第九話『怪盗ノワールと吸込式超合金オリハルコン天元突破超螺旋力ハイパーウルトラジェットレーザーガンブレード』
◆◆◆皐月鈴音◆◆◆
「第二物理室……ここ、か」
私はさっき黒峰と碓氷の会話を盗み聞いて、人気のない廊下を歩いていた。
『──碓氷くんに見せたいものがあるの』
『あのー、それは……拒否権はあるんですか』
『えっ、あ、そ、そうかぁ……』
『いや行きます!! 行かせてください!!』
あの男、黒峰がちょっとショック受けただけなのにこの反応とかクソちょろいな。草。
「……つか、あいつの言葉にウケてる場合じゃないけど。黒峰、かぁ……関わりたくないなぁ」
そもそも、行く必要すらない。だって誘われてないし、黒峰藤乃とはクラスが同じだけでまだ何の関わりもないのだから。今は、まだ。
もとより関わりたくないから、自分は学校から逃げていたのになんでこんなことを……?
「……はぁ」
────なぁ、お前、自分の臭い嗅いだことある?
────っていうか顔色良くないけどちゃんとしたごはん食べてる? 運動してる? 大丈夫?
────まあなんでもいっか、土日お前の家を大掃除させてもらう!!
……まさかそんな事を言われた翌日にガチでぶっ倒れるなんて思ってなかったわけで。なんならこっちは敵意マシマシで追い返したから、彼の端々から感じる気弱さから考えるに来るとすら思っていなかった。
医師に言われるまでもなく、あいつが居なかったら死んでいただろうってのは、想像に易く。別に私死にたい訳じゃないし。
「一応、命の恩人だから、仕方なく。そう、仕方なくだよ」
私はそう自分に言い聞かせるように呟きながら『コレヨリ先立入ルコト禁ズ』と札が下げられた扉を開けて入室した。
あの偏屈なロリは元気してるかねえ……。
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
「碓氷くん、どうしてそんなに遠くに座ってるの?」
「……それは……ええと」
「そうだぞ、あまり遠いと見えない。それにここには私たちしかいないからな、いかにこの女が近寄るのも嫌な奴だからか? ならば仕方ないがな。ははーん、そうかお前もこの女がいけすかないと!! 同感だな!!」
「そ、そうだったの、碓氷くん……?」
「そんなことないです、うん、そんなことはないからね!」
勘違いされては敵わない。癖で第二物理室の角の机の角の椅子に座ってただけです。授業とかだと大体この位置に座ってたし、耳は良い方なので聞こえる。こう、陽キャな人達の視界に入らなきゃ迷惑かけもしない。
何より隅っこって落ち着くし。だからこの位置に座ることには何の違和感もないしむしろココが居場所って感じだったから、つい。
「言い訳はしなくて良いんだぞ!! なあ同志よ!!」
なんかキラキラした目で科学者ちゃんが見てくる。黒峰さんが勘違いしそうだし、僕は今の席から離れ二人の座る位置の間に座るしかなかった。
いや、でも、何だろう。僕が近寄っても迷惑じゃなかろうか……うーん。そりゃ僕は呼ばれてここに居るのは情報として理解してるけど、なんというかこれまで積み重ねてきたぼっちとしての本能が『はなれて、あぶないよ!!』って言ってくる。
多分五歳くらいの金髪ロングな幼女だと思う、椅子をつかんで軽く腰を浮かせたら、離れるんだと思って踊り出したよ。可愛いね。
でも多分この段階で離れるのはもっと悪いですね。そうやって座り直すと、踊るのをやめてしまいました。あーあ。お前のせいです。
「────これは吸込式超合金オリハルコン天元突破超螺旋力ハイパーウルトラジェットレーザーガンブレード、『レベル5メテオ』、だ」
そんな僕の妄s──もとい思考をぶったぎるようにドン、と目の前で大きな音がした。
科学者ちゃんだ。どや顔で物理室の黒い耐火机に置いたのは武骨な拳銃のような鉄塊だ。いや鉄じゃないけど。オリハルコンだけど。
その制作者とおぼしき幼女のような先輩は自慢げに笑う。僕は、黒峰さんを見た。
「ねぇ、これが?」
黒峰さんは閉口したまま首を振った。ちがうらしい。しかも、どうやらこの話題にはあんまり乗り気でもないようで。
科学者ちゃんはすっごく語りたそうにしているし、ここは僕に任せて先に行け!! ということだろう。
「あの」
「んっんーっっ??? なーんだいぃ? 質問なら何でも聞こうじゃあーないかーっっ!!」
僕が少し小さく声をあげただけで滅茶苦茶顔を寄せてくる科学者ちゃん。めっちゃウズウズしてたのは見間違いじゃなかったみたい。
「まず、これは、銃刀法違反では?」
「物理の前に方が平伏すので問題はないな! そもこれが銃であるという証明もできまいよ、何故なら金属の弾を打ち出すものではなく、このようにビームを発射ァ!!」
「吸込式って何を吸い込んでるの?」
「ミノフスキー粒子だな。これ使うと銃の周囲で電波が悪くなるから気を付けてほしいぞ!」
「オリハルコンって」
「オリハルコンだな!」
「ドリル?」
「銃身のこの辺とか最高にドリルじゃないか!!」
ドリルかなぁ……?
