後編:怪盗ノワールの初仕事

第十一話『怪盗ノワールと銃器展覧会』

 ────気が付けば六月も終わり、七月になっていた。


「──朝だぞーっ!!」


「ぐふぅっ!!?」


「わー!! グフだって!! あははー!! 起きろー!! 次はドムですわよー!!」


「わぁ待て妹よ寝起きの男の腹部にストンプするのは宜しくないからつか普通に痛いから!!!」


「えーっ!! 残念!! ジェットストリームアタックしたかったですわ!!」


 この妹、三連ストンプをする気だったらしい。ニコニコ顔のわりに何の容赦もなかった。


 最近ずっとこの調子で起こしに来るものだから僕としてはたまったものじゃない。


「と、取り敢えず起きたし、着替えるから部屋出てって」


「了解ですわ」


 妹はスッと真顔になってそう言って出て行った。



 ◇



 着替えてリビングに向かうと妹は既にいつもの席に着いてぷんすかとご立腹な様子だった。


「そもそもご飯も作れない妹のために早起きしてみせようという気概の無い兄さんには容赦など欠片もする気はありませんわね。ふんっ」


 酷い言い様だ。他所様の前でやっちゃダメだぞ?? って言うと必ず『兄さん以外にはしませんよ』と言うので何も言わないが。甘えているのだと考えればまあ、可愛いものだ。


「悪かったよ」


 そう言って朝食を作る。……と言っても朝から火を使う気力もないので昨日の夕飯の残りとマーガリンを塗ったパンをオーブンで焼いたやつだけだけど。


 さてと、このパンをオーブンでブンして……あれ、パンの枚数が2枚ほど少ない気がする。


「ま、馬車馬のように働くといいですわっ!! わたくしっ、料理は絶対しないのでっ!!?」


 僕は妹の罵倒を聞き流して適当にうんうん頷いて朝食をテーブルに並べた。


 ──台所のゴミ箱を見れば、中には炭化した何かが落ちていた。まっくろくろすけ。パンのような、もともとパンだったかもしれない何かだ。


 昨晩ゴミを整理したので、今朝僕を起こす前に発生したものだということは確かだ。


 つまり、まあ。妹は口先ではこんな酷いことを言っているが、頑張って作ろうとしてくれているのだ。そう悪くもない気分である。


 あーでも、家庭外でそういう態度をみせてないかはかなり心配だよね。いやむしろそういう態度を外でも取ってた方が安心なのか? 元ひきこもりな妹の精神の回復度合いを考えたらそうかも分からない……ううむ……??


「あら?」


「ん?」


「あ、ええと、久し振りに笑ってるのを見た気がします。兄さんが笑ってるの」


「そんな言うほど笑ってなかった?」


「ええ。そうですわね。兄さんの事ですから、何か変な事でもしたんでしょうけれど、それにしてもただでさえ暗い兄さんが輪を掛けて暗くて見てられるものではなかったですわね……ほんとに」


「まじか」


「マジですわよ?」


「……そうかぁ」


「もしかして。今ならあの頃何かあったか、答えてくれますの?」


「え? ……何もなかったよ、うん、なんにもない」


 そうだ。何もなかった。あの日から黒峰さんに特別絡まれることは無くなった。挨拶くらいはするけど、本当に最低限の会話しかしなくなった。


 元通り。元通りになっただけだ。僕は影が薄いだけが取り柄の少年だ、黒峰さんの格を物語の主役格としたら一般人Nぐらいのモブ具合。格が違いすぎる。それがたった二週間ほどでも、表面上仲良くできたのだ。


 もう、満足だろ? まだ何かあるのか? 別にあってもいい、このままそういう未練も時間が忘れさせてくれるし。そうやって、待てばいい。


 恋心も、楽しかったという思いも、大変だったことさえも単なる過去として消化できる時が来るまで、待──。



「────時間が解決する、なんて考えはだからね?」



「……っ!? ……突然どうしたの?」


「べぇっつにー、今の兄さんが特別見ていられないだけですのよ? それだけ。あ、今日もトースト美味しかったですの。じゃあ兄さん、新聞も回収しておいてくださいましー?」


「あ、ちょっ、逃げっ……はあ、もー、しょうがないなあ」


 妹はとたとたと皿も片付けずに二階に逃げていった。僕は妹の分も食器を片付けて食洗機を起動、着替えて洗濯機を回して一息。


 いつも通り新聞には何枚かのチラシが挟まっていた。今日のスーパーは何が安いだとか、変な宗教勧誘みたいなもの、通販のすすめみたいなものまで。いつもなら適当に流し見でポイするけど、今日は奇妙なチラシが挟まっていた。


