第七話『怪盗ノワールと汚部屋掃除隊』
休日に女子と二人。そうなればデートであると相場で決まっているらしい。すくなくとも僕が普段読むような小説やアニメではそう定義されている事は間違いないし、現実でも大抵の場合そういうことになっているんじゃないだろうか。
だが、僕と伊澄の間柄を考えるにそれは唾棄するべきレベルの愚考だと言わざるを得ない。
……いやまあ、誘い文句ミスったけど大丈夫だよね? そういう思考であるよ。これ。
「よーし!! ちゃんと汚れてもいい服を着てきたね!! ほいこれ妹のお古のエプロンと三角巾ね、あとマスクは?」
僕は仏頂面な伊澄に問いかけた。睨み返された。
「…………ねぇ、わざわざ私の休日にバイト休むようにまで頼み込んで何なのって思ってたけど……」
「ん? もしかしてマスク忘れた?」
「ちゃうわい!! マスクあるし!! ここはどこってハナシよ!」
伊澄は辺りを見回した。さまざまな雑貨の並んだ棚、高い天井に明るい照明、そして床はピカピカのタイル。
「やだなぁ説明したじゃん────ホームセンターだよ」
「…………いや、されてなくない?」
「したよ、したした」
「…………」
なんとも言いがたいような顔で僕を見る伊澄。じとー。
「昨日まず荷物届けた引きこもり芸術特待生の同級生の家がゴミ屋敷だったって話したじゃん」
「既に情報量が多い。まあそれは聞いてたけどなんでホームセンター……いや、わかる。百歩譲ってわかることにしたけど。てか今さらゴミ袋とか買うんだ?」
「いや買うのはファ○リースと消○力と脱○炭だね」
「全部消臭剤!? 自分だけで買えし……つーかそんなに臭うの?」
「あー……昨日吐いたんだよね……」
「吐いたの!? え、大丈夫?? 実は体調悪いとかない? あるなら帰ろ??」
「いや昨日はちょっと昼に食べ過ぎてさ……あの食堂の特盛吾郎ラーメン。わかる?」
「わかる、ってあれ二千円するじゃん。あんたの親御さんアレだからお金ないんじゃないの? 何処からそんな金出てきたん?」
「さ、さあね? かんけーないじゃん!!?」
ね、値段知ってたー!?!? というかうちの親をアレ扱いするな……あそもそも伊澄サンなんで僕の懐事情知ってるんで!?
先生に賄賂貰ってたとか言えない……。別に今日の行動が先生に言われたからやっただとか勘違いされたくないからね。
伊澄は疑わしげに僕を見ていたけどやがて『ま、確かに』とばかりに目線を商品棚に戻した。
「と、ともかく多分、無理に食べてないから今日は吐かないから大丈夫。めいびー。きっとそう」
「うわ超不安」
「あとついでにアポなし訪問。宣言はしたけど」
「それダメじゃないの」
「そうだけど……あのゴミの散乱具合と本人の不健康さとか悪臭の近所迷惑さを考えたらほっとけないよ。仮にも同じ町の住人だし??」
「私は一キロ近く家離れてるんですけど」
「まあ、そうなんだけど」
……残念ながら伊澄を帰したくない理由はまだある。僕はちらりと後ろを見てから、伊澄にも後ろを見ることを促すように小さく指差した。
「ハァー……」
まあそう露骨にキレないでくださいよ。僕の命の危機だと言うことで、ねぇ??
「ねえ碓氷帰って良い??」
────視線の先には商品棚に頭だけ隠した黒峰さんがいる。尾行してるつもりだろうけど、どっかの人語を喋るトナカイみたいな隠れ方だな……。
あ、いま商品を服に引っ掻けて落とした。あんな目立つゴスロリ着てるし、もう色々大丈夫かな……?