「ガンブレードって」
「それは引き金を引きっぱにするとなーほらなーこのように銃口からレーザーブレードがなー!!! 出るんだなーこれが!!!」
「あとなぜレベル5指定メテオなんです?」
「この辺を見てくれ」
そう言ってそのは吸込式超合金オリハルコン天元突破超螺旋力ハイパーウルトラジェットレーザーガンブレード『レベル5メテオ』を科学者ちゃん天井に向けて引き金をカチカチと連続で二回引く。名前が長い。
「二回トリガーを引く。長く引くと発砲しちゃうから注意な、コツはス○ブラの小ジャンプくらいの感覚で押すことだな。そーすると、このようにコウテイペンギンのホログラムが三匹、銃の回りをくるくる回ってな。可愛いだろ?」
「レベルファ○ブの方なの!?」
ついに我慢しきれなくて突っ込んでしまった。いやもう突っ込みどころ豊富すぎていちいち突っ込んでたら時間足りなくなるんだろうなって思ってたからスルーしてたんだけどなぁ。
「ハッ……もしかしてこれ、じゃ……ダメ、だったか……よかれと思って色々したんだが、まさかこれ……この
吸込式ハイパー……えっと……超合金パワーゲイザー────カッコ悪い?」
科学者ちゃんがわなわなと震えて銃を机に置いた。頭を抱えるほどその発見はショックだったんだろう。
「……って科学者ちゃん自身その銃の名称覚えられてないじゃないですか!!? いや、まあ、別に見た目カッコ悪くないですから落ち込まないでくださいね!!?」
「そーかそーか!!! それはよかった!!」科学者ちゃん復活。「まあこれ処分に困ってたから後輩にくれてやるさ!! おらよ!!」
科学者ちゃんに雑に投げ渡された吸込式(以下略)をキャッチする。ずっしりと重い拳銃。わあい、かっくいー。
…………いやこれどう考えても見つかったらお縄なアイテムだよね、処分に困ったって言ったよねぇ!? 持ってたらマズくない!!?
「なんなのこの茶番?」
「うわぁ!? 皐月さん!?」
僕は声に驚いて銃を鞄へと仕舞い込む。
いつからいたのだろうか、皐月さんが冷ややかな目を僕らに向けている。いやマジでいつから居た……?
「あ、鈴音ちゃんいらっしゃーい。科学者ちゃん……は知るわけないから碓氷くんに?」
いや、声掛けることすらしてないけど。
「科学者ちゃん、ね?」
「なんだ、何か文句あるか
「誰が爆弾女よ誰が」
どこか面白がるような声音の皐月さんに対して、気安さを感じさせるような感じで科学者ちゃんが言う。……知り合い?
「ところでこれは何の集まりなの?」
「それはだな……」「あ、それは私が答えるよ!!」
元気よく手を挙げた黒峰さん。そして彼女はそのまま勢いよく立ち上がって第二物理室の前の黒板まで駆け足で近寄って、チョークを握る。ぐーで。逆手だ。
『怪盗ノワール団!!』
「や、まぁ、団の名前はまだ仮なんだけどね!」
『怪盗ノワール団!!(仮)』
黒峰さんはそう一言挟んで黒板に逆手持ちチョークで器用にも綺麗な文字をチョークで書き加えた。
皐月さんはデカデカと書かれた十三文字を見て、呆れたと言わんばかりに大きな溜め息を吐き出した。
「……で、まさかあんたらはそれに協力なんてしてるわけ?」
「まぁ、脅されてな」と科学者ちゃん。
「あー、さもありなん」
「なんだとぉ……??」
皐月さんが皮肉げに笑うと、科学者ちゃんがランドセルを背負って機械アームをワシャワシャさせて皐月さんに襲い掛かった。三秒と保たなかった。
「で、碓氷。あんたは?」
アームに両手両足拘束された皐月さんが、飄々とした様子で僕の方を見てきた。
────…………僕は。
僕は違う。
僕はあの日あの時あのカフェで、僕のために協力の申し出を断った。そう言えば良いだけ。だというのに、言葉に詰まってしまった。
秘密を知ったあの日。中途半端なフォローをしてしまったあの時からずっとその言葉を撤回できたら、そう思っていたはずだ。
怪盗、そんな危なそうなことには関わりたくなかったのだから。
だというのに、口が重く、喉は動かない。もし、黒峰さんが協力する気のない僕の事を本当に消す気なら……?
