第八話『怪盗ノワールと歓喜の舞』
この週末は色々あったなぁ。僕はそう思った。
結局皐月さんは一日だけ入院して、病院を出ていった。先生とは何やら長く話し込んでいたけれど、まあ、先生は大人だ。それも教職の。だから任せておけば、そう悪いことにはならないだろう。
僕が首を突っ込む必要はない。
というかあのあと伊澄共々先生に病室を追い出されたし。僕は門前払いだし。
まあなんというか。やるべき仕事を投げ出したかのようなもやもやした感が残るけど。結局なんの抵抗も見せず、皐月さんに顔を見せることなく僕は病院をあとにした。
ついでに今更感があるけど、伊澄と連絡先を交換したのでスタンプの爆撃がスマホの中で乱舞していた。めっちゃ怒ってるよこの人。
当たり前か、仲良くない黒峰さんと一緒の空間にしばらく置いてけぼりにしちゃったからね。
「おはよー碓氷くん!!」
「ぁ、お、おはよう」
今日もどういうわけか相変わらず黒峰さんは元気に挨拶を僕にしてくれる。黒峰さんは取り繕ったとは思えないような笑顔で、僕の肩を軽やかにポンポンと叩いて歩き去った。
……そういえばあの日、一番不審な動きをしていたのは黒峰さん。彼女だった。
何故か僕たちがホームセンターに行くところから後ろを尾けてきたり、一緒に救急車に乗ってきたり。病院から帰るのだって、家の方角は全く違うのに一緒に帰ろうって言い出したり。
まるで僕と一緒に居たいみたいな……いや、思い上がるな僕。そうだ、探られているに違いない。僕が黒峰さんにとって不利益となるならば、消されてしまうのだろう。本当にそうだと思う? 危害なんて全く与えてこないし、僕、もうわかんなくなってきたよ……。
「……おはよ」
「おはよ」
伊澄だ。とても嫌そうに、でも取り敢えず見掛けてしまったから仕方ないとばかりの投げやりな挨拶をしてきたので僕も似たような挨拶を返す。
そりゃあまあ、一昨日は部活休んでまで来てくれたらしいのにあんな事になったらキレるよね。うん。これに関しては全面的に僕が悪い。挨拶してくれるだけマシだ。
昨日スマホを通して謝り倒す内に何故か近日近くの駅に新しく出来たカフェへ妹と一緒に奢りに行くことになった。労力自体は大したことないけど僕があんまりお金使いたくないことを知ってる上でそんな事を言い出すあたり、優しいのか性格が悪いのか。
妹は喜んでたからいいけどねぇ!! 夏だって言うのに寒い!! 懐がね(どやさ)!!!
「おっはよー!!」
「おっ……は……」
きゃるーん☆って感じの甘ったるい聞き覚えのない声の挨拶が聞こえ反射的に挨拶を返そうとして絶句した。
所々跳ねた短い黒髪に三白眼の女子────皐月鈴音がそこに居たのだから。
いや髪の毛も眼鏡も倒れる前とは別物になってる。学校に来るにあたって整えてきたのか。一瞬誰なのかわからないくらい見違えた様子に驚きすぎた僕はたぶん間抜けそうな顔をしてたのだろう。
「なによ、学校来てやったのに幽霊見たみたいなアホ面してどうしたっていうの、不法侵入者くん?」
皐月さんは僕に指を突きつけて、余裕たっぷりな風で笑った。
「……ってぇ!! え!!? なんで来たの!?」
「来たら悪い!?!?」
「えや、わ、悪かないけど……いやいや、突然じゃん。どうしてさ?」
「別に。先生に説得されたの。『生活習慣を直すなら学校に来た方が良い』ってね」
なるほど。まあ朝起きて夜寝るような生活習慣ではなかったようだし、一理ある。
でも、たったそれだけで学校に来るなんてことがあるのだろうか。不登校だった人って、もっとこう、学校に行くことに負い目があって、腰が重いものだけど。
そう思ってるのがバレたのだろう。皐月さんは肩を竦めた。
「はぁ……他の理由もあるよ。折角だから当ててみてよ」
「……なんで?」
「なんで!?」
「いや、だって皐月さん。それに僕が答える意味がないじゃん」
「……へぇぇ? そういうこと言うんだ?」
「言うよ。だって、僕は友達が少ないからね」
