第五話『怪盗ノワールとバーチャル大怪盗』
◆◆◆????◆◆◆
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真っ暗な部屋でブルーライトを煌々と放つ画面をぼんやり眺めながらカタカタとキーボードを叩き、マウスをかちゃかちゃ。
画面がよく見えなくて目を擦ったけど直らない。傷だらけの眼鏡が意味不明なほどに光を乱反射してるんだと気付いてすぐに眼鏡を投げ捨てた。これはゴミ。エイムがゴミる。うーん!! 無理!!
「──あー、あー。『どーも全国の警官ちゃん達おはよー? 今日も元気な大怪盗ルージュちゃんだよ!?』」
画面の向こう側に居るのは、全く同じ声で喋っているのに私とは似ても似つかない女の子が居る。赤髪で谷間を超強調した服を着た超絶美少女。動く美少女のイラスト。
それが私だ。
と言っても人は二次元にはならないしなれない。これはいわゆるバーチャルライバーという奴です。私の動きを取り込んで向こう側でキャラクター……目の前の赤髪のロングストレートに赤いコート、青いシャツの美少女が動くのだ。思い切りシャツの前が開放されているのでえっちい。
えっと名前は確か『ルージュ=フラム=アルセイヌ』だったっけ。ほぼほぼ『ルージュ』とか『強盗』とか呼ばわりだからあんまりフルネームでは覚えてないんだよね。
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絶賛ライブ中。ちらほら流れるコメント。視聴者数1325。平日の真夜中によくもまあこんな雑談配信を見に来る暇人がいるものだ。
「『私今日学校で偶然「ルージュちゃんって知ってる?」って話しかけられたんだよねーっ!? いやーびっくり、私がそうですって言っちゃいそうだったよー、たはー』」
こんなことを言えば『呼び方がエアプ』『強盗ちゃん学校行ってるとかマ!?!?』だとか『その子になりたい』だとか、へんなコメントが書き込まれる。
それに対して「『えーっ!! じゃあなんて呼ばれてるの? ……強盗じゃねぇーし!! 怪盗!! 怪盗だから!!』」だとか盛り上がりそうな感じで返す。
そしてまたコメントが来て、面白おかしく返して。……ああ楽しいね。本当に…………ルージュは楽しそうでいいなぁ。
「『────っとと、もうこんな時間だー、私もうそろそろ怪盗のお仕事があるからまたねー! バイバイ!!』………………………………はぁ」
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配信を切り、パソコンをシャットダウンした。それから大きく延びをして回転椅子の背もたれに体を預ける。
ルージュの表情が私の表情に合わせて変わるため、カメラに映りやすくするように輪ゴムで髪をひとまとめにしていたのだけど……輪ゴムだから髪の毛はものすごく巻き込まれてしまい、ブチブチ抜ける。
「いったぁ」
まあ、髪抜けて痛かろうがヘアゴム買うのめんどくさいし、誰に見られることもないし。見せるつもりもないし。
そうは思ったけどブラックアウトした画面の向こうにボサボサの髪の貞子みたいなやつがいるのが見えると気が滅入る。てかビビる。ビビりすぎてビビる◯木になったわね……?
「なるか馬鹿……あー、やだやだ、もうねよ──(パキョッ)──痛……ぁ?」
なんか踏んだ。
………………そういえば。
あのあと、眼鏡はどこにやったっけ……? たしか、放り投げて……だいたいこの辺に……。
嫌な予感を覚えながら恐る恐る足で踏んだ物を拾い上げる。
「あああああああああああああああ!!!!!! 眼鏡がああああああああああああ!!!!! マイク新調しちゃって今月ピンチなのにぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
ちょうど鼻の、ブリッジ部分が真っ二つになるように壊れた眼鏡が目の前にあった。
たしか前の眼鏡がうちに残ってたと思うけど……。
部屋を見渡して、眩暈がした。
「……見つかるかな、これ」
…………見付かんなきゃ買い換えコースだ、これ。
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
「────最近Yo○Tube見るのにはまっちゃってさー!!」
「────えー、マジ!? なに見てるの!?」
「これこれ、べージュ=プラム=イヌヌワンちゃん!! 怪盗なんだってね!!?」
「あーね、強盗ちゃんか。つかそれ言うならルージュ=フラム=アルセイヌだし!? 間違え方えっぐ!?」
クラスの中で立ち位置が上になるのに連れて声もデカくなる現象は何なんだろうか。それは人が生きる上で課された永遠の命題である。それはねーよ。
今日は珍しく黒峰さんからは挨拶した後すーっといつも一緒な女子グループで会話している。
今日はこっち構ってこないんだな……──って!!! く、黒峰さんなんてべべべ別にぜんぜん気にしてないし! つーかマジでちかよられないって落ち着くわねぇ!!? 淋しくなんてないぜなんだよな!? だよ!!?