僕はそれがとても怖くて、そんな気の迷いが目にも現れたのだろうか、僕は黒峰さんを見た。
「碓氷くん?」
────ドキッとした。
彼女は僕の内心を見透かしたかのように微笑んでいた。
疑念が全くない、澄んだ目が僕を見ている。
どうして。どういうことだろう。拒否をしたら消すぞという脅しなのか、単に協力するという言葉を信じているだけの無垢なのか。
後者な訳がない。だってありえないじゃないか、学校一の美少女がたかが僕の言葉を信じるだなんて。あんなその場しのぎの言葉を。
「僕は、」
だから──。
「えと、碓氷。先に二つ言いたいことがあるんだ」
──皐月さんが僕の言葉を遮ってそう言ってくれたことに、僕は安堵した。感謝した。そして、遅れて言葉を理解した。
僕に言いたいこと?
なんだろ。そう皐月さんに目線を移せば、なぜか皐月さんの視線はぐるぐると不規則に天井をさ迷ってた。
「……??」
「まず、その……こんなところで言うことでもないからちょっと廊下来てくれない?」
「えっ……なんでなの?」
そう言ったのは黒峰さんだった。
僕はなにも言えていない。もしかすると言えなかったからこそ、皐月さんが口を挟んだのかもしれないけど、まあ僕も思ったし。
「……藤乃、あんたには言ってないから。で、どうなの碓氷?」
「「えっ」」
突っぱねるように言われた黒峰さんが言葉を失って固まった。黒峰さんが聞いても答えてくれないようなことなんですか。怖い。
しかも今の反応が普段から若干険のある態度から更に五割増しくらいに邪険な態度を見せていた。マジで怖い。
まあ、そうか。僕に聞きたいことか。
「別にいいけど」
拒否の理由がないし。そうして僕が軽く腰を上げた瞬間だった。
「────ど、どうして……!!!?」
黒峰さんが勢いよく立ち上がった。
「は?」
「どうしてここで、言えないん、ですか?」
皐月さんは黒峰さんを睨み付けたせいで、尻萎みに語気が弱くなっていた。どうしてって……僕には黒峰さんが何をそうムキになってまで聞きたいのかよく分からなかったけど、皐月さんは分かったらしい。
わざとらしく頬を掻いて、作ったような声でこう言った。
「……そんなの恥ずかしいからに決まってるだろ」
◆
「……まず最初に今日一日言うタイミング逃してたけど。先日はありがとうございました」
廊下に出て暫く歩いた後、突然深々と頭を下げた皐月さん。
「……別にいいよ、礼を言うなら伊澄に言って。僕は何も出来てないから」
「もう言ったよ。伊澄さんも似たようなこと言ってた」
へー。あいつがそんな事を。
「大体あんな酷い追い返し方して、直ぐ来るとは思わないじゃん」
「酷い? どこが?」
事実以外言われてなかったと思うけど。そう言うと皐月さんは「まあそうだけど」と。いや認めるんかい。良いけど。
「二つ目、出来るなら黒峰家に関わらないで」
そう言うと、皐月さんは気怠げに階段に座り込んだ。
黒峰家に関わるな、と皐月さんは言った。たしかに言った。ついにはっきりと言われた。
そうなのか。僕は危ないのか。黒峰さんが怪盗だと知っていることで命を狙われていた、という事で。
やっぱり。それが正解だったんだ。
「黒峰さんに関わるとどうなるの?」
「最悪死ぬんじゃない? たぶん、知らんけど」
やっぱり。
「見たところあんたは本当に無関係そうだし。まだ藤乃の様子を見るに平気そうだけど……ってどこ行くの? まだ話は終わってないんだけど」
「……帰るよ、黒峰さんとは関わっちゃいけないんでしょ? だったら早い方がいい」
「はぁ!? ちょっ、待っ、何キレてんのよ!! つか足早……このっ、待ちなさいよ!?」
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