皐月さんは頬をびくつかせて、ひきつり笑いを浮かべる。皐月さんからすれば僕は家の前で不快な発言をしたりゲロ吐いたりしたクソ野郎(直喩)だ。
そんなやつ、ふつう関わりたくないだろう。
だから原因は、恐らくまだクラスに馴染めるかどうか、いや違うか。排斥されてしまうかも、という不安。それがあるはずなんだ。
だから己をここに引きずり出す役目を負っていた僕に、ぼっちな僕に一番最初に近寄ってきたのだ。
正直なところ、身なりを整えた皐月さんは決して見た目は悪くない。確かに目付きが悪いけれど、だからといって関わりたくない程に印象が悪くなっているなどとは僕には口が裂けても言えないかな。
その不安があるとしたら、まあ、杞憂だと僕は断じよう。
そして、ぼっちな僕と関わったところで学校に来る意味はない。配信者としてたくさんのリスナーを抱えるだけの魅力が彼女自身にはあるはずだから、僕なんて介さずともクラスに素早く馴染んで友人の一人や二人、いや百人くらい出来るに決まってるじゃないか。
というか僕を介して出来る友達はいません。むしろ僕に紹介して欲しいまであるよ。
「……今日はお礼の1つくらい言えるかなって思って来たのにこの男は……」
「え、なんだって?」
「もー知らない!! じゃあね!! ゲロ男!!」
小声で何やら言ったのを聞きとれなかった僕が聞き返すと、皐月さんは言い逃げするようにプンスカしながら自分の席に向かっていった。
「────なんだあの見覚えのない美少女は……!!」
「────ああ、あの不登校の芸術特待生、来たんだ」
「────ってまぁたあの男か!! 黒峰さんに飽きたらず別の女子まで!!」
「────つかあいつ誰?」
「「「それな」」」
それな、じゃねーよ。
……これでよし。いいんだ。実のところ、皐月さんの部屋にあった手紙の内容は気になるけど、そんな事よりも皐月さんの今後の学校生活が良くなった方が良いに決まっているのだし。
「バッカじゃないの?」
……伊澄だった。呆れたようにジト目を向けてきているのは。
「え、僕のどのあたりが馬鹿っぽかった?」
むしろすごく頭の良い立ち回りをした気がするんだけど。頭脳プレーというか。完璧じゃない?
「……ハァーッ」
ドデカいため息と一緒に、伊澄は離れていった。ええ……なんだったの、今のは……。
────皐月さんは、普通だった。
授業では、指されれば答えるし、寝ている様子もない。別に理解度が悪いということもなく、むしろ僕なんかよりも知識豊富で、勉強できるっぽいという印象だ。芸術特待生で引きこもっていたのは別に学力の低迷が原因じゃないみたい。
不登校の理由は結局わからずじまい。そしてなんで来たのかもわからない。けど当人を遠ざけた癖に直接聞くのは気にしてるみたいでよろしくない。いやでも気になるしなぁ。
「碓氷くん、こんにちは~?」
黒峰さんだ。何か隠しているような感じの近寄り方が怪しい感じで嫌な予感を感じた。やけに視線も感じるね。そんな感じ。
「えっと……何か、用?」
「うん!! 実は怪と──」
まただ!!! 黒峰さんまた怪盗ポロリしそうになってるじゃん!! 誤魔化せ!! 僕なら出来る!!
「うひゃっほーい!! 歓喜の舞!!」
僕は踊った。
「えっ?」
黒峰さんは目を丸くして首を傾げた。しにたい。
待って、待って。そういうキョトンとした、何してるのかわからないみたいな反応が一番困るの。待って。僕がおかしな人みたいな扱いになるから!!
……まあこの挙動、もとい狂動を冷静に拾える人の方がおかしいよね。うん。誤魔化そう。
「えーっと、ほら。皐月さんは不登校から復帰して、僕はこう、喜びというか! そーいう!! そういう表現を表してみましたね!?」
「そ、そーなんだ? よかったね!」
僕はヤケクソに叫んだ。黒峰さんの怪盗発言を誤魔化していることに果たして彼女は気付かない。というか全然良くない気がする。よくないよね。
「……まあ、その。……何の用?」
「実は怪、」
僕は踊った──。
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