴様が必要になる場面が多いしな。そもそも私見であるがあの黒峰は怪盗に向いてない。だからそう、貴様の言い分も分からんではない」


「でしょ? まあ、藤乃と仲良くなってもし配信とか出てくれたら面白そうだなぁーとか思ったり思ってなかったりもする」


「……貴様それが本音か」


「そゆこと。こっちにはこっちの利点があって」


「それで碓氷影人がこちら側に戻ってきたことについてはどう思ってたのだ?」


「あー……こう言うとちょっとアレだけど、気分楽になったんだ。ほら、あいつ唆して藤乃を手酷く突き放すように誘導したの、どう考えても私じゃん」


「それは切っ掛けに過ぎん。碓氷影人ならそれ以前から藤乃に怯えていたようだからな。爆弾はずっとそこにあったのだ」


「だとしても起爆したのは私じゃん。だからね、これでになるかなって。そういうあんたはあいつをどう思ってんの?」


「ああ。碓氷影人の隠密の精度には目を見張るものがある。いつの間にか発現したか、あるいは素で身につけた身体能力か。それを有したあの男が、騒がしくも我らのリーダーを自称するドアホ怪盗を大人しくしてくれそうな流れになっているのだ。多少は賭けだが面白そうだ、乗らぬ手はないだろう?」


「異能力って。科学者ちゃんの口からそんな台詞が出てくるとは思わなかったなー」



「あ、忘れてた……そうだっけ?」


「はぁ……」


 私がすっとぼけると、科学者ちゃんはため息と共に運転席に視線を逸らした。気付いたみたいだ、ドアが開くと先生が車内に乗り込んできた。


「──おっす、ただいま」


「おかえりー」


「はっ、駄教師。用事は済んだか?」


「駄教師!? お前なぁ……目上の人間は敬えよ?」


「先生、科学者ちゃん実は教員免許持ってる」


「は!? マジかよ!!」


「いや嘘を吐くのはやめろ皐月鈴音。教員免許は持ってないぞ……博士号とかは持ってるが……」


「そうか……いやそれもすげえからな!?? どうやったんだ?」


「そ、そんなことはいい!! 今は碓氷のことが最優先だろう!? 回線も直りそうだ、準備しておけ!! なぁそうだろう!!?」


 科学者ちゃんはどうやらその話題を続けたくないようで顔を赤くして話題を切り替えようとしてた。


「はいはいそーですねー」


 ……ふと、私は碓氷のことを考えた。


 なんだかんだで危険なところを碓氷に全て任せてしまっている。碓氷は自分のことをクズみたいに言ってたけど、そんなことはない。


 彼は悩んで、前に進んだ。一ヶ月足踏みしていたけれど、ここは彼にとっては踏み込まなくていい茨の道だったけれど。


 私たちという仲間が居ながら、黒峰藤乃は一人で行ってしまった。本当なら私たちが負うべき痛苦は、碓氷影人の現状であるべきなのだ。


 安全な場所で、暢気にしている私たちは、なんなんだろう。クズじゃない?


 いや、確かに万年運動不足な私、小柄な上に体力がなさそうな科学者ちゃんじゃ、侵入したところでたかが知れている。そういう考えは碓氷も同じだった。先生? アテにはしてないし、できないでしょ。


 危険は碓氷に丸投げ。それでいいの?


「ねぇ、あのさ……」


 正直に言おう。


 通信が切れて、私は碓氷が心配だった。


 あいつなら大丈夫、なんて事はあんまり思ってない。一番可能性が高いのが、碓氷の提案だっただけ。


 科学者ちゃんはどう思ってたかは分かんないけど。


「────実はな。先生、一つ思ってたことがあるんだ」


「奇遇だな、駄教師。私もそう、一つ考えていたところだ」


「えっ?」


 何やら含みのある発言。そして科学者ちゃんと先生はシートベルトを締めた。


「なにやってんだ皐月、お前もシートベルト締めろ、じゃないと発車できねぇだろ?」


「……どういうことよ」


「どうもこうもあるか。顔に書いてあるぞ皐月鈴音、『このままじゃいられない』……私たちは一人に丸投げしてるだけでのほほんとしてるようなクズじゃないつもりだ、とな」


「……!!!」


「実はさっき科学者ちゃんからちょっと頼まれてたブツが届いたんだよ。ほれ、これだろ?」


 そう言って先生が科学者ちゃんへと投げ渡したのは、スマートフォンだった。


「ああ、教師がわざわざ学校にある忘れ物を届けてくれるものとは思わなかったがな。警備員の武装は皐月鈴音が看破した、配備ロボットも既に割れている。ルートもそう。


「んじゃ、凸ろうぜ。うちの生徒を返してもらいにな?」


 そう言って先生は思い切りアクセルを踏み込んだ────。

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