なんて、強がっても虚しいだけだけど。
まあでも元通りは元通り。そうだよなんで命を狙われてる(……のかもしれない)僕が近付かれないことに、動揺する訳ないがー?? はー?? 女子一人ごときにプロぼっち童貞男子が動揺なんてするわけないがー??
童貞は余計だった。
「そっかあ、黒峰さんそう言うの見るんだ?」
「怪盗だからね!!」
「…………?」
へー、怪盗なのかその子。
……いや待て今の発言危なくないかあの学校一の美少女ォ!!!
「最近人気の子だもんね、アーカイブ見た?」
「全部は見てないよ、最初のから順に見てるけど結構量が多いんだよね、これ」
「そうそう。しかも配信昼間にやってたり夜にやってたり、この間なんて平日の昼間から生配信で休憩挟みつつとはいえ、通しで二十四時間くらいで初見のSEKIR◯の全ボス攻略してたんだよねー、っはー、生で見たかったなぁー」
なんかもりあがってる。
あのゲーム僕は一週目なんの攻略も見ないでやったら五十時間掛かったから初見二十四時間はかなりヤバ……全ボスを??? ルート分岐でファイアー剣聖も有るから最低二周しないとじゃ……??
「そうなんだー、へー!!」
黒峰さんはよくわかってなさそうだが楽しそうに笑っている。いやまあ、ゲームとかやらなさそうだし。ましてやガチガチのアクションゲームとか興味があるかどうか。
「…………怪盗かぁ、こういうのもありかも……?(小声)」
…………なんかすげえ嫌な予感がするなぁ。
放課後、科学者ちゃんがいるであろう第二物理室を覗きに行った方がいいかもしれない。まだ会ってから一週間足らずだというのにもう既に黒峰さんがなにやら科学者ちゃんに頼んで色々変なもの作らせてるのを見たことがある。変なイヤホンとか。
「碓氷ー、碓氷はいるかー、伊澄でもいいが碓氷はいるかー」
────この声は先生だな。
大きくないけど低くてよく通る先生の声で僕の名前が呼ばれた。多分呼ばれた。
ぼっちは自分の名前に似た言葉に過剰反応するのでだんだん自信がなくなっていくのである。
名前の読みがうすいなのでよくやる。『ここのかべ、うすいんだよねー』とかでも反応しちゃうんだよね。で、『自意識過剰じゃーん』って小学生のとき言ってきた長谷川くんのことはまだ許していない。中学の神楽宮ちゃんもだぞ。
「居ないか……」
「…………はい、いますけど」
「おっ、居たのか! お前マリ○パーティーDSの指名手配見つけるやつ並みに居るかわかんないからちゃんとアピールしてくれ!」
勘違いじゃなかったみたいだけどこの反応、先生が僕の子とどう思ってるか透けて見えますね。酷くない??
いや、まあその程度なら別にいいんだけど。
「ちょっと連絡がつかない生徒がいるんだが、伊澄と碓氷とはかなり家が近くてな。ちょっと見てきて欲しいんだ」
「……それって、下手すると……しんでたり」
「いや生存は確認されてるってのは聞いているぞ? そこは安心していい。碓氷はただ色々届けてくれればいい」
「そうですか……ってこれ、生徒がやることですか? 先生がやるべきなんじゃ……?」
「…………」
おいなんで黙った。目を逸らした!?
