第十話『怪盗ノワールと拒絶』
◆◆◆黒峰藤乃◆◆◆
「おかえり!」
「ただいまー」
────物理室に戻ってきた碓氷くんの様子が変だった。
それから数秒後皐月さんは何故か息を切らして戻ってきた。だから多分、何か良くないことを聞かされて怒っているんじゃないかな。
「そうだ、黒峰さん」
「ん? 何かな?」
「えーっと……今日見せたかったものって、何だったの?」
いつもと変わらない様に見える、いつも通りおどおどしてる碓氷くんだ。
でもぜったい、へんだ。直感? そういう、言葉にしづらい感覚がする。
「それはだな!! この────」
「科学者ちゃん」
「はい」
また変なゴツい武器を取り出そうとした科学者ちゃんを窘める。
この子は怪盗の武器だって言って、完全に自分の趣味の物を作ろうとするから、そういうところは私あんまりよくないなって思うんだ。
だってほら、あーいうゴツい武器はすまーとな怪盗の得物には似合わないもん!!
「今日は解散」
「「えっ」」
科学者ちゃんと、碓氷くんも驚いたみたい。まあ、予定だったらここで見せるつもりだったんだけど、なんだか碓氷くんの様子が変になっちゃったし。
「それは……また、どうして……?」
若干呼吸が回復してない様子の鈴音ちゃんが聞いてきた。結局彼女が何を話したのか、もしかして告白とかしたのかも。
倒れてたところを助けた碓氷くんだもん。それがなくても、おかしな話じゃないと思うなー! だとしたらこう、えーっと、そのぉ、二人はお付き合いなう的な感じ的なサムシングっぽいアレしてる訳でございますなのかな???
えっ、そんなのやだ。
……嫌、なの?? いやいや、やだってなんだ。何が嫌なの。
碓氷くんに彼女が出来るのは良いことで、喜ぶべきじゃ?
というかそもそも違う気が二人からする。こう、付き合い始めますって感じじゃないね、ね? ぽくないよね?
じゃあ、なんだろなー、この感じは。でも、恥ずかしいこと言うって呼び出したんだし、告白自体はしたんじゃない?
じゃあ。なんなんだろーね。本当に。
「うーん……?」
あっ、つい考えすぎてた。どうして今日解散なのか答えなきゃ。
「それはね、アレよ。なんか、えっと、そう!! 今日の七時からちょっと見たいテレビがあったの思い出したからね!! じゃあ仕方ないなー!! 録画忘れてたからなー!!」
苦し紛れにそう言うと科学者ちゃんが『何言ってんだ』みたいな目で見てきた。最近のテレビ番組は大体後からネットで配信されてるパターンも多いからね……これは苦しいよね。
けど、その苦し紛れを信じてくれる人がいた。
「じゃあ、仕方ないか」
碓氷くん……!!!
「……ま、私としてはもう少し話せたらよかったのだがな」
科学者ちゃんも渋々だけど納得してくれた。
「という訳でかいさーん、碓氷くん一緒に帰ろー!?」
「えっ」
驚く碓氷くんの手を掴む。急いで引っ張らなかったら彼はするっと消えてしまうから。うん。しかたなし。しかたなしなのだ。
「ちょっ、黒峰さん!?」
でも、なんだか顔が熱くなって、繋いだ手の汗が気になっちゃったり、そう言えば昨日髪の手入れちょっとサボっちゃったけど大丈夫かなとか、そもそも私匂わないかとか色々変な思考が私のなかで飛び交っているのは仕方ないことなのか。たぶん、仕方ないことだ。
「よーし、レッツゴーホーム!!」
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
何故か、僕は黒峰さんに手を引かれてカフェに来ていた。これまた何故かほとんど全力疾走で、僕と黒峰さんの体力の違いが如実に現れた。
「────っ、────ぁー……っ!!」
「碓氷くん、大丈夫……? はいこれお冷」
……平然としている黒峰さんと、テーブルに突っ伏す僕という形で。
黒峰さんの体力やっばぁ~。多分1キロくらいガチめのダッシュったと思うんですけどマジむり~。ムリすぎてゲロぴ~(吐きそうの意)。
いやマジで。中距離走だよこの距離。五分くらい死んでるけどまだちょっと脇腹が痛いもん。痛すぎてイタリアになったわね……(?)