「知らなーい」
◆◆◆黒峰藤乃◆◆◆
黒峰藤乃です。
今日は土曜日なので尾行の練習をしてます。怪盗にとって隠密行動技能は必須であることは過去の歴史が証明していて、ひいては古事記にもそう書いてあるとかいないとか。多分ない。
怪盗ノワールは現在なんの実績もないひよっこ。怪盗入門。その実力はレベル1。または6だめかも怪盗。だから日々これ精進である。
「……だから別に碓氷くんを尾行してることには深い意味なんてないのです。そう、ない!」
「お客様」
「べつに、突然碓氷くんがあの性悪金髪女に告白した事が信じられなくて尾行してるとかじゃないし」
「お客様」
「き、興味なんて微塵もないですけどでも怪盗としては気になるというかね、あの、協力者だし?」
すちゃらかと仮面の位置を調節する。そして肩を叩かれた
「お客様」
「ふぇ?」
「ちょっと事務室まで来てもらえますか?」
「……はぃ……」
────精進が足りない、ということでしょう。
……。
うん、ちがうよね……言ってみただけ。不審だったかなー。
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
「と言うわけでここがその皐月さんの家だね」
「一軒家じゃん、結構立派な」
「なんだと思ってたの、伊澄」
「てっきりアパートの一室とかそういう……学生の独り暮らしでしょ? 二階建てで、これ外から見た感じ部屋数も少なくないでしょ。……汚すって言ったって、無理があるんじゃない?」
「ところがどっこい、舐めてたら死ぬぞー」
「ところがどっこい」
「覚悟はいい?? 後で後悔しても遅いんだからね!」
「スルーか。後で後悔って意味ダブってない?」
「うるさいなー、もー!!」
僕は誤魔化すように大声を上げ、こら伊澄!! 笑うんじゃないぞ!?
「無理矢理巻き込んだんだし。それくらい、いいじゃん?」
「とにかく!! もうインターホン押しちゃったからね!! 退路はないよ!!」
爆笑してる伊澄を放置してインターホンを連打する僕。今日の僕は強気なんだよ、一人じゃないのでね!!
「……おやまあ、君達、そこのお家に用があるのかい?」
「え、まあ、はい。そうです」
突然通行人に話し掛けられた。人の良さそうなおじさんだ。
「実は俺、この隣に住んでるんだけど……ここ、人住んでるの?」
「「…………え」」
想定外の質問に、伊澄が僕を疑わしげに見てくる。
いや。いやいや。
「す、住んでますよ? 背丈は僕と同じくらいの、不健康そうな同級生です」
「そうなの? いやぁ俺、夜も昼もあんまり家に居ないけど近所で有名なのは知ってるんだよね、その家が『誰も住んでない幽霊屋敷』だって」
「そ、そうなんですね……、まあ、でも多分出てきますから……それで幽霊屋敷じゃないって証明できますよね」
「その割には、出てこないみたいだけど?」
伊澄が鬼の首をとったかのようなどや顔で僕の目を覗き込んでくる。そんな勝ち誇られても……。
「…………」
十秒。
「…………………」
一分。
「…………………ねぇ、連打やめない??」
一分半くらいで伊澄が僕の肩を叩いて宥めてくる。
「ほーらそもそも家間違ってるんだよ」
「表札皐月だし」
「いいから!! もういいでしょ、帰るよ!!」
「あ、開いてるよ」
「碓氷!!」
いやだなぁ、そんなに騒がなくても分かってるよ。
「いるもん!! この家に同級生住んでるもん!!」
「あーこら意地にならないの!! 不法侵入────うわすごい臭ぁ!?」
僕が玄関を開けた事で放出された醜悪な臭いに顔を歪める伊澄。通りすがりさんもなんか何とも言えない顔でこっち見てるし。
「あれ、これは通報するべきなのかな……?」
通りすがりさんはそんなことを呟いていた。
「お邪魔しまーす!!」
相変わらず酷い臭いだ。いや一日しか嗅いでないけど。
玄関に面した廊下はゴミがゴミ袋に纏められてたり、そのままカップ麺のゴミが落ちてたり、と思ったら服が散らかってたりととんでもない散らかりようだ。そりゃ臭う。
あの服とかカビ生えてるし。
床見えんし。
廊下だけで視覚嗅覚触覚聴覚をガンガンに刺激して不快にさせてくる。むしろこれでどうして幽霊屋敷なんてなるんだ……?
「宣言通り来てやったぞー!!! でてこーい!!」
「ちょ、ちょっ、まずいって碓氷!!」
伊澄もゴミの床に苦労しながら僕の後ろを土足でついてくる。いや土足て。
僕はスマホ片手にゴミを掻き分けながら二階へと登る。配信はやってないらしい。何度か階段を踏み外しそうになりながらたどり着いた二階もやっぱりゴミだらけ。
「おーい!!」
僕は皐月さんがいそうな部屋に辺りをつけて突入した。僕が訪問したあのときの足音から何となく考えるに、恐らくこの部屋が配信部屋だろう。
入り口に胸の高さまでのゴミが散らばってる。それを掻き分けて進む。
「……ここもやっぱり散らか……あれ、床見えてるや。台風の目って感じだ」
ある程度進んだら全くゴミの散らばってない空間が広がっていた。そこにはゲーム機やゲームソフトの類いが大量に並んでいる棚と、パソコンの載った机とゲーミングチェア、人をダメにするクッションの数々。ベッドは机の上にあって、梯子が掛けられている。
ゲーム用の棚には写真が一枚飾られているのが目に入った。その写真は一目見たときに、妙に気を惹いた。
「塗りつぶした上に、切られてる……?」
三人、親子が並んだ写真の親にあたる二人の顔が黒く塗り潰された上にカッターか何かでバッテンに切り裂かれている。
「────ねぇ、これ……倒れっ!!?」
……倒れ?