「……先生はな、お前にはたくさん友達をつくって欲しいと思っているんだ。ぼっちでいい? 高校生としてそれはどうなんだと先生は思うんだよな」
「なんですかまさかぼっちには不登校のやつがお似合いさ♪だとでも言うつもりですか!?」
「なんだ今の♪」
「なんでもいいじゃないですか♪」
「じゃあ行けよ♪」
「いやです」
「急に真顔になるなよ」
先生こそ。
「……まあ先生も忙しいですもんね。僕自身用事は特にないので行っても大丈夫ですよ」
僕はちらりとだけ黒峰さんの方を見た。
黒峰さんは僕の方を全く見てない。昨日まで何だったんだって位に興味の欠片も感じられないその姿には……まあちょっとだけ、もやっとするけど。
僕への興味を失ったってことは考えようによっては事態が好転したと言えるかもしれない。
こんな調子なら多分放課後はなにも起こらないと思う。ならまあ、暇だし? 折角だから行ってもいいやってなるよね? なるなる。
僕の予定はないし、僕が行って先生が楽できるならそれでいいや。
……変な事件とか起こらないよね??
「ありがとう碓氷! 実は今日はとある推しと推しのコラボ配信があってだな……絶対に早上がりしたかったんだよなぁ!」
「そうなんですかって完全に私情じゃねーか!!?」
「あ、学食の特盛吾郎ラーメン奢るぞ~二千円だぞ~これでどうだ?」
「賄賂!!?」
「いらんのか?」
「……………………………………………………………………いります」
◆◆◆黒峰藤乃◆◆◆
昨日は大変だった。いやあまさかコーヒーがブラックで飲めないのがバレているのが発覚するとは。
うんうん。それはそれは衝撃だったよねー。うん。
…………他にも『カッコいい』とか『可愛い』とか、『美人』だとか。碓氷くんにはなんとなく避けられてるかのように感じてたからかなり昨日はびっくりしちゃった。
へぇーっ、碓氷くん私のことそう思ってたのかぁ……ほほーぅ……なるほど……そういうことか……どかーん……?
まあ私はその通り美人らしいからね?? そんなこと言われ慣れてるのでなにも思いませんよー────って思ってた。今朝までは。
そう、今朝。碓氷くんを見るとどうにも心がぞわぞわしちゃって言葉が全然出てこないし顔も見れないしなんなら声を聞いてもざざざざ(?)しちゃってどうしようもないのだ。
………って、いやいや、碓氷くんが原因かはまだわからないよね!! もしかすると寝不足かもしれないし、何せ昨日偶然見かけた配信をぽやーっと眺めて徹夜しちゃったくらいだし!!! そう!!! 寝不足で不整脈なのかも!! あっ、それっぽい!!!じゃあそれ以外にないね!!
「…………ふぁあ……ねむ」
という訳でおやすみなさい。この不整脈治ったら碓氷くんとまた怪盗ノワールのかつどうについて……はなしを……しにゃ……ぐぅ……(Zzz)
◇◇◇碓氷影人◇◇◇
「……先生の財布なら心が痛まないからって調子乗って昼食い過ぎた……」
押し付けられた以上は行かなければならない。
それがたとえ『推しの配信が見たいから』というだけの1000%私情であっても。
いやアーカイブ残らない配信なら……仕方ない……のか?
いやいや、考えても仕方ない。これ以上考えるとマギア化しちゃいそう。そうだどうせ帰るついでに寄るだけだし手間という訳でも(3㎏行きそうな配布プリント&冊子)────あったわ!!!おっっっ、重い!!! 重ェですわッッッッッ!!!!! 何だこれ!! どう見ても進級二ヶ月も経ってない学生の溜め込んだ書類の量じゃないぞ!?
あんの先生め!! 入れて貰ったはいいけど紙袋破けそうなんですが!!? あああビリっつったよ今!! ねえこれ無理くさいよ!?
「芸術特待生……うちの学校でそういうのやってるって話は聞いたことあるけど……まさか不登校になってるとは……てかうちのクラスの不登校生徒の数多くないか?」
今から向かう人の家は、その芸術特待生の家らしい。先生からはおおよそ『滅茶苦茶絵が上手い独り暮らしの根暗貧乏人』って聞いている。
聞いたのはこんなところかな。バスで移動する時間が三十分を超えるので、それだけではどうも暇だ。
スマホで動画でも見てよう。
「折角だから今日聞いた子がちょうど配信してるみたいだし見てみるか……こらぼ? まあこの赤い方がルージュなんたらだよな、ルージュってくらいだし」
赤い子と青い子と白い子が雑談しながらゲームをしていた。三人一組でチームを組んで銃で撃ち合って生き残るゲームだ。あ、これAP○Xってやつじゃないかな?