「で。えっと、それで……ど、どうして……」
「えっとね。碓氷くん、なんか変だったし」
「僕が変……? まあ、そうだったように見えたならそうなんだろうけどさ、変だったら、その……着替えるの?」
「ふふーん!! どう!? ここの制服だよ!!元気出た!?」
────紺色のTシャツに茶色のロングスカート、その上から無地で簡素な黒エプロンを着た黒峰さんがトレイを片手にどや顔していた。どやさ。
エプロンには『黒峰』の名札。
なんというか、まるで店員さんみたいな黒峰さんだ。加えて店員さんらしく、僕と黒峰さんの分のコーヒーをサッとテーブルに置いた。
「…………コスプレ?」
「失礼なぁ!!?」
「ごめん冗談です怒らないで……」
「全然怒ってないよ? そんなことよりほら! この格好見てなにか思うことない??」
思うことと言うと、たった一つだった。
「えっと……どうして店員でもないのに着てるの?」
「そればっか。もっと見た目に関して言ってくれても良いんだよ!!? よ!?」
どうしてか食い気味に言ってきた。
ええ……黒峰さんはどういう言葉を求めてるんだろう。見た目に関してだろうか? シンプルな制服を着ても可愛い。超似合ってる。これは女神……? 可愛いの化身? そもそも褒めるまでもなく美少女だし。これ以上何を言えばいいのか、僕にはわからない。
と、色々考えはしてるけど、そもそもこんな歯の浮くような台詞言えるわけがない。恥ずかしいし、黒峰さんが僕みたいな一般通過陰キャに言われても不快なだけですね。常識的に考えて。うん……なに言えば良いんだろうね!?
悩んだ結果。
「……えっと……似合ってます……はい」
「……ふ、ふっふーん!! そうでしょーっ!! で、元気出た?」
「う、うん? まあ、そうかも?」
妙な間があったけど僕の回答は黒峰さんのお気に召したらしい。所で元気出たかどうかを聞かれるのやっぱり変じゃない? 衣装で元気でることある? めっちゃ元気出たけども。
「よかったぁ、マスターに頼んで制服貸して貰って正解だったよー。だってほら、男の子ってこういうの好きって言うから」
「どこ情報?」
「マスター」
僕が厨房に目を向けると厳ついサングラスのおじさん店員さんがその視線に気付いてサムズアップしてきた。
なるほど。
この店員さん、いやマスター、すごく分かってる。黒峰さんはなんでも似合うけど、敢えて無地のTシャツにエプロンすらっとしたロングスカートとは、よーく分かってらっしゃる!! そして僕はサムズアップを返した。ぐー。
「碓氷くん? 何してるの? マスターなんか見て」
「え、何もないよ、うん。何でもないよ!?」
マスターもそっぽを向いて皿を洗い始めた。この店に僕ら以外に客がいないからか、カタカタと皿の立てる音が妙に耳心地よく店内に響いている。
「ところでそろそろ本題に入った方がいいんじゃないかな、確か黒峰さんってあんまり時間無いんだよね!!?」
「え……そうだっけ?」
「そうじゃなかったっけ!?」
あれおかしいな解散理由そうじゃなかったっけ!?
「ま、そんなことは置いといて碓氷くんに見せたいものがあったんですよ……ふっふっふー」
にやにやとしながら黒峰さんは自分の鞄に手を突っ込んだ。
僕はぼんやりとコーヒーの黒い水面を眺めた。
────黒峰家に関わるな。
こうして黒峰さんとよく接するようになって、僕は常に不安と不安と不安が背中を這い回る日々だ。
だってこんな美少女な同級生と隣の席になっただけじゃなく、上っ面だけ見れば仲良くなったように見える現状は明らかに出来すぎている。僕は何もしていないし何も出来てないのに、黒峰さんはグイグイ絡んでこようとする。幸運すぎる。
出来すぎてる。
クラスの一人にも認知されていない万年日陰者が、学校一の美少女に積極的に話し掛けられる??
そんなの普通に考えてあり得ないに決まってるだろ。と以前このカフェに来る前の僕がコーヒーの濁った水面から嘲笑っているのが見えて。
だから裏があるんだろう、他に狙いがあるんだろう、と思い込むことにした。
だっておかしいじゃないか。僕だぞ。
でも現実は学校一の美少女さんにグイグイ話しかけられてるわけで。幻覚じゃないとすれば、じゃあそうだ、黒峰さんの背景を考えると僕は狙われてるんだと思うのが自然だ。
黒峰さんが怪盗だと知っているのが不味い。きっと、それが原因で殺されるんだと。今までの黒峰さんが怪盗だと本人が洩らしそうになってる所でその疑念は曖昧なラインだったけど。だってほら、あれだけ軽く口にし掛けてると、マジでヤバイ秘密じゃないんじゃないって思うでしょ?