伊澄の声にもう一度床を見る。そこには倒れ伏す皐月鈴音の姿があった。
そう、倒れ伏す皐月鈴音がいた。僕の立ち位置からじゃ床で倒れてることしかわからない。
────倒れてる。倒れてるね。倒れてるってことは、倒れてるんだよね。どうしよう。どうしたら。どう。何をするべき。え。倒れてるとは思わなかった。何をするんだ。こういう時。わからない。
「えっ、と」
どうしようもなく茫然とした僕に対して伊澄は倒れてる皐月さんを視界に認めると同時に僕を押し退けて彼女に駆け寄りその体を揺すった。
「ねぇ!! 大丈夫!!? おい碓氷!! ボーッとしてないで救急車!!!」
「えっ、は、え??」
「救急車!! 普通に生きてるから! 顔色悪いけど呼吸はある。でも熱あるっぽいから早く呼んで!!」
「は、はい!!!」
僕はスマホを取り出して百十九番を入力して電話をする。
「すいません人が倒れ、え、あ、はい、ここは────」
……伊澄を呼んでおいて良かった。この事態に遭遇したのが僕一人だったら何をしていたか我ながら分からない。
それから救急車に揺られて、病院へ。
僕も伊澄も、その間は無言だった。家主が倒れているのではそもそも掃除どころじゃない。行って良かったと思うけど、完全に伊澄を巻き込んだ形になっていて申し訳がない。……それは今さらかも。
それと、何故か家の外に黒峰さんが居たのでそのまま放置するわけにもいかず、一緒に病院に来た。何故か分かんないけども本人曰く『クラスメイトが倒れてるならほっとけないよ!!』とのこと。そもそもなんでここにいるのかは、真実を知るのが怖くて聞きづらかった。お前の口封じのためだよーって言われたら怖すぎるし。
はてさて、意識を失っていた皐月鈴音。彼女の症状は発熱に貧血、栄養不足だとか。点滴打って、多少安静にしていれば大丈夫だとか。後遺症とかもないらしく、かなり軽微な症状と。今日中にでも目を覚ますと診察したお医者さんは言っていた。
僕はそれを聞いてようやく良かったと胸を撫で下ろした。伊澄もそれは同じらしく、ため息がダブったのをどうも気に入らなかったらしく一拍遅れて睨んできた。真似してないっての。
◆
「────あんたは、黒峰の……? どうしてうちに……」
「ふぇ?」
目を覚ました皐月は曖昧に混濁した目でまず黒峰を見た。それから、天井を見て一度、二度、瞬き。あー。
「……知らない天井だ」
「まあそうでしょうね、皐月さん。ここ皐月さんの家じゃなくて病院だから」
伊澄は何でもない事実を述べるように平坦な声音で告げた。
なるほど、病院……どうやら自分はいつの間にか気を失っていたようだ。その事を理解した皐月は、もう一度部屋を見て、二人の女子を見、あーとかうーとか呻きながら呟いた。
「病院。それは分かった、でもさ、あんたら、そもそも……誰?」
「私は伊澄」
「私は黒峰藤乃だよ」
「あ、これフルネーム言ってく感じだった?」
伊澄の言葉に反応して黒峰が敵意を剥き出しにして睨み付けた。一方皐月はというと、単純に興味無さそうだった。
「別になんでもいい、そもそもどうして私が倒れてることに気付けたん?」
皐月の頭の中にあったのは昨日のあの貧弱そうな、そしてとても不愉快にさせてきたクラスメイトを名乗る男子高校生だった。何せ、配信について気付いてる節がある言動をしていたのだ。流布されたら貯まったものじゃないし、今日来るなどと言っていたのだから。
あの男以外に自分が倒れてることに気付ける人間など居るだろうか。それ以外にないだろう。
というのに、その男はこの場にいない。
「あー、碓氷影人って知ってる? 今あいつ、手洗い行くって言ってどっか行っちゃったけどあいつが今日皐月さんの家に行こうって言って────」
……ああ、やっぱそうじゃん。
皐月は口の中だけでそう呟い
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
トイレに行く。そう言って僕は病室を離れた。そういえばお昼食べてなかったな、とか思って外を見た。明るい。だってまだ一時だもん。天に燦々と太陽が輝いてらっしゃる。
と言うわけで本題に参りましょう!!