────三人の内生き残ってるのは赤い子だけらしく、残りチームは3つ。しかもどうやら他のチームは全員生存しているらしく、これはすさまじく劣勢だ。
『────あ、ごめんなさい、マジで黙る』
そうルージュが言った瞬間、物陰から青いグレネードをいくつか投擲してから操作キャラクターが飛び出して行く。それから遠距離から連続でヘッドショットを決めて二人落とすだけしてトドメを刺さずに即座に離脱。
それから入れ替わるように別のチームが銃声を聞き付けて姿を現した。ルージュの操作キャラは物陰に隠れてもう一方のチームを囮に。そうしてルージュそっちのけで撃ち合いが始まった。
『よし撃つかー、えいっ』
その間に回り込んで元気な方のチームの背後でルージュの操作キャラが何やら投げたと思ったら空から爆弾が降ってきて炸裂していた。
それですぐにルージュの居場所はバレてしまったようで銃弾が雨霰とばかりに殺到した。
しかし、もともと疲弊していた片方のチームは爆撃で潰れ、もう一方のチームも疲弊していることもあり、ルージュは遮蔽物やジグザグとした動きで接近し────。
『はいラスト、やったぁ!!』
────瞬く間に決着した。
『おおおおおおお!!!』『かっけぇ!!!』『ルージュちゃんさっすが!!!』『さすが大怪盗』などとコメントの乱舞。しまいには投げ銭まで飛ぶ始末。
『アイアムチャンピオーン!! ぶいー!』
今のはすごかったなー!! なるほど、これは……黒峰さんが見るのもわかる気がする!! 配信者も視聴者もとっても楽しそうだし僕もまた見よっかなー!!
「……あー、そろそろ着くから消しとこうかな……いやでももう一戦するのか……うーむ」
悩んだ結果、僕は動画を消さなかった。まあイヤホン挿しっぱで片耳だけで聞くだけでもいいかなぁと。ほら、楽しそうな声って聞いてるだけで楽しいし。
バスを降りて徒歩一分。たどり着いたのは新築の一軒家だった。僕の自宅までは徒歩で十分掛からないくらいで、かなり近い。
中学の地区区分的に同じ中学でもおかしくないけど、同じ中学の奴なんてクラスには伊澄以外に居ないのはちゃんと把握してる。中学は一学年の人数少なかったし、そもそも進学の時に死ぬほど進学先ダブらないように避けたからね。
因みに不登校の子の名前は
たどり着いた家。ちゃんと表札に《皐月》と書いてある。穴が開くほどに見ても間違っているようには見えない。何度見ても逆さから見ても《皐月》。
よし。間違ってないよな。うんうん。
間違っ(ry)ちくしょう!何度確認するんだどう見ても《皐月》じゃないか。
お前はいつもそうだ毎回そうやってぐだぐだと人の家の前で突っ立って近所迷惑じゃないか。
この状態はお前の人生そのものだお前はいつも行動に移らない。
頼まれておきながら『はいっても、いいのかなぁ……』などとぐだぐだぐだぐだと実行できない。
誰もお前を愛さない。
「──……さて、冗談はさておき」
変なことを考えて落ち着いたところで、僕は目の前のインターホンを……押すぞ!!
えーい。
『『ピンポーン』』
「ん……?」
…………いま、イヤホンからも聞こえなかった???
いや、まさかね? まさかそんなことはあるわけ(もう一回ポチー)────
『『ピンポーン』』
あ、ラグってるけどちゃんと聞こえたわ。おやおや。
「いやでも二回目までは偶然かもしれないし……ってなんか慌ててたからさっきまで気づかなかったけどなんか生臭い……? つかうわなんだこれ、えっ、ポスト溢れかえって……これがホントのポストアポカリプス??? つまりどういうこと? えっ、どうしよ、何があったらこんなに?」
僕は混乱した。
や、だって僕今この家のポストの大きさよりも明らかに大きな荷物持ってるしポストの口から何日分かの新聞が突っ込まれてるんだけど?? めっちゃ溢れ返ってるんだが??? そしてこんな時間に千人集めるような配信と生ゴミを放置したシンクのような異臭??