けど、皐月さんが明言したんだ。
────黒峰家に関わるな。
ああ、うん。分かってた。そんな考えが甘いって。
そうだよね。むしろ今までが幸せすぎたのだ。こんなの、夢みたいなものでしかないんだ。
「さてさてー、碓氷くんに見せたかったのはなんでしょーかっ!!」
楽しそうな黒峰さんが、鞄を持ち上げてテーブルに置いた。眺めていたコーヒーの水面が揺らいで、僕の顔が消えた。明らかにハイテンションへ振り切った黒峰さんを見るとつい笑ってしまう。かわいいから。
「それはこちら!!」
────ドン、と置かれたのは拳銃だった。
つい笑ってしまった。物騒だから。
いやまて、まだこれはモデルガンの可能性がある。そうに違いな──
「ふっふーん……これはお祖父ちゃんのお宝なの。家宝、みたいな? もちろん実銃なんだけど」
──おや銃刀法はどこ行った???
「これを見せたかったのはね、碓氷くんには知って貰いたかったから、かな。名前はワルサー……なんとか。ちょっと覚えてないけど、細かいところはいいよね」
はにかみながら黒峰さんはそう言った。どうしてだろう斜陽に射たれると普段の二割増しくらいに美人に見えるような……なんて変な事を考えて現実逃避してしまうくらいには。
その光景が現実から浮いていた。
「……なんで」
「え?」
「なんでこんなもん持ってるのさ……?」
「それは、お祖父ちゃんが怪盗だったからだよ。私のお祖父ちゃんが凄腕の怪盗だった時の話を聞いて、えっと、影響されちゃってさ、それで、私は怪盗を目指してたんだ……えへへ」
照れ笑いを浮かべて、黒峰さんは拳銃を撫でた。
「これを見せて、何がしたいの」
「え、あーっと。ほら、碓氷くんはどうか分かんなかったけど、男の子って拳銃とかカッコいいとか思うらしいし、見せたら喜んでくれるかなぁーって」
…………たしかに拳銃というのはかなりカッコいいと思う。こう、めたりっくな感じで、かっこいいよね(小並感)。
喜ぶよ。うん。そもそも黒峰さんが僕に喜んでほしいと思ってるところが完全に想定外だし、それだけでもうなんか色々どうでも良くなってきちゃう。
「はぁーあ」
────でももう、決めていた。黒峰さんとは、これっきりにしようって。
「喜ぶ訳ねぇじゃん、バカじゃねぇの?」
「…………ぇ?」
「なんでこんなものを僕に見せた? カッコいいと思うとでも?? そんなわけないだろ、日本国憲法見てこいよ。何条だったかに、書いてあったろ?」
……違ったかもしれない。まあそれは大事じゃない。
「う、碓氷くん……どうしちゃったの?」
「怪盗になりたい? はぁ、そりゃ結構。でもそれに僕を巻き込まないでよ。関係ないところで勝手にやる分には別にいいけどなんで怪盗なんて危ない、ヤバイことをしようとするの? それに僕を巻き込もうとしてさぁ!!?」
ダンッ、とテーブルに両手を叩き付けて、さもぶちギレたかのように振る舞う。すると、黒峰さんはビクッと肩を震わせて銃を鞄にしまいつつ、僕を見上げてきた。
「応援してると思った?? 残念なことにそんなわけなかったんだよねぇ普通に怖かったよ!! なんだ怪盗って!! 怪盗になりたいぃ?? 頭おかしいのか君は!! なぁ!!?」
「…………っ、そんな、そんなこと、言う必要ないじゃん」
そうだ。ここまで酷いことを言う必要ないだろ。
なあなあで流されていれば、きっとまだ黒峰さんと仲良くしていられるかもしれない。そうしたらいつか上手くやれれば、もしかしたら黒峰さんといい関係が築けるかもしれない。
でも僕という人間はクズだから、どうしようもなく保身をしてしまうらしい。黒峰さんと関わるなと言われたら、関わらないようにする為だけにこんな暴言を吐き捨てられるような人間だ。
────だから、僕は黒峰さんの近くにいる資格はないんだ。
「へぇ? じゃあ黒峰さんのせいで僕が捕まったり死んだりしても良いんだ?? へぇー?? 薄情だね君は!!!」
「ぅぅ、そんなわけないじゃん!! わ、私は世のため人のために怪盗をしたいのであって!!!」
「何が違うの? 怪盗は怪盗でしょ?? そんなこと出来るわけないじゃん。今までそれで何が出来たの? 何も出来てないよね? 君は怪盗なんていう犯罪者を目指して、最悪なものを目指してるんだよ。なぁ、僕をそんなのに巻き込まないでよ。どっか行けよ。迷惑なんだよ、しっしっ」
「さいあっ……うう、うううう!!!! 碓氷くんの嘘つき!!! ばーか!! もうしらない!!」
ダン、ドカ、バタン。
……行っちゃった。最後には黒峰さんは泣いてしまっていた。そりゃそうだ。全否定したもん。ああ、ド畜生だよ。そりゃねーわ。
「ははは」
でもこれで、もう。僕は、考えなくて良いんだ。いつ襲われるかと物陰に怯えたり、黒峰さんの笑顔の裏側を勘繰ったりせずにすむのだ。それを見るたび、もし何も裏がなかったら、と疑うほどに僕の心の汚さが嫌になるような思いもしないで済むし、これでよかったんだ。
これでよかったんだよ。なあ────。
「ボウズ、正面座るぞ」
────正面にサングラスを掛けたマスターが着席した。
……息が止まるかと思った。
そうだ、この人がいた。黒峰さんの身内である、マスターが。
この人は黒峰さんの身内だと紹介されていたのを今の今まで完全に忘れてた……!!