「……探しましたよ、先生。先生には聞きたいことがあります」
「っわぁ!? ビックリしたなぁ、お前ホント前世忍者かなんかだったりしたか?」
失礼な。
「つか、ええ? 先生聞かれるような事は思い当たらないんだが……待ち伏せするほど聞きたかったのか?」
「そりゃ、まあ、そうじゃないかもしれませんけど」
「そこは自信持てや」
先生は苦笑した。いやいや、だって割と些事だし。
そもそも今日、皐月さんが倒れてから連絡したのは先生一人であり、皐月さんの他の関係者は連絡がつかないんだとか。
「で、聞きたいことってなんだ? 生徒が倒れたってんで聞いてすっ飛んできたんだ、なるはやで様子見したいんだよな」
時間がもったいないと。じゃあ、手っ取り早く。
「そも、誰から皐月さんの生存報告を聞いていたんですか?」
「そりゃお前、ご近所さんに協力していただいてだよ。当たり前田のクラッカーだろ」
ノータイムの即答。
用意していたかのような速さでスマホのストラップを引いてクラッカーを鳴らすようなジェスチャーと共に断言すると先生は僕の横を通り過ぎていく。
ただ当たり前田の……って、先生の世代から考えてもちょっと古いよね……?
「当たり前ですか」
「そうだよ」
「じゃあ先生、一週間前、第二物理室の立て札が偶然消失していた事って知ってますかね?」
────先生がぴたりと足を止めた。
それから振り返った先生は何故そんなことを聞くのかと不思議そうな顔をしていた。そして、問いかけにはこう答えた。
「ああ、それが? それを知っていたらどうだっていうんだ?」
「…………っ、そうですよね」
「いやいや、そうですよねじゃなくてだな……」
「やっぱりいいです。なんでもないです、そうですよね」
「そうかぁ? ま、そう言うならいいや。じゃな」
手を振って遠ざかる先生を呼び止めることはせず、僕は脱力したように廊下の椅子に腰かけた。
ああ……僕はなんで聞いたのか。別に聞かなくたって良いんじゃないか。知ることは怖い。確定することが怖い。そう思って、日和った。
僕はあのとき、皐月さんが緊急搬送されていくまでの間、とても混乱していた。パニックになってたと言っても全く過剰ではないレベルで、まあその、意味不明なことに、皐月さんの部屋をぐるりと探索したのだ。
いや分かってるよ。同世代の女子の部屋、猛烈に汚れてるとはいえ、そんなのマナー違反というか常識を疑う行為だ。僕だって、あのときの僕を止められるなら殴ってでも止めるだろう。
『特待生ではいったはいいけど勉強についてけないし、思っていたよりも芸術系もうまくいかないしって現実逃避でゲームを配信したら認知されてちやほやされて承認欲求が爆発。人間に戻れなくなった』
──なんて妹は嘲笑混じりに言っていた。ありきたりな推察だし、あのときはそういうこともあるだろうね、なんて思ったりしたけど。
だけど、あの写真だ。塗り潰し、切り裂かれた写真。アレのせいでそんな浅い理由じゃ、ないんじゃないかって僕は思った。根深い、何かが。
だから、ちょっとだけ、そんな思考が倫理観を蹴り飛ばしてしまったのだ。
そしてすぐに、その証拠になりそうなものを見つけたのは偶然か。いや、見つけるのは簡単だった。皐月さんはその証拠に時折にでも意識を向けていたのだろう。見えるところに、堂々と存在していたのだから。
鈴ノ音様、そう宛名された葉書だった。送り主は……黒峰とだけ。内容は、読んでない。
だがそれを見て、もしや、とは思った。
「まあ先生が全部裏から糸引いてるんですかーっていうのは、さすがに論理の飛躍が過ぎるよなぁ……はぁ」
僕のため息が、静かな病院の廊下にむなしく響いた。ただ先生は間違いなく昨日ルージュの配信を見てたな、とは思った。
────さっきのスマホについていたストラップがものそのまんま、ルージュ=フラム=アルセイヌのラバーストラップだったから。
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