むりむり蝸牛、平常心サヨナラバイバイするわこんなん。思考が追い付かないもん。
取り敢えずもう一発ピンポンしとこ。すると、ようやくどたどたと家の中から足音が聞こえてくる。どことなく跳ねるような不規則なタイミングの音。
……なんか足元にゴミ袋でもあるのかっていう走り方だな(名推理)。
『えー、さっきからなんか鳴ってる? 今日はAmazo○頼んでないんだけどなー。ごめん、ちょっと出てくるから落ちてるねー』ドタドタ
『『あーい』』
……もう完全にこれ当人ですやん。
「…………さっさと渡して帰ろうかな」
「────はい?」ガチャ
「こんにちは僕は灰冬高校二年の碓氷k──aあ臭ぁ!!?」
開くドアと一緒に解放された激臭につい僕は悲鳴を上げてしまった。
刺激臭がすると思えば酸っぱいような甘ったるいような気持ち悪い臭いだ。これたぶん三日ここで暮らすだけで体調に不調をきたすやつ!!! からだにわるいにおい!!!
「な!?!? いきなり失礼だねぇ!!? てか誰だよぉ!!?」
当然僕のド失礼な行動に、出て来て早々彼女はキレる。ごめんね皐月鈴音さん。
……うん。でもごめん、ヤバい、すっげえヤバい無理めな匂いする。外に漂っていた臭気は序の口だった。なんだこれ、うぉええええ、むり。なにこれ。匂いだけで吐く。
そうだ息を止めよう。一度大きく息をスッ──ッッッッッたらダメだろうがぁ!!!!
「が、ご、ごめんなさい、僕はその、高校で、届け」
変な声でた。
「あっそ」スッ
皐月鈴音は右手を出した。
「お手?」
「なんでそんなことするのよ。荷物、持ってきたんでしょ?」
「いや重いよこれ、多分持てない」
「は? プリントごときでそんなわけないでしょ、こっちは人待たせてるのよ、早くしてくんない?」
「待……あ、そうだよね。それじゃあ任せる、よ??」
キッと睨み付けてくる皐月鈴音。眼鏡越しでもその眼力は強くて怖い。ビビり過ぎてビビる大◯になったわね……。いや、ならんがそれくらい怖い。
「そうよそう、さっさとしてくれればいいのよ」
「はいこれ荷物────」
僕は荷物の紙袋を皐月鈴音さんへと渡そうとs──スカッ(何故か空振る皐月ハンド)ビリッ(紙袋大破)ズドドドドン(靴に全弾ヒット)バタバタ(悶絶する僕)
「────あああああああああああああ!!! いっだあああああ!!!!」
「え、あ、だ、だい……」
「へ、へいきへいき、ただ三分くらい待って……むり……────吐く」
「え?」
痛いのは平気だけど騒ぐのが無理でした。
僕は呆けたようにしてる皐月鈴音さんに背を向けて全力で距離を取って側溝に向けて────
「はい。多分これで全部だよ」
散らばっていたプリントと別に持っていたプリントを渡した。
改めて皐月鈴音さんを見る。彼女は不労所得と印字されたTシャツ、下は青いジャージ姿だった。かなり痩せ細っていて目元には深い隈、髪はボサボサ、くわえてどうにも苛立っているようすだった。
……かなり、不健康そうな出で立ちでなんだかこう、改めて見ると────とても嫌だ。
あ、でも嫌なのは皐月さんの清潔感とか直接的なものが原因じゃなくて、僕の記憶の方なんだけど。ほら、えっと、見てて辛い的な。
「はいじゃない。まったく、他の人に頼んでわざわざ離席してきたけど、何よあんたは」
皐月鈴音さんは不満そうだ。
うーん……僕のどこに不満な要素が?
「ひとんち来てゲロはない」
「……はい」
……おっしゃる通りでございますね。あ、でも一応持ってた飲み物で口はすすいだし、服は汚してないけどちゃんと汚れは拭いたし大体綺麗なはず。恨むべきは昼食。おのれ吾郎ラーメン(二千円+トッピング千円)め……。
「はいじゃないが」
「すいませんっした」
「うーわ、ゲロくさ。近寄らないで」
────は???? 臭くな……くはないだろうけど、いやお前。皐月鈴音お前……!!?
