第六話『兄妹会議』
「────ってことがあったんだ妹よ」
「へぇ、珍しくも殊勝な考えをしたじゃない? このあたしに豚らしく跪いてまで助けを請うなんて……ふぅん」
自宅に帰ってきて早々、僕は偶然居合わせた妹に事情を話した。
「あたしに聞くほどに兄さんは、その不登校生ゴミ女の部屋事情にでしゃばっていいのか、ぐだぐだ考えてるわけなのね?」
「ああ。僕ってほら、知らないと思うけど優柔不断だからさ……」
「知ってるわよ。兄さんが初対面の取るに足らない生ゴミにも悩む、決断力の塵芥であるった事実にはなんの意外性もないのかしら。つまんない男だわね?」
嘘やろ……何でそんな酷い事を言うん……??? 同じ血を分けたたった一人の兄妹じゃないか!!!
「大体、掃除洗濯炊事、あたしがなんにもできないのは兄さんも知ってると思うけれど」
「なさけな」
「股、踏むわね」
そう言って片足を上げた妹様。
「罵倒一つの代償を弱点攻撃で徴収しようとするのはやりすぎじゃないかなぁ!!?」
「頭と玉、どちらがいいかしら。あ、頭と言ってもその欠片も価値のない脳ミソの詰まった方じゃないわ。勿論下の──「どっちもやだよっていうかド下ネタはやめなよ!? なぁお前もう中三だよね!? 少しくらい恥じらいとか持ってよ!!?」
「下ネタ系ドS貧乳ヒロインはウケがいいと市場調査が出ているからいいのよ」
「どこ情報だよ!!?」
そういって目の前に落ちてきたのは一冊のラノベだった。俺の脳内選択肢が……ってことは情報元は雪◯ふらの!!? 何年前のネタだこれ!!?
「三年前に完結してる話じゃねぇか!!?」
アニメは六年以上前だった。マジですか。
「選べ!!」
「言いながら頭蓋踏みつけて誤魔kぁぁぁぁぁ!!?」
「くふふふふふふ!!!! いい悲鳴です兄さん!!!」
「待て待て落ち着け妹!! お前重」あ今体重を更に掛けた上に踵に重心動い「──あーかるいかるい痛くはないなー!! ね!!? やめてね!!?」
因みに妹の身長は僕より高いのでたぶん体重は僕よりも……ってこの話題を今妹に振ったら死ぬ。
「さあ、さあさあ兄さんも負け犬よろしくさああのポーズを、具体的に言うとちん────」
「落ち着け!!? 落ち着け妹よ。その話題はいけない、落ち着いてくれ何が不満なんだ妹よ」
そう言うと妹は顔を般若のように変えてしゃがみこんで僕の顔の間近から覗き込んできた。
「全部よ!! 何よさっきの兄さんの話は!! なんでこれはあたしと兄さんの禁断の兄妹らぶらぶ恋愛小説じゃないのよ!? 誰よその女……自己管理不十分不健康バーチャルライバーヒロイン?? あとはそう……芸大生?」
「……芸術特待生だよ。なんで大学生になるん」
「それで不登校??? おおよそ『特待生ではいったはいいけど勉強についてけないし、思っていたよりも芸術系もうまくいかないしって現実逃避でゲームを配信したら認知されてちやほやされて承認欲求が爆発。人間に戻れなくなった』とかその程度じゃないかしら?? はぁ、これだから人類は愚かなのよね」
「お前!!! もっとこう、なんか、ほら…………えっと。理由があるかもしれないじゃないか!!!! 分からんけど!!!」
僕は反論しようとしたが、なにも思い付かなかった。
あと承認欲求に飲み込まれたら人間じゃなくなるみたいに言うなっての。確かに皐月さんは最低限の人間性も投げ捨てたみたいな場所に住んでたけどさ。
でもほら、えーっと、やむにやまれぬ事情は……なさそうだし。本人の良いところがある……あるかもしれないじゃない??
「思い付かないならフォローしないが吉ですわよ」
「そうか?」
「そうですわ。他のヒロインをフォローしなければ結果的にあたしが最高のヒロインに、」
「それはないぞ実妹」
「くっ……それでも兄ですか!」
「実兄だぞ」
「ぐぬぬぬぬ……あの伊澄さんの尻に敷かれてた程度の兄さんがよくもつけあがったものです」
いやあいつの尻には敷かれた記憶はないし、なんならあの女とは高校に入る前辺りからはろくに会話もないんだけど……?