「散々な言い様だったじゃねぇーか。それ、本心か?」
僕はつい『嘘です!!』なんて言いそうになっちゃったけど、日和っちゃいけない。ここでそんなことを言えば目の前の厳ついマスターを通じて黒峰さんへと伝わっちゃうだろうし。
殴られるくらい、覚悟しろ。好きな子にあんな酷いことを言ったんだから。
「黙りか?」
「ほ、本心に決まってるじゃないですか……!?」
上擦った声が出た。決心してたんじゃないのか、ビビりすぎだろ僕。
対してマスターはと言うとガハハと豪快に笑いながら「ビビりすぎだろ」と揶揄ってきた。その通りすぎて恐縮ですね。肩を小さくして座り方を正す僕。
「なんもしねェさ。でもよかったのかよ? ほら、嬢ちゃんは特に美人だってのによぉ?」
「これでよかったんです。僕は元々怪盗なんて胡散臭い上に危なそうな事、巻き込まれたくなんてなかったんですから」
「へぇーぇ? 黒峰のからワルサーP38を見せて貰うだけの信頼を得ておきながらそう言うか。嬢ちゃんの見る目がねぇのか、お前さんが急に心変わりしたか、はたまた別の理由か……」
へぇ、あの銃。そんな名前だったのか。…………ってもう関係ないでしょ。うん。
「どうでもいいじゃないですか、そんなの」
「ま、たしかにな。あのクソジジイからこの店任されちゃいるが嬢ちゃんとは、つかそもそも俺、今の黒峰家とはほとんど縁はねぇからな、気にしてもしょうがねぇんだわ。ハハッ」
……え、そうなの?
「んだよ、アホ面して。だから言ってるだろ? なんもしねぇさ」
「どうだか……」
「所で話は変わるが、そのコーヒー、旨いか?」
「へ、まあ。突然ですね…………また来ようと思うくらいには、美味しいと思います」
「はー、そっか。そりゃよかった」
「………………どうして、わざわざそんなことを聞きに?」
「そりゃ嬢ちゃんのことかコーヒーの味のことか……ま、どっちでもいいか。答えは同じだしな」
「同じ?」
「この閑古鳥鳴き止まないカフェへわざわざ来てくれる激レアなお客様の為に決まってんだろォ?」
「そっ、すか」
「だからま、出来りゃこの件で二度と来ねぇ。なんて事にはなって欲しくねぇんだわァ。わかるよなァ?」
「まあ……」
「とかく、嬢ちゃんからかなーり信頼されてたって事をちゃあんと受け止めて明日から頑張れや」
バシンと僕の背中を叩いて厨房の方へと戻ってくマスターさん。ヒリヒリと痛みが残るくらいにしっかりと叩いて行ったし、ついでにちょっと睨まれたので多分黒峰さんのことをなにも思っちゃいないということは無いんだろうなぁ。
明日からどうしようか。いや、いつも通りだろうな。コーヒー、飲もう……。
「…………にっが……」
何となく角砂糖をコーヒーに三つほどどばっと入れ込んで飲んだら、入れすぎだったかな、むしろ甘くなりすぎてしまった。ミスったなぁ……これ。どうしよ。
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