「……へぇ、銃器展覧会ね……」


『──拳銃猟銃機関銃なんでもござれ!! 銃 器 展 覧 会 ! !』

『──白光峰博物館主宰』

『──レア銃大量展示、中にはあのも!?』


 その題目を目にした時から妙に胸騒ぎがしたからか、一通り目を通してしまって。


「…………ワルサー……?」


 気になる文字列があったような気がして、僕は考えるよりも先に四つ折りにしてポケットに捩じ込んだ。


 ……何を考えてるんだろう、僕は。


 黒峰さんとは関わらないと決めたのに。



 ◇


「おはよう」


「あ、おはよう」


 皐月さんは、あれからもちゃんと学校に来ている。ちょくちょく第二物理室に集まって楽しそうに話しているのは、目にしている。


 僕とは、ほどほどだ。


 会えば挨拶程度するが、彼女自身黒峰さんに付き纏われて孤立することはなく……って感じ。黒峰さんが近くにいるのでそんなに話す機会はないし、きっと僕なんかとはあんまし話したくないだろうし。


「……何?」


 どうやら皐月さんの事をじーっと見てしまっていたらしい。彼女は無愛想な感じで僕に聞いた。


「……黒峰さんは、今日休み?」


「知らない。つか、そもそもあんたには関係ない、そうでしょ?」


「……そう、だね」


 その通りだ。だから僕は手を引い、


「────は? なにその言いぐさ?」


 伊澄だ。彼女はさも『ムカつきましたー』と言わんばかりに不機嫌そうに足を組み替えてカツカツと自分の膝を指で叩いていた。ああこら人の机の上で貧乏揺すりをしないで……。


「え、あ、い、伊澄さん? いや、まあ、事情がこっちにもあって」


 気圧された皐月さん。意に関せず伊澄は続けた


「はー、事情ねぇ? 事情が? ふん、事情があればそう他人突っぱねてどや顔しててもいいと思ってんのねー、へぇー」


「そんなことは、ないけど」


 伊澄は不機嫌さが天井に到達していた。何故か。いやマジでなんで??


 その圧に、というよりも皐月さん自体そもそもあんまり伊澄に強く出られないらしく、皐月さんは目線もそらして曖昧に笑っていた。


 それが、また伊澄は気に入らないのだろうが、皐月さんが責められる謂れは無いと思って口を挟む。


「伊澄、いいから。僕はべつに、気にしてないし」


「……むっかつくんだよね、そういうのさぁ、ねぇ、影人。そういうのが。見ててムカつく、藤乃が可哀想」


「え」なんでここで黒峰さんが??


「……あー、まずった。言うつもりじゃなかった、全部影人のせいだ。反省しろ」


「んな理不尽な!!?」


「ぐだぐだぐだぐだしてるからだよ端から見ててムカつくのあんたらは!! ぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだ!!! さっさと、……はぁ、むかつく、全部あんたのせいだからね、影人」


 そう言って、サッと机から降りて自分の席に行ってしまった。


 なんの事かわからん。そう思って皐月さんへと目を向けると、彼女もおろおろしながらも僕の視線に気付いて首を傾げた。


「えっと」


 迷い気味に。


「藤乃は来ると思うよ、今日は」


 それだけは、言い捨てていった。



 ────だが、その言葉に反してこの日黒峰藤乃は学校を休んだ。



 ◇◇◇白板白紙◇◇◇



「────何? ここの展示品に盗品が混ざっている?」


「らしいですねー、ま、かのうせいのはなしだけですけどね」


「……どこからのタレコミだね?」


「えーっとぉ。『なぞのかいとうのわーるちゃん』とやら、ですねぇ。よこくじょー、おくられてきたとかー」


「謎の怪盗、ノワール。ほう? 怪盗。このご時世に怪盗と来たか、珍しく、面白い事件になりそうだ。それを展示するのが白光峰、というのが胡散臭くもあるけれど」


「しらみつみね、たしかにあやしーですね。あそこ、あんまりいいうわさきかないですからねぇー」


「ああ、だけど依頼をされてしまった以上、俺達はちゃんと仕事を遂行しなきゃいけない。だから、余計な事は慎むようにね?」


「……よけーなこと、ですかぁ?」


「ぼんやりした態度してる癖にしっかりした君の事だ、盗品がどれなのかを推理して、それだけ警備をザルにする、なんて事もしかねないからね」


「ししししませんよぉー、とうひんならもちぬしにかえそーとかまったくみじんもこれっぽちもおもってませんからねー」


「……そうか」


「あーそのかお、せんぱいしんじてませんね!!? ぶーぶー!!」


「あー、こらこら。怒るな悪かったから」


「────すいません、ワルサーP38の展示って、どちらですか?」


「なんでそんななん「おや仮面のお嬢さん、ワルサーP38でしたら、彼方の角を曲がって、その奥ですよ」


「あ、ありがとうございまし?(ふふーん、私の手に掛かればお宝の情報収集なんて朝飯前です!! 別に碓氷くんなんていなくても出来る!! うん!! 出来るよ!! よーし……!!)」


「………いっちゃいましたねー、ごすろりちっくなおんなのひと」


「………もしかしたら、思っていたよりも数段、簡単な事件なのかもしれないね」


「かもですねー」

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