「…………なぁ、お前、自分の臭い嗅いだことある?」
「いや。なんでそんなこと聞いてくるの? ってかもう用事済んだよね、帰ってくんない?」
「僕は怒った。お前に人の臭いどうこう言う資格はない」
「は? 人の話を聞いて……いや、もう関係なくなるでしょ。どーせあんた来るの今回限りでしょ? つか何様のつもり?」
「うるさい、激臭がするんだよ。……しなきゃ吐かんっての。この辺のヤババな臭い分かるか?」
「ヤババ……? 何、だから何? 帰ればいいじゃん、物は貰ったし」
「いーや、僕は怒った。土日、配信はないよね?」
「は? ……は!? なんで配信してること知って……」
「まあなんでもいっか、土日お前の家を大掃除させてもらう!!」
「いやいやいやいや勝手になに決めてんの!? ってかあんた勝手に何を決めてるの!?」
「うるさい、怪盗ノワールから変な押しの強さが移っただけだよ、文句ならそっちに言って」
「誰よそいつ!? いや、というかそんなことをしたら不法侵入で通報するわよ!? 分かった!?」
「通報されてヤバいのはどっちだっての」
「そっちだっての」
「そうじゃないだろ。あれ……いや、全くもってそうだ!?」
「だからそう言ってんじゃん」
言われて、よく考えた。
女子宅(ゴミ屋敷)に強引に踏み込む男。
ゴミ屋敷見られたとしても、どうせゴミ屋敷以上でも以下でもないし────世間的に不味いのは僕の方だった。
いやゴミ屋敷を警察に見られたくないだろうと僕は勝手に思ってたけど、それに関しては皐月鈴音にしか分からないことじゃないか。
ゴミ屋敷はセーフ僕はアウトだ。法的にだめでしたね。弁護の余地なし!!
僕のアホめ。皐月鈴音さんがかなり顔色悪く見えて、『この家は体に悪い!! 掃除しなきゃ!!!』って思ったけど……僕は所詮ボッチ、社会的弱者。そんな押し付けがましいこと出来るわけ無いじゃないかよぉ!!
「うーん……」
「なにひとんちの前で悩んでんの、帰れ」
うわー、本気で蔑むような目で見られてる。僕じゃこれ以上押すことも出来る気がしない。
「……そうだね、さっき言った話はナシで。ごめんなさい、帰るよ」
「はいはい帰れ帰れ」
「……っていうか顔色よくないけどちゃんとしたごはん食べてる? 運動してる? 大丈夫? 最近疲れが」
「うるっせー!! はやく帰れ!!」
◆◆◆皐月鈴音◆◆◆
まったく、ひどい奴だった。何だあいつは。やりたい放題して帰っていった誰だあいつ。
にしても、学校の配布物か。取り敢えずゴミ袋にあとで詰めとこう。もう、どーせ要らないもん。
学校なんて、行ってる暇はない。そうだ。必要ない。そうだよね? バーチャル大怪盗ルージュ=フラム=アルセイヌには必要がないことだ。
「げーむげーむ……」
そうだゲームだ。私が唯一認められて、彼女に必要な要素はそれだけだ。現状、これだけで生きていけてる。
生きていけるなら、他は必要ない。
勉強はできない方がキャラとして面白い。友達は画面の向こうにいっぱいいる。
社会の厳しさ? 就職? 知らないね。私は自分の生活費をこうして稼いでる。学費だって。だから関係ないでしょ。関係無い。
……にしても、いきなり臭いに文句言われるとは。別にどうも思わないけど。どーせもう会わないし。
「『ごめん戻ったよー』」
前髪をまた縛り上げて笑う。つられて画面の向こうのルージュが笑い、通話相手の二人も反応を返してくれた。
『おかー』『おかえりー』
温かい。ここが、こここそが私の居場所のはずだ。少なくともさっきの奴が居るような場所には私の居場所はない。うーん、快適!!
「『さてとー、どうするー? 』」
『もう一戦!!』
「『おっけー』」
そうして、ルージュはゲームを再開した。
「『……あれー、おっかしいな……エイムが悪い気がする』……前の眼鏡じゃダメなんかな、いやこれ、感覚的に反応が悪い……? マウス感度バグった……?」
『えー、いやいやいやめっちゃキル取ってるじゃん!!』
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