「──って…………!! あぁそうだ伊澄! そうだあいつなら……ナイス妹!! よっ、さすが妹様!!」
「……なんですか釈然としない褒め方ですわね。踏みますわよ??」
「先生に頼んで伊澄に行かせればいいんだよあいつあのナリでお世話好きだし、行ったら多分強引にやってくれるでしょあいつなら!! ……あともう踏むのはやめてよね? ねえ」
「それは兄さん次第ですわよ。あと兄さん、伊澄さんは全く関係ない人にわざわざお節介を焼くような人ではありませんよ」
「知っているのか妹よ」
そもそも妹は面識がほぼないはずでは。互いの家に行くこともなかったし、年の差的に中学に入ってからは疎遠になってそうなものだけど、妹はやけに自信たっぷりに言って見せている。
「ええ、あの女はそういう女です」
「あの女て」
「あの女は昔から好意を隠して近付くべく行動する卑しい女ですわ。かーっ、卑しか女ばい(棒)。あ、これは下ネタではないですわよ」
「今の一言要るか?」
「何言ってますの、一番大事なところじゃないですのよ!?」
────一番、ですか。
────一番ですね。
「なるほど……」
視線だけで通じ合う兄妹。うーん、愛かな。
「まあ、それはさておき兄さんの頼みでしたらあたしは断りませんわ。兄さんラブ勢は伊達じゃありませんの、存分に使ってくださいな、お・に・い・さ・ま♥️」
妹はしなをつくって投げキッスしてきた。うげえ。
「慎んでお断りいたします。……だってお前掃除って言いながらゴミを増やすじゃん、その上床掃除中とか普通に乗って邪魔をするじゃん」
「そんなことしませんわよ、信じてくださらないの……?? よよよ」
泣き真似をしだした。いやでもほら、十余年に裏打ちされた経験が僕にはあるので。
「でも絶対にやるじゃん。だったらまだ一人で突貫した方がマシですが」
「ひどいわ兄さん、私の愛が分からないのね……よよよよよ」
嘘泣き続行である。お兄ちゃんには聞きませーん!! 聞きませんが。聞かないよ? って、ん??
「いや待って、妹よ。今の今までのどの辺に愛あったの?」
「あたしの存在そのものが兄さんへの愛ですわね」
「それは実に重いね」
「そうしたのは兄さんですよ」
「記憶にないんですが」
「そうですのね、ふふふ」
なにその笑い……何かしたっけ……こわい。
──とまあ、兄茶番は置いといて。
一度考え直そう。僕が皐月さんの部屋を掃除しなきゃと思ったことに関して。
そもそも、これは明らかに体調の悪そうな皐月さんを見て俺がやりたいって思ったことだ。
だっていうのに事態解決を先生に投げるのはよくない────現状、僕にどうしようもない事態ではない、筈だ。
「いえ兄さん、業者を頼むのでしたら兄さんが頼むよりも教師などの『大人の力』があった方がよろしいかと。一概に自分でやることが最良とは限りませんわよ」
「しれっと心を読むのはやめて!? なんなの!? エスパーだったりする!?」
「兄さんのことでしたら何でも分かりますわよ?」
ゲシッ(踵で太腿をキック)
────いってぇ!!?
「ほら。今いたいって思いましたわよね」
「妹お前なそれは流石に………………天才だな!!?」
「それほどでも無いですわね」ゲシゲシ!
「分かったから蹴るのやめて?」
「そうですわね」ガシッボカッ
痛い痛い。
それからも一分ほど、妹はポカポカとやわやわキックを連打してきた。なんで??
「──で、助言してくれたとこ悪いって思うんだけどさ。多分この件は緊急性はない筈だし、暫くは自分でなんとかするように頑張るかな」
「全く、兄さんにはほとんど関係ないことでしょうに……なんでそんな関わろうとするのかしら?」
「……それは……まあ、あれだ。なんでもいいだろ?」
口ではそう言ったものの、結局は僕自身が皐月さんの状態を見て嫌だと思ったからで、その感情の出所も自覚してるつもりだ。
まあ、あれだ────二年くらい前の妹に似てるんだよな、あの頃の引きこもり娘に。
……あの頃は僕も妹も色々あったしなぁ……。
「ま、大方あたしに似てるとかそういうところでしょうけれど? ほらあたし超美人メインヒロインですから??」
「…………………そんなわけないだろ? 単にほっとけないだけだよ、あーいうのをさ」
「ははーん、兄さん。その意味深な沈黙は図星の合図ですわね?? 実際図星ですよね!!」
僕がそう言っても、妹はニヤニヤと笑っていた。まあ、その通りだからなんとも言いにくいし、そんなことよりも明日のことだ。
そもそも高校に入ってから伊澄とはまともに話してないんだよなぁ。不安だ。
「ところですごくいい座り心地でしたわよ、兄さんの背中」
「はいはい」
────翌日。
「なぁ、伊澄おはよう」
「…………おはよう。そっちから話しかけてくるなんて珍しい」
首だけで振り返る机の上の金髪女。
相変わらず愛想が悪いなこの女───だがそのお陰で修羅場へと強引に巻き込むことに罪悪感がこれっぽちも沸かない。
あの悪臭漂う魔王の城へと誘拐することを、なんにも悪く……悪く……わる……ねえそれ最悪では??
うん。
はい、深呼吸。すーはー、すーはー。
お次に呪文詠唱『伊澄ならやってくれる』!!はい復唱どーぞ!!
伊澄ならやってくれる(まで僕が土下座でも何でもする)!!!
よし、覚悟できた!! さあ僕!! いつも通りに僕の机を占領していやがる金髪女に言ってやれ!!
「なあ、突然で悪いけどもさ……付き合ってくれない?」
────よーし言ったな!!! 完璧な誘い文句だ!! これで次の土日付き合ってくれること間違いなし!!!
「────…………っはぇ?」
……………………ん??
あれ???
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